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いつかの恋を待ってる  作者: かようこ
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その花が咲く季節は、もうすぐ

 通りすがりのピアノの奏で。この時間はレッスン中か。


 鉄格子の前で、少し歩みが遅くなった私は翔との距離が広がった。

「どうしたの、早かった?」

 振り返った翔が足を止めて、私を見る。

「ううん、ごめんね。ピアノの音、聴こえるでしょう。ここ、ピアノ教室してるから」

 鉄格子の向こうを指さすと、あのひとのシルエット。顔が少し、ほころぶ。


「それ、聞いたことあるね」


 思いもよらない翔の低い声に、はっと、見上げると彼は私の視線からそらすそうに、顔を横向けた。

 急にわけもなく、わかりやすく機嫌が悪くなって、戸惑う。


「そう言えば、聞いてなかった。そのひと、どの程度の知り合い?」

 低い声のまま、早口で言うから、責められてるようで、思わずうつむく。

「少し話す、程度よ。会えば」

「へー。いつ、知り合ったの」

「え、と、結構、経つな。一年前の冬の終わり、か」

「どうして、知り合ったの」


 ちらっと、庭を見る。

 バラもラベンダーもちゃんと剪定されていて、咲く季節までの準備ができている。


「バラの、剪定を、ね。で、ほら、アーモンドの木のお庭がここ」

「あ? あれか。じゃあ、あのー……」

 口を一文字にして、眉を寄せ、むっと顔をしかめた。

 モニタ越しの、あのときみたいに、不機嫌になったのがわかる。


 だから、言い出しにくかったんだ。


「朝陽さん、あら?」


 鉄格子の向こうのお庭から、覚えのある声が聞える。

 ほっと、体から緊張が抜けた。


「相田さん」


 彼女は私と翔を交互に見て、ふふっと、口元を押さえて、笑った。

「あら、彼氏? カッコいいじゃない」

「いえ、弟です。翔っていいます。相田さん、隣の部屋の人よ」

 翔は、ぺこんと頭を下げて、

「朝陽がお世話になってます」

 相田さんも合わせて、お辞儀をして、

「相田と申します」


 デニムのパンツにフリースのパーカ姿の彼女、園芸用の手袋もしてる。

「お庭のお世話ですか」

 彼女はうなずいてから、小首をかしげて、微笑んだ。

 そして、頭の上に置いていたメガネを下ろす。


「ね、朝陽さん、私、この庭に百合を咲かせるわよ」


 瀬戸さんかおばあさん、どちらからか話しを聞いたんだろうか。

 このお庭に、相応しい花言葉の花を相田さんが咲かせるんだ。


「実は、百合も好きなの。あの、すっきりとした佇まい、花も葉も、ね」


 了解、と言うように、私は大きく一回、首を縦に下ろした。

 訳がわからない翔は、相田さんと私を交互に見る。


 お母さんには話した、秘めた恋の話は、翔に話してなかったな。


 彼女は、顎まで下げてあったたマスクを鼻まで上げて、手を振りながら庭に戻っていった。


 それが一番、いい。


 愛しいひとの姿がなくなったから、せめて想いを寄せるものは、あったほうがいい。


 この庭で、ためらって、触れられなかった花たち。


 でも、相田さんが、ためらいなく触れ、咲かせる。


 この季節が変わる頃、咲くのが楽しみ、だね。

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