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【番外編】願い事~バカンスシーズン(1)~

 6月の下旬。


 この頃になるともう、完全に夏だった。


 気温は25℃近くになる日が増えるが、からっとしており、汗だくになることなんてない。

 しかも日照時間がうんと長くなり、日没は21時近くなる。


 そして来月になると、バカンスシーズンが始まるのだ。


 学生なら、まさにまるまる二カ月の夏休み。

 大人は最低でも一週間から二週間、多い人は三週間程度の休暇を取得する。


「エリダヌス、間もなくバカンスシーズンですよね。今回、休暇はどれぐらい取得できますか?」


 6月最後の日曜日。


 エリダヌスと私は、公園でボート遊びを楽しんでいた。

 人工池は広々として、カルガモの親子が仲良く水遊びをしている姿も見える。

 青空を映した人工池はとても美しい。

 日傘をさしながら、パートナーにボートを漕いでもらい、優雅な時間を過ごす――貴族令嬢やマダムのこの時期の理想の過ごし方。まさにそれを体現していた。


 湖の碧さに負けない、透明感のある碧い瞳のエリダヌスは、ターコイズブルーのスーツを着ているが、今はボートを漕ぐため、ジャケットを脱いでいる。白シャツに薄手のストライプ柄のベストは、とてもよく似合っている。


 一方の私は淡い水色に黄色と白で小花がプリントされたドレス姿。


「バカンスシーズンの休暇。そうですね。メリディアナはどれぐらいわたしにそばにいて欲しいですか?」


「えっ!?」


「最低でも一週間、最長で三週間、休暇は取得できます」


 これにはドキドキしながら尋ねることになる。


「さ、三週間、ずっと私のそばにいてくださるのですか?」


「メリディアナが望むなら」


「いいのでしょうか。せっかくの休暇、エリダヌスも何かやりたいことや、したいことがあるのでは……?」


 少し上目づかいでエリダヌスを見ると、彼はオールを漕ぐ手を止め、タイを緩める。

 男性のこのタイを緩める動作。

 前世から妙にセクシーに感じてしまう。


「愚問ですね」


「!」


「わたしが常日頃やりたい、したいと思っていること、何だかわからないのですか?」


 神々しい程の微笑みなのに。

 その瞳は実に妖艶。

 いきなり大人の男の色気満点の眼差しを向けられ、卒倒しそうになるのをなんとか耐えた。


 エリダヌスから視線を逸らし、美しい湖面を見て、なんとか心を鎮めようと試みる。


 これは言葉遊びだと分かっていた。


 それでも想像してしまう。

 エリダヌスがやりたい、したいと思っていることが何かを。


 揺らめく湖面に、ベッドで睦み合うエリダヌスと私の姿が幻のように浮かび上がる。


 そ、想像してはいけない!

 絶対に!

 そんな破廉恥な――。


「!」


「わたしが目の前にいるのに考え事ですか?」


 エリダヌスがいつの間にか目の前にまで移動してきていた。

 驚いた私はそのまま……。


 ボートに仰向けで倒れこんでしまう。


 その様子を驚きの表情で見ていたエリダヌスだったが……。


 両手をつくと、こちらを覗き込む。


 太陽を背にしたエリダヌスは、大天使のようだ。


「メリディアナ。君は何て大胆なのでしょう。昼間の湖で、周囲にはボートに乗った貴族達も沢山いるというのに。こんな風にわたしを誘うなんて。なんと罪深い……」


 大天使のような姿で、なんてことを言い出すの、エリダヌス!


「ですが未来の妻が望むなら、お応えしないと」


 エリダヌスの顔が私の方へと近づく。


「ウェリントン様、日傘が落ちたので、どうぞ!」


 忠実なる護衛騎士であり、最近は従者でもあり、執事としても動いてくれるマルシク。

 驚いて日傘からうっかり手を離してしまったが、有能なマルシクがすぐに拾い上げ、届けてくれたようだ。マルシクもまたボートに乗り、私達の様子を見守ってくれていた。


「これはこれは。ありがとう、マルシク」


 エリダヌスがマルシクから日傘を受け取っている間に、私はなんとか上半身を起こす。

 マルシクがチラリとコチラを見て「お嬢様!」と目で訴えている。


 わ、分かっているわ、マルシク!

 私だって湖のど真ん中で破廉恥なことをするつもりはないわ!

 それにエリダヌスだって本気でそんなこと……。


「メリディアナ。日傘をどうぞ。どうやら風に乗り湖面を転がったようで、濡れていません」


 シルクのその日傘を広げたエリダヌスがすっと手を伸ばす。


「ありがとうございます」


 日傘を受け取ろうと少し身を乗り出すと。

 エリダヌスも、ずいとこちらへ近づく。

 受け取った日傘が斜めに傾き、その瞬間。


 マルシクに日傘を向け、まるで遮るような状態になった。


 そこで重ねられるエリダヌスの唇。


 再び日傘を落としそうになるが、エリダヌスがしっかり持っていてくれた。


「バカンスシーズンの休暇は三週間。すべて君に捧げますよ、メリディアナ」


 柔らかい風が、エリダヌスのサラサラの前髪を揺らした。

お読みいただき、ありがとうございます!

番外編で連載再開でーす☆彡

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