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物事には、勝利条件と言うものが存在する、と俺は思う。
囲碁や将棋、チェスなんてものはその代表だろうし、あらゆるゲームや、例えば学校のテストなんてものもそうだ。しかし、これらは意外にも一律で無いことを知っているだろうか。もちろん、こんなことを言えば、当然こう返されるだろう。囲碁なら相手よりも多くの地を得ればいい。将棋やチェスなら相手の王、キングを取ればいい。格闘ゲームなら相手のHPをゼロにすればいい。レースゲームなら相手より早くゴールすればいい。テストなら、相手よりも多くの点を取ればいい。
なるほど、その通りだ。だが、その勝利条件とは、どう言った理由に起因するものだろうか。ゲームとしての性質上、当然、勝つことは目指すべき先となる。しかし、考えてみてほしい。世の中には、指導碁――相手よりも格上の棋士が相手の囲碁の実力を発展させるべく勝敗に関係なく碁を打つように、将棋やチェスにもこれに順ずるものは存在するだろうし、格闘ゲーム、レースゲームにせよ必ずしも相手に勝利することが目標にはなり得ない。テストなどであれば、それはより顕著だろう。ある者は百点を目指す一方で、ある者は赤点回避を狙う。これら総じて、勝利条件と言うものは、状況や展開、個々の思想、目的に応じて大きく変わり、それを指針とするのが人の行動だ。ゆえに人の行動を読み、その行き先を決めるとき、これら勝利条件を相手の立場で捉えることは、非常に有効な手となり得る。そして同時に、これらを定めてやることもまた、相手の行動を一定の方向性へ導くように誘導することも出来る。
リーシャが俺の下へ訪れたとき、俺は思った。彼女を助ける――その勝利条件とは何か、と。もちろん、彼女の望みをそのまま勝利条件と据えることも出来る。言われるまま、それを目標に掲げ、助ければいい。だが、ならばその定義は何だ。何を以って彼女を助けたとする。人を助ける場合、大抵はその人に降りかかる不幸、あるいはそれに相当する存在を打ち倒すことが目的となるが、はっきり言おう。であれば、俺にリーシャを助けることは出来ない。リーシャを追いかけているのは、ルプスではない。その後ろにいる存在、天上寺と呼ばれる巨大な企業グループであり、その権力の傘下全体だ。そんな大企業グループを相手取った場合、打ち倒すとはどう定義する。天上寺グループを根底から解体するか? 笑い話だ。一高校生に出来ることではないし、出来たとしてどれだけの迷惑を日本経済全体にかけるだろうか。リーシャのために多くの人間が不幸になる。それを今さら気にかける俺ではないが、今回の事態とはまるで無関係な人間を強引に巻き込み、自身も知らないところで彼ら彼女らを不幸のどん底に叩き落すつもりは、生憎俺には無い。リーシャが大事じゃないのか、優先すべきは彼女だろ、などと大声を出す者がいるのなら、俺はこう言いたい。ならば、その無関係な人間に対してどう責任を取る。後で謝ればいい? ガキ、いや、愚図の理屈だ。謝って物事が好転するならいくらでも謝ろう。土下座は俺の得意技だ。だが、そんなことはあり得ない。一度起こした事態は覆らず、傷ついた人間は、その傷を負い続ける。俺はそれを、痛いほどに知っている。
だから俺は、端から天上寺グループなど相手にせず、ルプスにだけ方向性を絞って行動を開始した。雄輝に話を聞いた段階でルプスの情報を得ていた俺は、その最終勝利条件を探知能力のクラティア、セリアの打破に限定し、彼女を引きずり出すことを第一に考えた。そのためにわざわざ二対二に確実に持ち込めるあの狭い家での篭城を選び、椿に逐一周囲の魔力を探知させながら、相手の襲撃に備えたのだ。その結果としてまず、二人の男を圧倒することに成功した。恋やカティさんが俺の家に来てくれたことは、俺たちに有利に働いたことも確かだ。思えば、何故俺は彼女たちを頼ると言う選択肢を最初に取らなかったのだろうか。いや、分かっている。今回の事態は、下手をすれば後々にまで尾を引くこととなりかねない。そんなことに大切な友人を巻き込むことを恐れたのだろう。しかし、快い彼女らはリーシャのために身を投げ打ち、その結果として事はより楽に進めることが出来た。その過程で恋が九鬼神功なるクラティアの凶行に倒れたことは痛ましい限りだが、椿が言うには何とか一命は取り留めたらしい。俺は、後であの友人に謝罪と感謝を述べねばならない。
恋とカティさん、この二人の功績は大きい。おかげで当初の目標だったルプスのメンバーを四人以下に減らす目的は成功し、俺は勝利条件を定めた段階から考えていたこの策を打つことが出来た。天上寺テーマパークの広大な地形を利用した大捕物。そのために雄輝には、この場所を事前に無人へと変えてもらい、襲撃された時点でここを最終目標地点として定め、そのために行動していたのだ。その過程でアルを車から降ろし、一旦この場所へ向かわせたのも、敵の思考の中からある可能性を極力排除するためであり、アルはよく働いてくれた。俺の指示に従って小さな身体でこの場所へ辿り着き、雄輝の持つ権限で監視システムのモニタールームに入ると、そのシステムを作動し、俺たちを追って現れたルプスの動きを明確に報告してくれた。その報告の如何で俺は行動を変えるつもりだったが、ルプスは当初の予定通り、二人一組に別れ、セリアだけは車内で待機することとなった。この時点で俺の第一段階、敵の分断は成功したと言っていい。敵はあからまさな罠となるリーシャを追い、セリアを一人にした。
では、何故、セリアを一人にしたのか。彼女を失えば、ルプスはリーシャを追えなくなる。にもかかわらず、セリアに護衛をつけなかったのは、単純な勝利条件の違いに起因する。セリアを失うことと、リーシャを捕まえられないことは同義ではないからだ。もっと言ってしまえば、この任務中にセリアが死んだとして、ルプスはリーシャを捕まえられればそれで良いのである。優先すべきはリーシャであり、その彼女がわざわざ一人でいてくれるのだ。仮にそれが罠の可能性であったとしても、ルプスはそこへ行く。仮にセリアを狙われていたとしても、それは同じだ。やはり、ルプスは優先目標であるリーシャへ向かうだろう。
ここにあるのは、まさしく競争だ。どっちが先に目標を捕らえるか。俺たちはセリアを、ルプスはリーシャを、それぞれ追いかけ、追いついた者が勝利する。そのためにここまでの展開を用意し、準備していた。
なのに――だというのに。
「リ……アム」
地に倒れたセリアが、その名前を呼ぶ。
「リアム……ガルシア……ッ!」
セリアを助けるように、突如としてカティさんと彼女の間に割り込み、一瞬にしてカティさんを弾き飛ばしたのは、ここにいるはずのない男だった。
鳥の子色の髪が風に任せて揺れ、淡い碧眼が宝石のような輝きを見せる。整った顔立ちは、その柔和な表情と相まって美少年と呼ぶに相応しいものがありながら、カティさんに対抗したその力は、荒々しいと呼ぶほか無い。身長はそれほど高いようには見られないが、背筋を伸ばし胸を張ったその外国人特有の堂々とした振る舞いは、彼を大きく見せていた。年齢は、十代後半、俺よりも一つか二つ上と言った程度。目の前で片膝をつくセリアと同じくらいであり、それが俺をさらに驚愕させる。
こいつが、リアム・ガルシア。ルプスの、狼たちの頭領。彼ら四肢の狼爪を束ねる男。
リアムは、地面に疲弊して座るセリアをしばらく見つめ、次いで距離の離れた俺を一瞥し、それから体勢を立て直すカティさんに目を向け、何とも気楽な調子で言う。
「やあ、初めまして。僕はリアム。君たちは、柊零余と……えっと」
「…………カティ、よ」
そのふざけた調子にしばし沈黙しながら、持ち前の常識人的思考がそうさせるのか、カティさんはわざわざ名乗りを上げていた。知らないなら知らないで通させればいいと思うのだが、いや、今はそれはどうでもいいか。どうせ今回のことが終われば、カティさんのことは知られてしまうだろう。そんなことよりも今、問題視すべきは、この男だ。セリアを守るように常軌を逸した速度でこの戦場に割り込み、かと思えば唐突に挨拶してきたこの優男。この男は、何故ここにいる。
「カティ、か。良いね、愛らしい名前だ。しかし……見る限り、君では無さそうだね」
カティさんの様子を見つめ、リアムはそんな言葉を口にする。その意味が理解できずにカティさんが眉を顰める間に、リアムはまたも俺の方を向いた。そのエメラルドの瞳が俺を射抜き、何かを確かめるように視線を上下させる頃になって、ようやく彼は口を開く。その瞳はすぅっと細まり、口元には微かな笑みが浮かんだ。
「やはり、君みたいだね。リーシャが縋った王子様は」
「……王子様とは光栄だな。高く持ち上げられすぎて地面に叩き落されるのが今から怖いくらいだよ」
そんな軽口を叩きながら、頬を冷や汗が伝うのを感じる。あと少しだったのだ。あと一撃、カティさんの攻撃がセリアに届いていれば、彼女は気を失い、タペータムも効力を失った。この段階で即座に俺がリーシャと雄輝に連絡を入れた後、二人は国外逃亡のための船舶の並ぶ港町に迅速に移動し、俺たちは追跡部隊となり得るだろうリアムとヴァンを極力足止めすることとなっていたのだ。最悪、その命をかけてでも。そこからは、まさに時間との戦いだ。俺たちはセリアを確保しつつ、二人を足止めし、リーシャが逃げる時間を稼ぐ。ゆえにあの時、あの場所、あの別れこそが最後だったのだ。友と言ってくれたリーシャに力を貰い、彼女をみすみす危険に曝してまで俺はここに来た。確実にセリアを討つために――なのに、リアムはここにいる。途中でリーシャではなく、セリアを助けるためにここに来た。
完全に俺の失態だ。こいつらの仲間意識を甘く見ていた。優先すべき目標よりも、仲間を守るためにここに来るような奴らだと思っていなかった。
零余とリアムがようやく相見えました。




