【番外編】願い事~バカンスシーズン(18)~
ドミナント男爵令息は、ルジマール子爵令嬢に頭が上がらない状態で婚約をしていた。
そして今回、サンティア島に行きたいと言い出したのは、ルジマール子爵令嬢だったという。
「わたしが推測するに、ルジマール子爵令嬢は人を雇い、報告させていたようです。定刻で騎士団本部を出た後、何をしているのか。休日に何をしているのか。休暇はどのように過ごしているのかを」
ルジマール子爵令嬢は前世で言う、推し活をしているのかと思った。
だが違ったようだ。
手紙といい、人を雇ってまでエリダヌスの行動を掴もうとする。つまりは完全なるストーカーだったのだ、ルジマール子爵令嬢は。
「サンティア島にいつ行くかは調べがつくでしょうが、さすがに泊まる部屋までは、突き止められない。それでも豪華客船という行動範囲が狭められる場所にいるなら、わたしとメリディアナが何をするのか。ルジマール子爵令嬢は冷静に分析した。そして演奏会やオペラに顔を出すのではないかと考えた。あとはスタッフをうまく騙すだけです。ドミナント男爵令息は騎士ですし、わたしの部下。そこを利用し、船内のスタッフからいろいろ情報を聞き出したのです」
三度の偶然の出会い。それはまさに作為的に生み出されたものだった。
「豪華客船の一泊二日の旅。ルジマール子爵令嬢は、チャンスと考えたようです。それはわたしに近づきつつ、邪魔を排除するのに最適であると」
「それはつまり……ペットのフェレットがいなくなった……それは偽装工作で、探す名目で船内を歩き回り、最終的にドミナント男爵令息を……」
「その通りです。ドミナント男爵令息は、泳ぎの訓練を受けていますが、それでも夜の海に飛び込むのは危険です。海の男と言われる漁師や船員でも、夜の海には入りたがりません。わたしが話したような危険要素が多いからです。その海に、ペットを助ける名目で飛び込ませる。しかも船とフェレットの間に、どんどん距離ができてしまうからと、浮き輪や救命胴衣を装備する間もなく、海へ向かわせるとは。とんでもない悪女です」
エリダヌスの言葉に、私は背筋が寒くなる。
てっきりあの時、彼女はペットが海に落ちたと知り、動転していると思ったのだ。
早く助けに行くようにと、ドミナント男爵令息をけしかけ……。
これだけでも十分に恐怖を感じている。でもそこに拍車をかけることを、エリダヌスが言い出した。
「目の前で、丸腰で海に飛び込む人物がいたら、何か行動を起こしますよね。メリディアナは浮き輪を海に投げ入れようとしたわけです」
その通りだった。せめて浮き輪があればと思っての行動だった。
「ルジマール子爵令嬢は、そこはお見通しだった。浮き輪を投げ入れるメリディアナを、突き落とそうとしたのです」
「あの時、いくら勢いをつけたとはいえ、自分が落ちる程、身を乗り出していたのかと言うと……。そこまでのつもりはありませんでした。何か背中を押されたように感じたのですが……」
「押したんですよ、ルジマール子爵令嬢が。彼女から全てを聞き出したわけではないですが、何をしようとしたかの想像はつきます」
きっぱり断念され、悪寒が走る。
夏だというのに。
しかも浴室は温かな湯気が漂っているのに。
とんでもない寒気を覚えていた。
「婚約者であるドミナント男爵令息は、ペットを助けるため、無我夢中で夜の海に飛び込んだ。救命胴衣も身に付けず、浮き輪も持たずに。それを見た心優しいアンブローズ公爵令嬢は、浮き輪を投げ入れようとした。だが勢いあまり、海に落ちてしまう。公爵令嬢を助けようとして、ドミナント男爵令息は……。夜の海で二人の命が儚く散ることになった──そんな作り話を、生き残ったルジマール子爵令嬢は、するつもりだったのでしょう」
ドレスなんて着て海に落ちたら、まずパニックだろう。海水を吸い込み、重くなったドレスと共に、暗い海底に沈んでいく恐怖。冷静ではいられない。助けが来たら、暴れてすがりつく。
そうなったら救助どころではない。
いくら泳ぎの訓練を受けた騎士でも、死に物狂いの人間相手に、その本領は発揮できない。
二人して海に沈む……。
まさにそうなると思った。
エリダヌスがあの時、助けてくれたから事なきを得たが……。
「もしもを考える必要はないですよ、メリディアナ。君は助かったのですから。このわたしがしっかり、その体を抱き止めた。君はちゃんと生きています」
今すぐエリダヌスに抱きつきたくなっていた。
でもそれは無理なので、そこは諦め、確認の意味を込め、エリダヌスに尋ねる。
「ルジマール子爵令嬢は、ドミナント男爵令息と私を消し、その後は……」
「自身も婚約者を亡くした。わたしも婚約者を失った。同じ悲しみを抱える者同士、仲良くしましょうとでも考えていたのでしょうが……。甘く見られたものです」
エリダヌスが盛大なため息をつく。
「最愛の命を奪った犯人をあげずして、悲しむ暇などないと言うのに。まあ、仲良くするフリをして、ひとおもいに葬るという手もありますが。手間が省けますし」
つまり法の裁きを経ず、彼の特権を生かし、ルジマール子爵令嬢を抹殺するということね。
結局、彼女のドス黒い計画は、成功しても失敗しても、不幸しか生み出さなかったのだろう。
「ではわたしは出ますよ」
ザバッという音に私は慌て、エリダヌスは楽しそうにクスクスと笑った。


















