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【番外編】願い事~バカンスシーズン(8)~

 異国の珍しい料理を揃えた、ワールド・キッチンというレストラン。

 そこは個室の用意はないが、半個室になっている。

 つまりは衝立による仕切りがあるため、隣のテーブルが気にならないようにしてくれていたのだ。

 逆に言えばこの衝立を取り払うことで、一つのテーブルに全員が着席しなくても、一つのグループとしての体をなすことができる。基本は食事をすること、同じテーブルの人との会話が中心だが、場合によっては隣のテーブルとも会話もできる。


 今回エリダヌスと私が案内された席。それは……。


 左側に民族楽器を生演奏する楽団がいて、眼前はガラス越しに見える海、右手に衝立。

 実際に着席すると、衝立もあるため、個室も同然に感じる。

 背後には通路を挟み、テーブルがあり、そこにもお客さんはいる。だが背中を向けているし、正直気にならない。それにマルシクや従者は、さらに後方で待機だった。


 ここはエリダヌスと二人、会話を楽しみながら食事をできると思っていたら……。


「ここです、ここの席にしてください! お願いします!」


 聞いたことのある声とこの強い主張に、ドキリとしてしまう。

 エリダヌスも片眉をくいっとあげている。


 「あ、お客様」というスタッフの声が聞こえたと思ったら……。


「まあ、ウェリントン団長様とアンブローズ公爵令嬢! 嬉しいですわ。またご一緒できるなんて! 本当は慣れている洋食のお店に行くつもりでした。でもお二人が異国の珍しい料理を召し上がると聞いて、急遽こちらのお店へ変更したのです。でもまさかお隣の席になるなんて。驚きです。こんな偶然があるのですね! なんだか運命を感じてしまいます!」


 興奮気味に話すルジマール子爵令嬢と、その後ろで「急に声をかけるなんて。邪魔をしては悪いだろう、ルジマール子爵令嬢!」と必死に彼女を止めようとするドミナント男爵令息の姿が見えた。


 これにはビックリで、ルジマール子爵令嬢の「こんな偶然があるのですね!」という言葉に、疑問を感じてしまう。本当にこれは偶然なのかしら?と。


「せっかくなのでこの衝立は撤去してもらい、一緒にお食事しません? あ、もしよろしければテーブルは四人席です。私達のテーブルに、一緒に座りませんか!?」


 貴族の間では、社交が重視された。

 特段の理由がなければ、同席を求められた場合。

 気さくに応じるのが、スマートな対応だ。

 声をかけてきたのは、エリダヌスからすると、部下の騎士の婚約者。そして騎士自身もこの場にいる。理由なく断れば、騎士団長であるエリダヌスに悪評が立ちかねない。


「ええ、ではいっしょ」「ルジマール子爵令嬢」


 私の言葉に被せるように、エリダヌスが口を開いた。


 貴族のマナーが身についているエリダヌスが、誰かの発言を遮るように声をあげるなんて。通常はあり得ないこと。そのあり得ないを行使しているということは。エリダヌスは今、ルジマール子爵令嬢の申し出を好ましくないと感じている……! だからこそ「では一緒に食事をしましょう」と言いかけた私の言葉を遮ったのだと思う。


「ディナーの同席のお誘い。大変嬉しく思います。ただ、今日のディナーは特別なんです。初めて婚約者であるメリディアナと、船の旅をするんです。初めての船上でのディナー。この経験は、人生で一度きりです」


 そこで私の左斜めの席に座るエリダヌスが、手を伸ばす。私の左手をとると、自身の頬を摺り寄せる。その上で可愛らしい音をたて、手の平にキスをするのだ!


 いきなりの溺愛行動に、もう目が回りそうになる。


「記念すべきこの船上ディナーでは、存分に婚約者に甘えるつもりなのです。もし気を遣っていただけるなら、二人きりにしていただきたく」


 とんでもない理由を、エリダヌスが言い出したと思ったが……。

 これはルジマール子爵令嬢に、効果てきめんだったようだ。


 推しがイチャイチャする姿を見ながら、食事なんてしたくない……という結論に彼女は至った。さらにドミナント男爵令息も声をあげる。


「お二人の記念すべきディナーを邪魔するつもりはありません! さあ、ルジマール子爵令嬢、席に座って」


 こうして二人は、衝立の向こうへと消えていく。

 安堵すると同時に。

 エリダヌスがまだ私の手を持ったままであることに気がつく。


「エリダヌス、ありがとうございます。おかげで助かりました」


 感謝の気持ちを伝えながら、さりげなく手を引っ込めようとした。だが私の手は、さらに力を強めたエリダヌスの手に掴まれ、びくともしない。


「助けた……さてそれは何のことでしょうか? 私はただ、事実を言っただけですよ」


 そう言ってエリダヌスは、輝くような笑顔になる。


「初めての船旅。初めての船上でのディナー。窓から美しい夕陽も見えています」


 確かに今、海上の空は茜色に染まっていた。

 太陽は水平線目指し、ゆっくり移動を開始している。


「存分に甘えるつもりですよ」


 エリダヌスはルジマール子爵令嬢を撃退するために、咄嗟にあの言葉を言ったわけではなかった。本気でこの初めての船上ディナーで……。


 花より団子のはずなのに。


 甘々なエリダヌスにより、異国のディナーの味は……ほとんど思い出せない状態になった。

お読みいただき、ありがとうございます。

明日は21時頃公開予定です~

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