【番外編】願い事~バカンスシーズン(17)~
「ルジマール子爵令嬢が白状しましたよ。自身の婚約者であるドミナント男爵令息と、メリディアナ、君を害そうとしたと」
改めてエリダヌスの口からそう言われると、ドキッとする。
ルジマール子爵令嬢は、前世持ちの私と違い、この世界にいる貴族令嬢に過ぎない。
しとやかに育つよう、淑女であるよう、言われていたはずなのだ。
それなのに婚約者と私を手に掛けようとしていたなんて。
とんでもないサイコパスだ。
「幸か不幸か、昔からわたしには熱烈なメッセージを送ってくる令嬢がいたのですよ。いわゆる熱狂的なファンというものがつきやすくて……。でもそのファンも静観が基本です。手紙や贈り物をしても、本人がわたしに積極的に接近することはほぼない。ただ剣術大会の後からです。同じ筆跡の相手から、一日に数十枚の手紙が届くようになり、警戒することになりました。これまでの熱狂的なファンとは違い、異質に思えたので」
そんな折、知ることになったドミナント男爵令息とルジマール子爵令嬢の婚約。
マルシクの言っていた通りで、エリダヌスは驚ていた。
「結局、ルジマール子爵令嬢が大量の手紙の贈り主であり、ドミナント男爵令息との婚約も、わたしへ近づくためでした」
一介の令嬢が、騎士団長であるエリダヌスとお近づきになることは難しい。もしエリダヌスが、前世で言うパリピな人間だったのならば。喜んで舞踏会へ参加し、晩餐会に応じていただろう。そうなればルジマール子爵令嬢も、簡単に知り合うことができたはず。でもエリダヌスは、パリピな人間ではない。むしろその真逆とも言える存在。
そこで最短でエリダヌスに近づくには、騎士の婚約者になること――そうルジマール子爵令嬢は考えた。
実際、騎士であるドミナント男爵令息の婚約者として、エリダヌスの前に現れたのだ。よって彼女の戦略は……正しかったことになる。だがしかし。これはスパイ映画ではなく、現実世界での話。エリダヌスに近づくため、ドミナント男爵令息と偽装婚約するなんて、あってはいけない話なのだ。
「ドミナント男爵令息に確認したところ、彼は長年想い続けていた幼なじみと、婚約するつもりでいたそうです。ですが舞踏会で、ルジマール子爵令嬢と偶然知り合うことになった。……わたしは偶然とは思わないですが。なぜならドミナント男爵令息が、飲み物を手に振り返った先に、ルジマール子爵令嬢がいたのです。彼女は彼が持つグラスにぶつかり、ドレスが汚れることになった。そして二人の会話が始まったのですから」
濡れてしまい、汚れたドレスを着替えることになり、ルジマール子爵令嬢は別室へ向かうことになった。申し訳ない気持ちになったドミナント男爵令息は、ルジマール子爵令嬢に付き添ったのだが……。
「廊下で待っていただくのは申し訳ない、部屋の中には衝立があるので、ソファに座り、お待ちください――そう言われたそうです。ドミナント男爵令息は、衝立に背を向け、ソファに腰を落ち着かせることになった。出されたお茶を飲み、ルジマール子爵令嬢が着替えを終えるのを待ったのです。すると急に眠気に襲われ……」
気が付くと、朝であり、ベッドの中。
しかもテールコートやベストを脱いでおり、シャツのボタンもはずれている。ズボンのベルトも外した状態。そして隣で眠るのは、下着姿のルジマール子爵令嬢だった。
「ルジマール子爵令嬢に手を出したつもりはないものの、眠気に襲われて以降の記憶は曖昧。ただ実際に関係を持っていないとは断言できました。さすがに自分の体のことは自身がよく分かるので。ですが重要なのは、そこではないのです。騎士であるドミナント男爵令息が、未婚の令嬢と同じベッドで朝を迎えてしまった。しかも相手は下着姿で、そのような行為はなくても、彼から押し倒されたとなれば……」
「責任を取れと迫ったのですか?」
「逆です」「えっ」
ルジマール子爵令嬢は策士だった。
ここで記憶も曖昧なドミナント男爵令息に「どう責任をとるつもりですか!」と迫ることは、最善ではないと考えた。
「このような形で朝を迎えたのですが、何もなかったのです。お気になさらないでください。むしろこのせいで、ドミナント男爵令息に醜聞が立つと大変です。私のことは気にせず、どうか先にお帰り下さい。このことは私の胸に秘め、誰にも申し上げません」
そうけなげなに伝えたと言うのだ。
こんなことを言われ、騎士であるドミナント男爵令息が「ああ、そうですか。そうしていただけると助かります」とその場を去る……なんてこと、できなかった。この言葉を聞くことで、彼の心は強く責任感を覚えることになる。
ルジマール子爵令嬢からは、求めていない。でもドミナント男爵令息は「一人の騎士として、男として、責任を取りたい」となり、ルジマール子爵令嬢と婚約することになった。
だが男爵家の令息。
相手は子爵令嬢。
ルジマール子爵は婚約を申し出た経緯を知り、大激怒した。
ただ未婚の令嬢が、過ちはなかったとはいえ、男性と一晩過ごしたとなれば、醜聞は避けられない。しかも舞踏会の場から二人が消えた姿は、大勢に見られている。社交界で変な噂になれば、もうおしまいだった。
ゆえに二人の婚約は認められたわけだが……。
始まりが始まりなだけに、ドミナント男爵令息は、ルジマール子爵令嬢に頭が上がらない状態だった。
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