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【番外編】願い事~バカンスシーズン(13)~

 エリダヌスのことが心配だろうが、他にもその身を案じるべき相手が、ルジマール子爵令嬢にはいる。


 そこで私はゆっくり口を開く。


「ルジマール子爵令嬢、エリダヌスのことまで心配いただき、ありがとうございます。婚約者であるドミナント男爵令息の安否も、気になることでしょう。でも彼が助かった時。きっとドミナント男爵令息は『リリアンを見つけることができなかった』と絶望的になっていると思います。安心させるためにも、今はお部屋に一度戻り、リリアンの様子を確認された方がいいのではないですか」


 ドミナント男爵令息とエリダヌスを救命ボートで助け、船に戻るまで。相応に時間がかかるはずだ。船だって停止までに時間がかかり、移動しているのだから。つまり部屋に戻り、リリアンがいることを確認し、デッキへ戻る。その時間はあるはずだった。


「でも」「私がここに残るので、ルジマール子爵令嬢は、一度部屋にお戻りください」


 これまでとは違い、ぴしゃりと言い切ると、ルジマール子爵令嬢が息を呑む。

 こんな風に強気な態度に私が出るとは、思わなかったのだろう。


 何か言いかけるルジマール子爵令嬢に畳みかける。


「エリダヌスもリリアンを救出できなかったと、気を落としていると思います。彼を安心させるためにも、リリアンがちゃんと部屋にいることを、確認された方がいいのでは?」


 この時のルジマール子爵令嬢は、苦虫を嚙み潰したような表情になるが「そうですわね」と私の目を見ずに言うと、女性スタッフに「部屋に戻りますわ!」と怒鳴るように告げる。そしてくるりと背を向け、カツカツとハイヒールの音を響かせ、歩き出す。


 その背を見送り、思わず呟かずにいられない。


「ルジマール子爵令嬢と、ドミナント男爵令息は、政略結婚のための婚約なのかしら?」


「お嬢様達がお食事をされている最中に、別の貴族の護衛騎士に聞いてみました。どうやらルジマール子爵令嬢は、騎士との結婚を熱望されていたようです。騎士という職位への憧れがあるようで。ドミナント男爵令息とは、舞踏会で知り合ったそうです。ルジマール子爵令嬢の押しの一手で、婚約まで漕ぎつげたとか。ドミナント男爵令息には、幼なじみの男爵令嬢がいました。彼女と婚約すると、周囲には思われていたそうです。よってルジマール子爵令嬢との婚約を発表した時、知り合いは皆、驚いたとか」


「つまり恋愛したうえでの婚約なのよね? それなのに……」


 思わず絶句すると、マルシクは苦笑してこんな風に言う。


「それだけウェリントン様が魅力的、ということなのでしょう。騎士という職位に憧れているなら、なおのことかと」


 そう……なのだろう。

 でもそれが事実なら、ドミナント男爵令息は、どんな心境なのかと思ってしまう。

 自分と婚約しているのに、騎士団長にゾッコンの婚約者。この世界に推しの概念はない。自分という存在があるのに、婚約者のいる上司の男性に、自身の婚約者がメロメロになっている――気づいていないのかしら? そんなことはない。分かっていると思う。でも気にせず、見守っているの……?


 そこでにわかに騒がしい雰囲気となる。


 ここにいるのは船員とスタッフ、花火そっちのけの乗客数名だ。


「救命ボートが戻ったようです」


 船員が集結している場所に行きたくなるが、そこは我慢だ。


「よし、引き揚げろ」


 船員の声に、ドミナント男爵令息かエリダヌスが船に引き揚げられたと分かる。

 ドキドキしながら待つ。

 布を肩に掛け、姿を現したのは…… ドミナント男爵令息だ。


 でもそうだろう。


 エリダヌスなら、自分自身が助かるより、部下の救助を優先するはずだ。


「スカル!」


 ちょうど、ルジマール子爵令嬢が戻ってきた。そしてドミナント男爵令息を見て、駆け寄ると、ひしっと抱きつく。


 その様子を見た私は少し安堵する。


 今、こうやって抱きついて安否を確認しているのなら。ルジマール子爵令嬢は、エリダヌスを推しているが、婚約者であるドミナント男爵令息のことをちゃんと愛しているのだと。


 だが。


「ソーラ、すまない。リリアンは見つけることが出来なかった」


「リリアンは部屋にいたわ! それよりもウェリントン団長様は? 団長様は無事なのよね?」


 真剣そのものの表情で、ルジマール子爵令嬢が問うのは、エリダヌスの安否。もはやリリアンなんてそっちのけ。ドミナント男爵令息自身に怪我などないか、問うこともない。夜の海に飛び込んでくれてありがとうと、労をねぎらう言葉もなかった。


 そんなルジマール子爵令嬢の言葉に、ドミナント男爵令息はガッカリし、顔色を青ざめさせるのでは?


 ……違う。


 彼はこう告げたのだ。


「団長は……つけていた救命胴衣を自分に渡し、浮き輪も持つように言ってくれた。そして救命ボートに乗り込むのも手伝ってくれたんだ。でもその後、少し高めの波が来て……。団長の姿を見失ってしまった」

お読みいただきありがとうございます!

次話は明日の朝8時頃公開予定です。

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