52話:それまた一つの才能
「なるほど。実に腹黒い女ということがよく分かった」
私の心臓はドキリとしていた。
重量感のあるこの声は……。
驚いて後ろ振り向くと、そこには……国王陛下と近衛騎士、そしてリギル殿下がいる。
天幕には裏からも出入りできるようになっており、どうやらそこから彼らは……入ってきたようだ。
でもどうして国王陛下がここに!?
全身から汗が一気に噴き出している。
「すべては聞いた。わたしの息子のことを何だと思っているのか。……だが、そこまでの執念、それまた一つの才能。そして我が次男であるリギルは、わたしの指示でそなたと別れるに至ったが……。まだ気持ちはそなたにあると言う。ならば許そう。この度、王族を離れ、男爵を賜り、北部国境沿いの領地へ赴任することになったこのリギルと婚姻することを。王命を以てして、二人を結婚させる。リギルとの間で起きている裁判は、やめるので構わん。以上だ。リギルよ、好いた女と添い遂げるがいい」
◇
「終わりましたよ、アンブローズ公爵令嬢」
エリダヌスにそう言われた私は、まるで舞台を観劇した後のような感動に包まれている。
なんとか私を陥れようとする、追い詰められたヒロイン、ラーン。
何度となく私に手を出すラーンが、二度と悪さをできないよう、エリダヌスは一計を案じた。それが目の前で繰り広げられた、ラーンの本音を聞き出し、それを国王陛下に直接聞かせる作戦だった。
まずは専属侍女に近づき、彼女がよく利用するカフェで仮面舞踏会のことを大声で話す。ラーンはいわゆるパリピ(パーティー・ピープル)な人間だった。社交のハイシーズンにおいて、連日裁判の対応に追われ、ストレスは相当溜まっているはず。仮面舞踏会の話を聞いた専属侍女は、必ずやその件をラーンに話すに違いないと確信した上での計画だ。
ラーンが仮面舞踏会に向かうか。
当日、様子を見張る。来る前提で、エリダヌスは私とマルシクと共に、仮面舞踏会の会場となる庭園で待機。エスコートする者はいないはずだから、エリダヌスが声をかけ、応じたら後は心を許させる状況を作り上げる。ここはエリダヌスの話術と自身の魅力を最大限生かすことになるが、そこは……きっと問題ない。
あとは事前に国王に話をつけておき、ラーンが来場した時点で、例の天幕への移動をお願いする。ラーンとエリダヌスがダンスをしている間に天幕へ移動してもらい、二人が天幕へ来たら、こっそり裏から天幕の中へ入ってもらう。そしてその会話を聞いてもらい、後は国王に好きなように動いてもらう……。
そういう計画だった。
いざ決行のために動き出した時は、上手く行くか、ドキドキの連続だ。
そもそもラーンが仮面舞踏会に乗り気にならないとダメだった。
乗り気になり、仮面舞踏会の会場に現れた時、同伴者がいない方が好ましい。
勿論、エリダヌスであれば、その魅力で同伴者から引き離すことは……できるだろう。
でも天幕にもその男性が同席するかもしれないし、邪魔になることは確実。
その際は……私も動くことになっていた。
エリダヌスがラーンのエスコート始めたら、ラーンが同行していた男性に私が声を掛け、引き離すと。
これはあり得ないとは思うが、ラーンがエリダヌスに声を掛けられても相手にしなかったら。ダンスに応じても、天幕で話すことを拒否したら……?
いろいろ考えてしまったものの。
蓋を開けたら完璧だった。
エリダヌスが思い描いた通りで、全てが進行した。
国王は取引通り、リギルを王室から離脱させることを、あの場(天幕)で公言している。明日には国民に向けての発表もあるだろう。そこでは併せてラーンとリギルの婚約も……発表される。
これでもうラーンは、私に手だし出来ないだろう。何せこの国の北部は王都から遠く、そこから人を雇い指示を出すのは……前世と違い、インターネットもスマホもないので、かなり難易度が高い。それにリギルが与えられる爵位は男爵位だが、与えられる領地は元王族とは思えない規模。暗殺者ギルドなんて雇えなければ、贅沢などは無理で、本当に慎ましやかに生きていくしかなくなる。
それではなくてもラーンの実家は、彼女の後始末の賠償金で借金を抱えているのだ。両親からの支援も期待できない。よってラーンは、北部の辺鄙な領地で清貧な生活を送るしかなかった。ヤンデレ気味のリギルに溺愛されながら。
ちなみにあの様子だと、ラーンはすっかりエリダヌスの虜になっている。しかもうっかり国王に聞かれたという状況で、エリダヌスの策に落ちたことにも気付いていない。エリダヌスとの未完の恋を抱え、好きでもないリギルから溺愛されるのは……本人にとっては生き地獄になるだろう。
「これで憂いも晴れたでしょう。リギルはラーンを連れ、この仮面舞踏会の会場から去りました。そして舞踏会はまだ始まったばかりです。ダンスでも、いかがですか?」
「そうですね。なんだかまだ、実感がないです。これでもう全て終わったのでしょうか」


















