【番外編】願い事~バカンスシーズン(15)~
目の前で起きていることが、なんだか陳腐な三文芝居に思えていた。
まずエリダヌスがサメに襲われ、命を落としたと、決まったわけではない。
獰猛なサメがいて、腹を空かしているというのなら、先に海に落ちたドミナント男爵令息が食べられているはず。彼が無事で、エリダヌスだけが食べられるとは、考えにくい。それにエリダヌスは、どこも怪我をしていないと思うのだ。血の匂いにひかれて……もないはず。
それなのにエリダヌスは儚いことになったと言い切り、海に飛び込み、後を追おうするなんて……。
恋愛した上で婚約しているのに、その婚約者を捨て、エリダヌスを選んだこと。
私の存在を完全に無視し、勝手に言いたい放題しているところ。
完全に悲劇のヒロイン気取りで行動するルジマール子爵令嬢を、止める気にもならない。
それはこの場にいた全員が同じようで、皆、ぽかんとしている。
手すりから身を乗り出し、今まさにルジマール子爵令嬢は、海へ飛び込もうとしていた。
だが、誰も止めない。
これには本人が、一番驚いている。
「な……スカル、なぜ止めないのよ!」
「当然でしょう。君の本心を知ったからですよ」
髪はまだ濡れていた。だから首にタオルをかけている。
でも船員が着ているような、白のだぼっとしたチュニック、そして濃紺のズボンをはき、素足でデッキの方に歩いて来るのは……。
エリダヌスだ!
心臓がドキドキしている。
一体どういうことなのか。
でもともかく無事であると分かったのだ。
今すぐ抱きつきたくなっていた。
だがそれを我慢し、エリダヌスを見る。
「海の藻屑になりたければ、勝手になってください。君を助けるために、飛び込むつもりはありませんから」
キッパリそう言うと、エリダヌスはドミナント男爵令息の隣に立った。
ルジマール子爵令嬢は、無事なエリダヌスを見ると、手すりを離れ、駆け寄ろうとした。
だが……。
「王立騎士団ルミナスの団長、エリダヌス・ロイド・ウェリントンの名に置いて、特別権限を行使します。彼女を捕らえてください。自身の婚約者と、私の婚約者への殺人未遂容疑。それがその逮捕の名目です」
エリダヌスが凛とした声で告げると、ルジマール子爵令嬢は駆け寄るのを止め、驚愕の表情に変わる。
「とんだ悪女と婚約してしまいましたね。でも安心していいですよ。彼女は自ら婚約破棄を、宣告したのです。君は自由の身。これだけの証人がいるのですから、なかったことにはできません」
ドミナント男爵令息の肩に手を置き、エリダヌスは氷のような冷たい眼差しで、ルジマール子爵令嬢を一瞥した。
◇
一体全体何がどうなっているのか。
部屋に戻り、エリダヌスから話を聞けたのは、日付をまたぐ直前だった。
船長ほか関係者に何が起きたのか、説明する必要がある。ゆえにエリダヌスはあの後、部屋にはすぐ戻らず、船長たちと会議室へ向かった。
一方の私はマルシクと共に部屋へ戻り、寝るための準備を進めることになる。
つまり着替えをしたり、入浴をしたり、だ。
結局、花火は打ち上がっていたが、ろくに見ることなく、音をなんとなく聞いているだけで終わっていた。だが打ち上げは無事完了している。船は予定より遅れながらも、サンティア島を目指し、航行を続けていた。
ドミナント男爵令息は自室に戻り、ルジマール子爵令嬢は連行され、別室で尋問されている。
「マルシク、あなたは一体何が起きたのか、少しは分かっているのかしら?」
入浴を終えた私は、寝間着ではなく、ペールブルーのワンピースに着替え、マルシクを部屋に呼んだ。そして紅茶を飲みながら、エリダヌスが戻るまでの話し相手になってもらった。
本当はマルシクには休んでもらおうと思っていた。
なぜならマルシクの頬は、ルジマール子爵令嬢に平手打ちされ、腫れていたからだ。
そう。
「パンッ」と音がした時。
ルジマール子爵令嬢は、マルシクに手をあげていたのだ。
一瞬の出来事で、何が起きたのか分からなかった。認識した瞬間、暴走するルジマール子爵令嬢が海に身投げしようとするし、そこにエリダヌスも登場。マルシクに手をあげたルジマール子爵令嬢に、文句の一つを言うこともできない。というか私としては、ルジマール子爵令嬢を平手打ちしたい気持ちでいっぱいだった。
だってマルシクは自身の立場を鑑みたら、ルジマール子爵令嬢にやり返すなんて、無理なことだった。それにそもそもマルシクは騎士であり、女子供に手をあげるなんて絶対にしない。
だったらマルシクの主である私が、売られた喧嘩は買うしかない……なんて鼻息荒くなっていた。でも連行されてしまったので、それもできず。というか実行に移そうとしたら、マルシクは勿論、エリダヌスにも止められていただろう。
でも、悔しかった。
マルシクの素敵な顔が腫れていることが、可哀そうでならない。そこで今日はもう休んでいいと伝えたが「いろいろあったので、自分自身、興奮して休めそうにありません。よろしかったらお嬢様の話し相手になります。先程の件、いろいろ気になっていますよね?」と言ってくれたのだ。
そこで船上では貴重である氷嚢を、スタッフに頼み、手に入れた。その氷嚢で頬を冷やしてもらいながら、マルシクと話すことにしたのだ。
そして私が、マルシクは何か知っている件があるのかと尋ねたところ――。
「全容はウェリントン様にお聞きしないと分かりません。でも部分的に聞いたことから、推測はできます」
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【併読されている読者様へ】
『私の白い結婚』
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兄貴に幸せの兆し!?良かったらお楽しみくださいませ!


















