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【番外編】願い事~バカンスシーズン(12)~

 推しが、私の最愛が、夜の海に飛び込んでいく。


 心配するなと言われても、それは無理な話。


 胸が苦しくなる。


 そこで私は思う。


 ルジマール子爵令嬢とドミナント男爵令息。

 二人は恋愛関係から婚約に至ったのか。

 それとも政略結婚前提の婚約なのか。

 子爵令嬢であれば、男爵ではなく、伯爵令息との婚約を目指しそうだった。

 格下になる男爵令息と婚約したということは。

 恋愛した上で、婚約したのではないか。


 ペットの命は大切だ。

 でもそれと同じぐらい、自身の婚約者の命が大切なのではないか。

 夜の海に救命胴衣も浮き輪もなしで飛び込めと言えるなんて。

 救命胴衣をつけ、浮き輪を手にしたエリダヌスが海に飛び込むのを見ただけでも、こんなに不安なのに。


 ルジマール子爵令嬢は胸に痛みを感じていないの……?


 船はまだ止まらない。

 海に飛び込んだエリダヌスとも、どんどん距離が出来ている。

 もはやドミナント男爵令息の姿は確認できない。


 エリダヌスは間に合うのだろうか。

 ドミナント男爵令息は大丈夫なのか。

 そもそもフェレットのリリアンは救出できたの……?


「お嬢様、大丈夫です。ウェリントン様はこのデッキに到着するまでの間、冷静に指示を出されました。ですから自分も救命胴衣と浮き輪を用意できたのです。船員に救命ボートをすぐに下ろすように指示を出していますし、救助後に備え、医師の手配や温かい飲み物の準備まで指示しています。船は止まるのに時間がかかりますが、間もなく停止すると思いますし、問題ないはずです。ウェリントン様を信じましょう」


「あなた適当なこと言わないで! 夜の海に飛び込んだのに、大丈夫だなんて、言い切れるわけがないわ! ウェリントン団長様にもしもがあったら、どうするのよ!」


 ルジマール子爵令嬢は、自身の推しであるエリダヌスのことを、心底心配している。

 だが婚約者であるドミナント男爵令息について、触れることはない。


「お客様!」


 女性スタッフの声に振り返った瞬間。


 盛大な勢いで花火が打ち上がる。


「信じられないわ! こんな事態で花火を打ち上げるなんて!」


 ルジマール子爵令嬢が上空を睨みつけたが、そこは私も同じ思いになりかけたが……。


「ウェリントン様の指示です」


 マルシクの言葉に、ルジマール子爵令嬢と私は「「えっ」」と同時に声をあげてしまう。


「船が停止したこと。気づかない人は、気づかないかもしれません。でも気づく人も多いでしょう。何かあったのかと、騒ぎになる可能性もあります。それに予定していた花火がないことに、文句を言う人も出てくるでしょう。しかもペットを助けるため、夜の海に飛び込んだ人がいると分かれば……。これは賛否両論になるかと」


 これには確かにと思う。

 「リリアン!」と探し歩いている時から、その気配は感じていた。


「混乱が起きると、そちらの対応に追われるスタッフや船員も出てきて、ドミナント男爵令息の救出に影響がでる。ゆえに乗客が平常心を保てるよう、花火は予定通り打ち上げる――そうウェリントン様が、指示されたのです」


 花火の打ち上げを楽しむため、船は停止していると、大義名分が立つわけだ。


「あ、あの……」


 再度の女性スタッフの声に、我に返る。


 「何でしょうか」と私が応じると、黒のスーツ姿の女性スタッフは、安堵の表情になった。


「実はそちらのお客様のお部屋の中を、再度くまなく探したところ、クローゼットの中にいました」


「!?」


「お客様のペットであるフェレットは、クローゼットの中で見つかりました」


 ◇


「リリアンがいないわ!」


 ルジマール子爵令嬢のこの一言で、今の騒動が起きている。

 だがその発端となる彼女のペットであるフェレット。

 その名はリリアンは、部屋から出て行ったわけではなかった。

 猫のように隠れることが好きなフェレットは、クローゼットの中にいた。

 そこでぐっすり眠っていたのだという。


 ではルジマール子爵令嬢が海で見たというリリアンは、何だったのか?


 私とドミナント男爵令息は、何も見つけることができなかった。

 でもルジマール子爵令嬢は「リリアンがいる!」と絶叫したのだ。


 あの時の鬼気迫るルジマール子爵令嬢に押され、ドミナント男爵令息は、自身の目では確かめられなかったのに、海に飛び込んだのだ。


 ドミナント男爵令息が海に飛び込んだのも。

 その彼を助けるため、エリダヌスが海に入ったのも。

 多くの船員やスタッフが動いているのも。


 すべてルジマール子爵令嬢の勘違いのせい……。


「だって私、部屋にリリアンが見えなかったから……」


「お客様、念のためでお部屋に戻り、ご確認いただけませんか」


「嫌よ! 私はここでウェリントン団長様が救出されるのを待つわ!」


 エリダヌスを心配してくれること。

 それは悪い気はしない。

 でもそうではないと思った。

 エリダヌスのことも心配するが、他にもその身を案じるべき相手が、ルジマール子爵令嬢にはいるのだ。


 そこで私はゆっくり口を開く。

お読みいただきありがとうございます!

そしてごめんなさい。完全に公開時間を失念していました。

次話は明日の16時頃公開予定です。

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