【番外編】願い事~バカンスシーズン(10)~
「アンブローズ公爵令嬢!」
呼ばれた瞬間は「ああ……」だった。
私の名を呼ぶ相手、それはルジマール子爵令嬢だからだ。
「花火を一緒に見ましょう!」と言われるのかと思い、階段を上るのをやめ、声の方を見る。
当然だがそこに、ルジマール子爵令嬢とドミナント男爵令息がいた。
だがルジマール子爵令嬢は、今にも泣きだしそうな顔をしている。
まさか泣き落としにかかるの!?
そう思ったら。
「アンブローズ公爵令嬢、聞いてください! 私、この船にペットを連れて来たんです!」
泣きそうな顔でペットを連れてきたことを打ち明けられた。
それはつまり……。
「オペラに観劇に行っている間、ターンダウンサービスを頼んでいたのです。どうやらその時に、部屋から抜け出してしまったようで……」
部屋から抜け出してしまった、つまり迷子になったと。
ちなみにターンダウンサービスは、高級ホテルでは当たり前に提供されており、豪華客船でも等級が上の部屋では、このサービスが行われていた。主に夕方や夜に行われ、ベッドを就寝用に整え、チョコレートなどのちょっとした物を部屋に用意してくれる。私達の部屋もこれはお願いしていた。
「ペットは何ですか?」
ルジマール子爵令嬢が連れていたペット、それはフェレットだった。
ケージの中では可哀想だとオペラ観劇中、自由にしていたという。
つまりケージから出していた。
生後三か月ぐらいで、まさに好奇心旺盛で遊びたい盛り。
ターンダウンサービスのスタッフが部屋に来た時、開いた扉からこっそり抜け出したのだろう。
「一緒に探してくださいませんか!」
ドミナント男爵令息もいるのだし、そもそもそれは船のスタッフに頼めばいいことなのでは!?と思ってしまうが。船のスタッフにも探してもらうが、自分達も心配だから探すということだろう。そしてそれを手伝ってほしいと。
ルジマール子爵令嬢に対し、苦手意識があるものの。
困っているのだ。
ここは人として助けてあげるべきだろう。
それにペットに罪はないし、巨大な船の中で迷子になり、心細くなっているかもしれないのだ。
不安な気持ち。
そこは人間と変わらないと思う。
早く見つけてあげるには、人海戦術しかない。
「分かりました。一緒に探しましょう」
寄り道をせずに部屋に戻るよう、マルシクに言われたものの。
これは仕方ないと思う。人助けなのだから。
マルシクも分かってくれるはず。
一旦部屋に戻り、置手紙をエリダヌスとマルシク宛で残す。
そしてルジマール子爵令嬢とドミナント男爵令息と共に、彼女のペットであるフェレットのリリアンを探すことになった。
「さっき聞いたところ、船尾に向かって走っていくのを見たという方がいたんです。一緒に向かっていただけますか」
こうして船尾へ向かい、歩き出すことになる。
歩きながら、フェレットのリリアンの特徴を聞く。
色は黒で尻尾も含めた体長は三十センチ未満。
すばしっこく、物陰に隠れるのは得意だと言う。
これは難易度がぐっと上がる。
元気いっぱいで動き回っているなら、目撃情報もあるだろう。
でも見慣れない場所で怖くなり、どこかに隠れ、動かなくなったら……。
見つけ出すのは至難の業になる。
ただ、それでも探すしかない。
「リリアン」「リリアン」「リリアン」と呼びながら歩いているので、すれ違う乗客は不思議そうにこちらを見たり、「迷子ですか?」と心配してくれる。リリアンは人名にも使われるので、子供でも探しているのかと声をかけてくれるのだが……。
ペットと分かると「見つかるといいですね」となる。この後、花火もあるのだ。迷子の人間探しなら「手伝いましょう」になるが、ペットだと……ということだ。そもそもペットの管理をちゃんとしていないのかと、その顔が物語っている。
「見つかりませんね……」
とうとう船尾にあるデッキにまで到着してしまった。
ここからでは花火が見えにくいので、人はまばらだ。
「もしかしたら海に落ちたりしていませんよね……」
ルジマール子爵令嬢が不穏なことを言い出す。
だがドミナント男爵令息は「一応、様子を見てみようか」と手すりへと近づく。
その後を追い、ルジマール子爵令嬢と私も手すりから下を見下ろす。
海は暗く、白い波が立っているのは分かるが、そこに黒いフェレットがいたとしても……。
分からないだろ。
「そもそもフェレットは泳げるのですか?」
「水浴びは楽しそうにしているので、泳げるのかもしれません」
ルジマール子爵令嬢の言葉に、もし海に落ちたとしても、それなら即溺れることはないと思うものの。
まだ花火の打ち上げ時間になっていないが、相応に時間は経っている。仮に海に落ちていたとしたら、船が移動してしまい、リリアンを救出するのは難しくなるのでは……?
その時だった。
「見て! リリアンがいるわ!」
ルジマール子爵令嬢が叫ぶ。
「「ええっ」」とドミナント男爵令息と私が、手すりから乗り出すようにして海を見る。
「ほら、あそこです。頭を出したり、沈めたりして、溺れてはいません。早く助けないと! どんどん離れて行ってしまうわ!」
半狂乱のルジマール子爵令嬢は、自ら海に飛び込もうとした。
これはドミナント男爵令息と私で止めることになる。
「船員を呼びましょう」という私の提案にルジマール子爵令嬢は「それでは間に合わないわ!」と叫ぶ。だからと言って、ドレスを着た令嬢が海に飛び込むなんて自殺行為。
「自分が行きます! 騎士団では泳ぎの訓練もしているので」
ドミナント男爵令息はそう言いながら、ジャケットを脱いでいる。
「それならば救命胴衣と浮き輪を」
「早く飛び込んで、スカル!」
私の声に被せるように、ルジマール子爵令嬢が叫ぶと、ドミナント男爵令息は「分かった」と、勢いよく海へと飛び込む。
「!? 救命胴衣と浮き輪も持たずに海に飛び込むなんて! 危険だわ!」
驚愕して私が叫ぶと、ルジマール子爵令嬢が「そこに浮き輪があります!」と声を上げる。
急いでそれを取り外し、暗い海を泳ぐドミナント男爵令息目掛けて投げようとした時。
私がバランスを崩したのか。
でも背中を押されたようにも感じた。
ともかく私は浮き輪を手に、手すりを飛び越え、海に向け落ちそうになり――。
お読みいただき、ありがとうございます!
本日はもう一話、22時頃に公開します。
遅い時間ですのでタイミングが合わない方はご無理せず明日ご覧くださいませ☆彡


















