【番外編】願い事~バカンスシーズン(7)~
演奏会が始まると、さすがのルジマール子爵令嬢も口を閉じる。
それでも拍手でホールが沸くと、「こういう楽曲、ウェリントン団長様と聴いたりされます?」「どんな方の演奏会へ行かれます?」とすかさず聞いてくるのだ。
曲の余韻を楽しみたいし、エリダヌスに声を掛けたいが、その隙を与えてくれない。
ただルジマール子爵令嬢の瞬発力とコミュ力に圧倒される。
こうして90分間の演奏会。
休憩なしで走り抜け、終わると――。
「この後、ディナーでは? そしてオペラも鑑賞されるでしょう? オペラはミニオペラ2本の上演です。終わったら花火を見られますよね?」
この後の予定を全て言い当てられ、少し驚いたものの。
演奏会からのディナー、その後のオペラ鑑賞で花火という流れで楽しむ乗客は、多いと思う。
実際、ルジマール子爵令嬢とドミナント男爵令息も、そうすると言っている。
そこでここは「奇遇ですね」と、とりあえず応じると……。
「レストランはどちらですか? 海の幸より肉ですよね? まさかブッフェ形式のレストランではないですよね? ウェリントン団長様がお皿を手にウロウロするなんて、イメージが崩壊します。洋食を楽しめるロイヤルグリルですわよね?」
ルジマール子爵令嬢は、どうやらエリダヌスを理想の男性……つまり推しとして見ているようだ。そして彼女なりの美化されたイメージが、エリダヌスにあるようだ。
エリダヌスがお皿を手にウロウロ……。ウロウロはしないだろう。お皿を手に優雅に立ち振る舞う姿は想像できる。別にブッフェ形式のレストランを利用してもいいと思うが……。
ひとまず私が答えようとしたまさにその時。
「ルジマール子爵令嬢。ブッフェ形式のレストランを利用すると、従者が料理を取りに行ってくれます。よってお皿を手に、列へ並ぶことはありません」
エリダヌスは私が席から立ち上がるのを手伝いながら、ルジマール子爵令嬢の問いに答えた。
これを聞いたルジマール子爵令嬢は、頬を赤くして喜んでいる。だが……。
「ですが騎士団長と言えど、演習に参加すれば、野営も行います。お皿を手にウロウロすることだってありますよ」
これにはルジマール子爵令嬢はハッとして唇を噛む。
「ディナーは、異国の珍しい料理を揃えたワールド・キッチンを予約しています」
そこで美麗な笑顔を浮かべ、エリダヌスは私をエスコートして歩き出す。
ルジマール子爵令嬢は「ほうっ」とため息をついて顔を赤くしている。
隣に自身の婚約者であるドミナント男爵令息もいるのに。
完全にその目はエリダヌスにぞっこんになっている。
本来こんなこと、許されない。
でもルジマール子爵令嬢にとって、エリダヌスは推しなのだ。
推しに対するスタンスは様々。
恋人になれるなら、なりたい!
結婚できるなら、したい!
という積極的なタイプもいれば。
密かに見守るのでOK!
遠くから愛でてニマニマできればOK!
という静観タイプもいるわけで。
特にゲームのキャラクターが推しの場合、リアルに恋愛するなんて、それこそ無理な話だ。よって推しは見守り、愛でるというスタンスが基本。かくいう前世の私も、それで落ち着いていた。
実際、この世界に転生し、推しとリアル対面出来た時は……気持ちが盛り上がるうんぬん以前の状態。とにかく冷たくあしらわれ、肝を冷やすことになった。その後、推しであるエリダヌスの態度は初対面程冷たくはなくなったが、あくまで仕方なく協力してくれると思っていたから……。
推しと恋愛関係になれる……なんて想像していなかった。むしろ推しに想われている令嬢がいると知り、自分は完全にアウェイな存在だと思っていたのだ。
今となっては奇跡が起きたとしか言いようがないが、それも完全な棚ぼたではない。推しであるエリダヌスが私を好きだったのには、ちゃんと理由があった。ゆえに今があるのですか。
もしこの世界に転生とは関係なく、たた誕生していたら。
まったく推しと接点ゼロで成長し、ある時、推しを見かけ、恋に落ちたとしたら。
ルジマール子爵令嬢のような言動を、自分がとれるかというと……。
無理な気がする。
この世界、特に令嬢はおしとやかに、慎ましやかにと育てられるのだ。
前世のような肉食系女子の令嬢なんて、ほぼいないわけで。
そう考えるとルジマール子爵令嬢は、自身も婚約している。そして推しには婚約者もいると分かっていても。それでも積極的に動きたくなるタイプなのだろう。大好きな推しは、とにかくグイグイ押す。猪突猛進タイプとでも言うのか。
ゆえに今も推しであるエリダヌスを前に、あんな表情ができるのだろう。
「わたしの心は、メリディアナ以外には鋼です。この心を溶かすことができるのは、メリディアナ、君だけなんですよ。いつも通りでドンと構えてください。動じる必要などありません」
黙り込み、考え込んでいた私にエリダヌスは、サラリと気持ちを軽くするような言葉を言ってくれる。
というか本当にその観察眼には脱帽だ。
「これからディナーです。鳥の鳴き声を愛でるより、美味しいパンを食べる方が好きなメリディアナのこと。すぐにディナーの美味しさに夢中になり、今のことは忘れますよ」
つまり私は花より団子。
ディナーに夢中になり、元気になれるということね。
それは……その通りだと思う。
食は人にとっての基本。
ご馳走を前にしたら、余計なことは吹き飛ぶだろう。
本当にエリダヌスは、私のことを分かっている。
それに私が深刻になり過ぎないよう、こうやって冗談めいた言い方をしているのだ。
ちゃんと私の本質を見て、匙加減を調整してくれている。
それだけ私のことを気に掛け、大切に想ってくれているのだ。
ルジマール子爵令嬢のことは気にしなくていいだろう――そう思っていたところ……。
お読みいただき、ありがとうございます。
ごめんなさい!
予約投稿を8時ではなく9時にしていました……。
移動中で、その後すぐに公開できず申し訳ないです。
お詫びで今晩もう1話20時頃に公開します!


















