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53話:推しがとんでもない意地悪を言う

「……これでもう全て終わったのでしょうか」


 私がぽつりとそう呟くと。


「もうあなたに手出しはできないはず。それにもし次に何かすれば、その時は……実刑を与えてもらいましょう。今回は恩情を与えたようなものですから」


 恩情……確かにそうだろう。

 前世とは法制度も違うし、私を傷つけようと示唆したのはラーンなのだろうが、そこは一旦有耶無耶になっている。それでも国王が決めたことは、この世界では絶対だから……。


 とはいえ北部へ移ってもなお、余計な画策をするなら、さすがの国王も許さないだろう。リギルへの悪影響も考慮されるはずだ。


「そうですね。もう憂いはなくなったので、はい。ダンス、踊りましょう」


 マルシクに見守れ、エリダヌスにエスコートされて、ダンスフロアに向かう。

 そういえばさっき、エリダヌスとラーンがダンスをしているのを見た時は……。


 かなりジェラシーだった。


「アンブローズ公爵令嬢、なんだか怖い顔をしていますね? 緊張、されているのですか?」


「い、いえ、これは……」


「わたしとのダンスは不本意ですか?」


「!? そんなわけありません! さっきイングリス男爵令嬢とダンスしているのを見て、悔しかったというか……」


 そこでハッとする。

 つい、本音を漏らしてしまった……!


「わたしとダンスをしたかった……ということですね」


 始まりのポーズをとった状態で、エリダヌスが顔を近づけ、耳元で囁く。

 素敵なアクアの香りに胸が高鳴る。


「……嫉妬いただけなら、嬉しいですね」


 ワルツが始まり、軽やかに私をリードしながら、エリダヌスがとんでもない意地悪を言う。自身は意中の女性がいるのに。そんなことを言うのはズルい!


「ウェリントン団長、ヒドイです! ご自身は好きな令嬢レディがいるのに、嫉妬されると嬉しいなんて!」


「なるほど。まさかと思いましたが、やはり伝わっていなかったのですね」


「!?」


 訝し気にエリダヌスの碧い瞳を見上げると、そこに甘美な輝きが浮かんでいた。

 いきなり推しの全力の甘い顔を至近距離で見てしまい、足がもつれそうになる。


「どうしました、アンブローズ公爵令嬢?」


「ごめんなさい、ちょっと足が……」


「ダンス中はやめておいた方がよさそうですね。……ダンスが終わったら、覚悟してください」


 な、なんの話!?


 突然、推しに秀麗に微笑まれても、意味が分からない。

 ドキドキしながらダンスを続けることになる。


「そうそう。バカンスシーズンの休暇の申請を出す必要があるのですか、例の氷の洞窟、案内いただけるのですよね?」


「! それは勿論です。ウェリントン団長のご都合に合わせます」


「そうですか。では7月下旬の三週間。すべてわたしのために予定を空けてください」


 さ、三週間!?

 それってエリダヌスの休暇を丸ごと氷の洞窟に費やすことになってしまうのでは!?

 意中のレディに会う時間、ないのでは……?


 でも本人がそう言っているのだ。

 それに約束は守る必要がある。


「わ、分かりました。そこは氷の洞窟だけではなく、白樺の森や、美しい湖が点在しているので、ピクニックも楽しめます。三週間はあっという間です」


「そうですね……。三週間では足りない……。初めてです。休暇がもっと欲しいと思ったのは」


 そ、そんなに氷の洞窟が気になっていたのね。

 ならば万全の準備で案内しないと。


 そんなことを思っていると曲が終わり、最後の決めポーズをとり、終了。


 マルシクの待機する天幕のソファに座り、休憩となる。

 同時に。

 花火の打ち上げも始まった。


「さて。ちょうどいいです」


 そう言うと隣に座ったエリダヌスが、改めて私を見た。


「アンブローズ公爵令嬢は、勘が鋭いと思ったのですが、それは自分自身以外のことに対してのみのようです。ことご自身のことになると、恐ろしい程、鈍感です」


 推しにバッサリ斬られ、「うっ」と短く唸ることになる。


「わたしは君のことをファーストネームで呼びたいと伝えているのに、勘違いして領地へ招待する話を始めて……。でもいいです。君と旅行できることになったのですから」


 推しは……何を言おうとしているの!?


「分かりやすく、ハッキリ伝えます」


 そこで言葉を切ったエリダヌスは、再びその碧い瞳に甘美な輝きを浮かべ、私を見た。花火の明かりを受け、銀髪がキラキラと輝く。


 仮装して、いつもと違う雰囲気の推しは、非日常的で、それだけでドキドキさせるものなのに。


 改めて見つめられると、もう腰が砕けそう。

 ……でもソファに座っているから、そうはならない。


「アンブローズ公爵令嬢、わたしは君のことがずっと好きです」

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