【番外編】願い事~ホリデーシーズン(4/7)~
夕食はスパ施設の最上階のレストランの個室を予約していた。
だが私がのぼせて部屋に運ばれたことで、エリダヌスは予約していたコース料理をレストランの個室ではなく、部屋で出せないかと支配人に相談した。
スパ施設と併設しているホテルからレストランまで、オーナーはアンブローズ公爵。つまり私の父親だ。そして私はアンブローズ公爵令嬢であり、エリダヌスはその婚約者、かつ有名な騎士団長。
個室から部屋への提供に切り替えたい。理由は私がのぼせて部屋で休んでいるため、とあっては「ダメです」になるわけがなかった。その結果。夕食は寝室でエリダヌスと摂ることになった。わざわざ専属でホテルのメイドがつききりになるのは申し訳ないが……。
「王立騎士団ルミナスの団長、エリダヌス・ロイド・ウェリントン様を間近で見ることができると、メイドの皆様は大喜びです」とマルシクから報告されると、苦笑するしかない。
建国祭では王族の姿絵が描かれたティーセットやプレートが販売されるが、併せて騎士団長や副団長のアイテムも販売されている。何気に一番売れているのが騎士団長、つまりはエリダヌスのグッズだった。
エリダヌスは国民的人気があり、その人気は王都にとどまらない。王都から遠く離れた温泉が湧くような場所でも、その人気は健在だった。
こうして部屋……というか寝室でのディナー。
本当は、ランタンで照らされた周辺の森の景色を眺めながらの夕食のはずだった。
それはムーディで大人な雰囲気になったはず。
でも……。
今は……。
楽!
だって私はベッドで上半身を起こし、寝間着にガウンを着た状態で、ベッドテーブルに並べられた料理をいただくのでOKだったのだ! エリダヌスはきっちりスカイブルーのセットアップを着て、マルシクもいつも通りの黒の衣装とマント姿だが、私だけこんな軽装で食事をいただけるなんて。
のぼせただけで病人でもないのに、これはラッキーとしか言いようがない。
何せこの世界では三度の食事は正装と相場が決まっている。
特に私は公爵令嬢なので、病気でベッドから動けない時以外は、ドレス着用を義務付けられていたから……。
こんな姿で食事ができるなんて!
そんな風に喜んでいたが。
食事はあっという間に終わり、メイドやマルシクが退出すると……。
浴室から出てきたエリダヌスは、シルクのパールホワイトの寝間着に、濃紺の厚手のガウンに着替えている。
その瞬間、思い出す。
ベッド、一つしかありませんでしたよね?と。
そこからの私はものすごい勢いでエリダヌスの枕を配置し、自分はベッドの端へ移動した。
「何をしているのですか?」
「エリダヌスがぐっすり眠れるようにと思いまして。私は寝相が悪いので!」
背中に汗がだらだらと伝う。
分かっている。
娼館で既に一つベッドの上を経験済みなのだ。
私の寝相もエリダヌスが知っていると。
いろいろツッコまれるだろう。
そう思ったが。
「……そうですか。わたしを気遣ってくれるなんて。さすがわたしの婚約者です」
胸にエリダヌスの言葉がぐさぐさ刺さる。
「分かりました。では休みましょうか」
「えっ」の言葉を呑み込んでいる間に、エリダヌスは順番にランプを消していく。
「横にならないのですか?」
そう問うたエリダヌスの瞳は……室内の光源が少なったことで、影を帯びていた。
そのせいもあるからか、とても寂しそうに見える。
これには胸が痛む。
この部屋を予約したのは私だ。
エリダヌスは驚いただろうが、嬉しく思ったはず。
それなのにこんなにあからさまに距離をとるなんて……。
ならばなぜこの部屋を予約したのか?
そう感じたと思う。
でもエリダヌスは感情を外へ向けず、内へ向ける。
怒りを私にぶつけたりせず、心から心配したり、悲しむ。
最後の明かりが消され、ベッドが少し揺れた。
エリダヌス自身が横になったと分かる。
「なぜ横にならないのですか?」
再度問われてしまったが、私は「あっ……その……」と口ごもる。
エリダヌスのことを考え、横になり損ねていた。
ばつが悪い……。
もぞもぞと横になったものの。
当然だけど、落ち着かない。
私が忙しさに紛れ、予約が遅れ、こうなったのに。
エリダヌスのことを傷つけてしまったのではないか。
常に泰然とし、ちょっとやそっとでは心を動かさない。
それが王立騎士団ルミナスの団長、エリダヌス・ロイド・ウェリントンだった。
でも私の婚約者としてのエリダヌスは……。あからさまにはしない。でもフッと口元に笑みを浮かべたり、瞳の表情で感情を露わにする。そして今の彼は悲しいと思っているんだ……。
気付いたら動いていた。
既に横たわっているエリダヌスにぎゅっと抱きついている。
「エリダヌス、ごめんなさい!」
私は全てを打ち明けた。
予約がギリギリになり、この部屋になったことを。
うっかり約束を忘れていたことを。
すると……。
「まったく。わたしを誰だと思っているのですか」
「……?」
「この部屋をメリディアナが、自らの意思で予約するとは思いません。致し方なかったのでしょう。察しはついていましたよ」
これには「そんな」と思いつつも納得だった。エリダヌスなのだ。どんなに私が周囲の人間に箝口令を敷いても、エリダヌスにはバレていたということ。
「それにしても効果てきめんですね。人は追われると逃げる。追うのをやめたらこうなるとは」
「!」と思った私は本能でエリダヌスから体を離そうとしていた。
だが既にガッツリとエリダヌスは私を抱きしめており、微動だにしない。
「自分から抱きついてきたんですよ? それにさんざん謝罪し『本当はエリダヌスの温もりを感じて眠りたい』と言いましたよね?」
感情が高まった私は、確かにそう言っていた……!
「男に二言はないと言いますが、女性だってそうですよね、メリディアナ? そんなところで差別しませんよね?」
ううっ。エリダヌスが言っていることは正論!
本能的に動き、彼に今、こんな風にぎゅっとされることになったが……悶絶死しそうだった。嬉し過ぎて!
「わたしの心をこんなに乱すなんて……。メリディアナ、今度たっぷりおしおきですよ」
ドキッと発言をしたエリダヌスだが、ちゃんと私が寝やすいように体勢を整えてくれた。
いつも際どいことばかり言うエリダヌス。
でも最後はいつだって優しい。
腕枕をされ、背中から包み込むように抱きしめられていると……。
ドキドキもするが、温かく、そして気持ちは安らぎ――。
穏やかな眠りへと落ちて行く。
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