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【番外編】願い事~ホリデーシーズン(3/7)~

「いい湯だわ……」


 広々とした大浴場につかり、肩にお湯を手でかけると。

 気分はザ・温泉。

 前世日本人の私としては、頭の上に濡れタオルを載せたくなりますが。


 ここは温泉ではなく、スパと呼ばれている。

 バリバリの西洋風の乙女ゲームの世界。


 ということで濡れタオルは我慢だ。


 結局。


 ベッドのマットレスの強度を確かめることなく(残念とは思っていませんよ?)、スパの大浴場へ向かうことになった。当然、男女別になっているので、エリダヌスは男湯に入っている。しかもマルシクも一緒に。


 エリダヌスは笑顔で「マルシク、君も成長しましたね。わたしに噛みつく勇気を持てるようになったとは。新兵は卒業、と言ったところでしょうか」なんて言っていたけれど。立場的にマルシクの上位者なのだ。年齢的にも経験的にも。ゆえに。


「罰ではないですよ。ただ、背中を流す人材が必要なだけです。付き合ってもらいますよ、マルシク」


 つまりエリダヌスの入浴の手伝いとして、マルシクは男湯に連行されてしまったのだ。


 連行。


 なんて言い方をしているけれど。

 マルシクが献身的に私や自身に仕えていることを、推しは理解している。

 よってこれはエリダヌスなりの気遣いだと思う。

 スパ施設に来たのだ。

 大浴場もある。

 温かい湯にでもつかり、休むといい、マルシクも。たまには――ということなのだろう。


 ということで。


 入浴前はハラハラドキドキだったけれど。


 今はまったり入浴できている。


 エリダヌスとマルシクも今頃、羽を伸ばしているだろう。


 そこで思い出してしまう。


 二人して大変素敵な体躯の持ち主であることを。


 それは潜伏していた娼館の部屋でのこと。

 エリダヌスとマルシクが着替えをしている姿を、娼婦のラサとラナと共に見ることになったのだ。

 別に覗き見をしたわけではない。

 部屋は一つで後は水場があるだけ。

 エリダヌスとマルシクは、水場で寝間着のズボンを履き替えた。

 でもその水場は広々としているわけではないので、寝間着の上衣は部屋に戻り、着替えたわけだ。

 そこでチラリと見えた。

 贅肉のない引き締まった体が。当然だが腹筋は割れていた。

 背筋もお見事!

 秒で見えなくなってしまったのが、残念でならなかったが……。


 記憶を巻き戻し、一瞬見えたそのシーンで停止。


 ……。

 ………。

 …………。


 大変、頭に血が昇る!


 思い出してはいけないのに。

 遂、エリダヌスとマルシクの素敵な上半身裸を思い出した私は……。


「まあ、あちらのご令嬢、倒れそうですわ!」

「どなたか、大変ですわよ!」


 ◇


「全く。寛いで入浴していたこのわたしを、途中で引っ張り出すとは……そんなことができるのは、メリディアナ、君だけですよ」


 これにはもう本当に。

 おっしゃる通りだった。


 浴槽につかっている状態なのに。

 思い出してはいけない、エリダヌスとマルシクの姿を脳裏で展開した私は……。

 完全に頭に血がのぼり、のぼせてしまったのだ。


 幸い、異変に気付いたマダムが声を上げてくれたおかげで、女性従業員がすぐに駆け付けてくれた。冷たい水を飲ませ、体のあちこちを冷やし、扇子であおいでくれたりしたおかげで、割とすぐに回復したものの。部屋に運ばれる事態になった。


 これを入浴中に聞いたエリダヌスとマルシクは、慌てて駆け付けることになったのだ。


「申し訳ない気持ちでいっぱいです」


「ええ、本当によーく、反省してください。メリディアナはわたしの婚約者なんですよ?」


「そ、そうですよね」


「君の身に何かあったら、わたしは冷静ではいられなくなります。もう自分一人の体とは思わないでください」


 そう言ったエリダヌスは、ベッドで上体を起こしていた私の体をぎゅっと抱きしめた。

 その体はわずかだが震えているように感じる。


 そこで思い出す。

 娼館への帰りが遅くなった時。

 一切の報告もせず、帰りが遅くなったあの日。

 エリダヌスは「こんな時間までリズベルト様を連れ歩き、何をしていたんだ」と冷たい声で告げ、「指定した屋敷へも来ない。なぜ来ないのか言伝もない。騎士の基本の“報告”はどうなっている!?」とマルシクを厳しく叱責した。


 マルシクが「も、申し訳ありません。確かにおっしゃる通りでした。保護に失敗したこと、指定のお屋敷のヘッドバトラーに、お伝えするべきでした」とすぐに謝罪することで、「その通りだ。使用人と警備兵は皆、今か、今かと心配して待っていた。今後は怠らないように」と言うと、怒りを収めてくれたけど……。


 その後すぐ「無事で……無事でよかった、リズベルト……」とエリダヌスは、絞り出すような苦し気な声を出し、激しく強く私を抱きしめたのだ。


 つまりエリダヌスはとても私の身を心配してくれていたのだ。


 今もそうだった。


「反省してください」と強い口調で言ったが、怒りより心配をしていた。天下の騎士団長、冷静沈着で聡明なエリダヌスが、私を案じ、心を乱している。


 その事実はとても甘美なもの。


 推しが私をこんなに心配してくれるなんて……!


 頬が緩み、だらしない顔になりそうだ。

 というか。


「きゅるるるる」


 お腹も緩み、「夕ご飯はまだですか?」の合図を送っている。


 その瞬間。


「……本当に、君は……」


 エリダヌスは呆れたような、でも笑いを堪えているような、何とも言えない表情になる。

 その上で。


「のぼせて頭でも打つと困りますからね。次の入浴はわたしと一緒です」


 とんでもないことを宣言するとマルシクを呼び、夕食の用意を命じた。

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