【番外編】願い事~ホリデーシーズン(5/7)~
ぐっすり眠れた朝は、実に爽快。
エリダヌスの温もりでぽかぽか。
さらに彼の胸の中という安心感。
ドキドキするより、この二つが勝り、私は見事に爆睡していた。
清々しく目覚めたが……。
いるはずのエリダヌスがいない。
全身で感じていたエリダヌスの温もりと存在感。
それを失っただけで急に不安になる。
カーテンの外はうっすら明るい。
六時を過ぎた頃かしら?
もうすぐ日が昇ると思う。
こんな早朝に姿が見えないと言うことは……。
ああ、そうか。
早朝、剣術や乗馬の訓練や練習を毎日していると言っていた。
剣は持参していたから、練習場にいるのね。
このスパ施設。
休息を求める騎士の利用が何気に多かった。
だが温泉に浸かり、体を休めるが、訓練は怠らない。
騎士のニーズに応え、剣術の練習ができるスペースが用意された。
乗馬場だってある。
この二つがあることで、騎士の利用者も多かったのだ。
うん。きっと真面目なエリダヌスのこと。
剣術の練習をしているに違いない。
確信を持つことで、不安な気持ちが消えて行く。
さっきまでは置き去りにされたひな鳥のように、不安を覚えていた。
でも今は逆転。
冒険に出た若鳥を待つ、親鳥の気持ちだ。
元気を取り戻した私は「さて」と思案する。
メイドを呼ぶには少し早い。
ならば……。
顔を洗おう!
そこで浴室へ向かうと。
浴槽の方で何か気配を感じる。
その瞬間。
ゾクッとしてしまう。
冬なのに!
冬はそれだけで十分寒いので、ホラーは必要ないと思う。
でもたまに冬に怖い話が登場する。
ネット動画でも、テレビでも。
そして。
浴槽はホラー現象が起こりやすい場所として有名。
水があの世とのつながりが深いからだろうか?
心霊現象が起きる海外のホテルでは、浴室……浴槽で怪奇現象が起きることも多い。
鳥肌が立った私は寝室へ戻るべきなのに。
足は何かを確認するかのように、浴槽の方へ向かってしまっている。
このスイートルームには、まさに源泉かけ流しの温泉が用意されていた。
チョロチョロとお湯の流れる音がするが、さっき聞こえたのは、この音とは違う……。
その音が何であったのか。
人間の本能で気になっていた。
気になったら逃げるべし!なのに。
恐ろしいのは好奇心。
恐怖の方へ引き込まれていくなんて……!
いつも思っていた。
ホラー映画で、なぜ主人公は怖い方へと向かってしまうのか。
その理由が今、よく分かった。
恐怖と好奇心の狭間で揺れ動き、音の正体を知りたいという気持ちが勝り、勝手に足がそちらへ向かってしまうのだと!
いや、これは霊により、体が無理矢理動かされているのかもしれない!?
ホラーを信じるタイプではなかった、私は。
それでも足は浴槽の方へ向かい、天蓋付きベッドのカーテンのように、天井のポールから垂らされている布をめくりあげてしまう。この布は保温のため、浴槽の周囲に巡らされているものだった。
布をめくりあげた私の視線の先には――。
しっとりしたブロンドの髪。
潤った張りのある肌。引き締まった体。
両腕は浴槽の縁に置かれ、閉じられた瞼がゆっくり開く。
その澄んだ泉のような碧い瞳が、不思議そうにこちらへ向けられる。
悲鳴は出ない。
代わりに全身が燃えるように熱くなり、「しまった……」と思う。
「驚きました」
「ご、ごめんなさい! 失礼しました!」
思いっきり頭を下げ、謝意を示し、立ち去ろうとする。
「恥ずかしがる必要はありません。いずれ一糸まとわぬ姿をお互いにさらすことになるのですから」
「えっ」
「それに一緒に入浴しようと話していましたからね。でもまさかメリディアナから浴室に来てくれるなんて。本当に驚きましたが、嬉しいですよ」
湯船に浸かるエリダヌスはことさら美しい笑顔を浮かべた。その笑顔に全身の力が抜けそうになる。
「さあ、一緒に入りましょう」
「はい。そうします」と答えかけ、何とか踏み止まる。
何をしようとしているの、私は!
いくら婚約していても、まだ式は挙げていない!
一緒に入浴なんてダメ!
「まさかここまで来て、怖気づいたのですか?」
そこでさらにエリダヌスが目元を赤くする。
「メリディアナはヒドイ方ですね。わたしの全てを見ておきながら、なかったことにするのですか?」
そう言うとエリダヌスが視線を下に向けた。
そこでその視線を追いそうになり、慌ててストップをかける。
危なかった。
この世界の皆様、スタイルが良い方が多いからなのか。皆、大浴場でも堂々としている。つまり隠すことをしない。
今のエリダヌスは紛れもない全裸で湯船に浸かっているのだ!
だかしかし。
湯気もあり、私は見ていない!
「安心してください! 見ていませんから!」
でも動揺していた私は、その一言を告げ、立ち去ろうとして……。
ツルンと漫画のように滑り、布を思いっきり掴むと、それはポールごとはずれてしまう。
「メリディアナ!」
エリダヌスは私が湯船に落ちないように助けてくれたのに。私は盛大に悲鳴をあげ、驚いたマルシクが駆けつけて……。
その場を収めるのは、とても大変なことになった。
お読みいただき、ありがとうございます!
ドリコムメディア大賞で一次選考通過した作品に
通過祝いで番外編読み切り1話を追加しました。
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お楽しみくださいませ☆彡
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