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【番外編】願い事~バカンスシーズン(11)~

「メリディアナ!」


 浮き輪を手に、手すりを飛び越え、海に向け落ちそうになり――。


 暗い海に向け、落ちて行く浮き輪が見える。


 落ちる、私も!


 そう思った私の体は、落下する重力に反し、ぐいっとデッキに引き戻された。

 と思ったら、今度はデッキの木板に体が……というかこのアクアの香りは!


 ドスンという結構な音と共に、私と、私を抱きしめているエリダヌスは、デッキの床を転がることになる。


「エリダヌス」「メリディアナ」


 ぎゅっと抱きしめられ、海に落ちなかった事実に安堵すると。

 体が震えた。

 夜の海は底なしに思え、怖かった。

 前世では金づちだったわけではない。

 どちらかというと水泳は得意だった。

 海やプールで泳ぐのも好きだったのだけど……。


 夜の海は、とにかく真っ黒で怖かった。

 いくら泳げても、呑み込まれ、沈むと本能が忌避していた。


「メリディアナ、もう大丈夫です」


 そこでハッとして我に返った私は、ドミナント男爵令息が、救命胴衣や浮き輪もなしに海へ飛び込んだとエリダヌスに伝えた。ルジマール子爵令嬢のペットであるフェレットのリリアンを救出するために。


 「なるほど」と頷くと、エリダヌスは「マルシク!」と叫ぶ。


 血相を変えたマルシクが、救命胴衣と浮き輪を手に、こちらへと駆けて来る。


 マルシクは私の置手紙を見ると、すぐにエリダヌスに報告した。

 するとエリダヌスは社交を切り上げ、マルシクと共に私を探す。

 そこで偶然、慌ただしく駆けて行くスタッフを見かける。

 聞くと船尾のデッキから人が飛び降りたというのだ。


 デッキを見下ろす部屋の宿泊客が、ドミナント男爵令息が飛び込む様子を見て、すぐにスタッフに伝えた。船内はスピーキングチューブで連絡をとれるようになっている。


 スピーキングチューブ、それはパイプにより連絡を取り合うことだ。

 パイプで船内の重要な部屋が、つながっていた。

 スピーキングチューブにより、迅速に連絡をとり、船尾のデッキにスタッフが向かう。

 そのスタッフをエリダヌスは目撃したのだ。


 ここは自身の直感で、船尾のデッキに私がいるようにエリダヌスは感じたという。

 その結果。

 スタッフより船の構造を熟知していた推しは、まさかの真っ先に船尾のデッキに到着。

 まさに海に落ちそうになる私を、寸でのところで救出してくれたのだ。


 この経緯をマルシクが到着する数十秒の間に話し終えたエリダヌスは、着ているジャケットを脱ぎ、タイをはずす。到着したマルシクから救命胴衣を受け取ると、素早く身に着けた。


 まさかと思っていると。


「騎士団は河で泳ぎの訓練も行っています。部下が海に飛び込んだのです。わたしが助けに行きますよ」


「そんな! 危険ですわ、ウェリントン団長様! 夜の海は地獄(ヘル)と呼ばれています! 絶対にダメです! それに何も持たずに飛び込んだスカルは、自業自得。団長様が犠牲になる必要はありません!」


 驚いた。


 あの時は、自身のペットであるリリアンを優先していたから?

 婚約者の安全は後回しにしたの?


 婚約者であるドミナント男爵令息には、早く飛び込んでリリアンを救出するよう、請うたのに。

 エリダヌスには、飛び込むことを止めろと言っている。

 しかも救命胴衣もつけず、浮き輪も持たずに飛び込んだドミナント男爵令息のことを、自業自得と言い切るなんて!


 私が救命胴衣と浮き輪のことを持ち出しているのに、ルジマール子爵令嬢は「早く飛び込んで、スカル!」と叫んでいたのだ。それを棚に上げ、自業自得なんて言い方をするなんて……。


「ルジマール子爵令嬢、確かに夜の海は視界が悪く、海の生物と思わぬ遭遇をする可能性もあれば、その暗さゆえに、方向感覚を失いやすい。さらに夏とはいえ、朝晩は水温も下がります。低体温症のリスクもあるわけです。その点はちゃんと認識し、動きますよ。それにこうしている間にも、わたしの部下は危険にされされている。彼は君のペットを助けるために、海に飛び込んだのでしょう?」


 ズバリ指摘されたルジマール子爵令嬢は顔を青ざめさせ、何も言えない。


 一方、靴を脱ぎ、裸足になったエリダヌスは、既に飛び込む準備をしている。

 ルジマール子爵令嬢に話しかけながら、ラジオ体操のように体を動かし、準備を万端に整えていた。そこはもうさすが騎士団長、だった。


 それでも。


「エリダヌス……!」

「メリディアナ、必ず部下を助け、戻ります」


 本心では「行かないで欲しい!」だった。

 だが騎士というのは、有事があれば戦地へ赴く。


 危険な場所に行くことは、止めて欲しいと思う。

 止めて欲しいと願うのは、当然の反応。


 ただエリダヌスは救命胴衣もつけているし、準備は整えている。

 ここは彼を信じ、送り出すしかない。


「“不死鳥の宝石”もありますし、大丈夫ですよね」


「わたしは現実主義者なので、メリディアナを抱くために部下を助け、生還しますよ。安心してください」


 そう言うとエリダヌスは、マルシクに目配せする。

 マルシクは頷き、「船員には救助を要請してあります」と応じた。


 そしてエリダヌスは――先に浮き輪を投げ入れると、夜の海へと飛び込んで行った。

お読みいただき、ありがとうございます!

遅い時間までお付き合いいただき、心から感謝です。

明日は13時頃に公開いたします~

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