③
その威容に緊張する雄輝に対し、ヴァンは、手にした巨大な棍の先に牙のような突起状の物が柄頭を覆うように造られた『狼牙棒』とも呼ばれる武器を携え、眼前に立つ少年を観察する。
(見たとこ十五、六……ちっ、学生ってのはやり辛いな、全く。リアムやセリアと年齢が近いってのはちょっとな)
そんなことを思いながら、ヴァンは言っても無駄だと少しばかり諦めた心地のまま、雄輝に語りかける。
「おい、そこの! 大人しく眠っとくってんなら命までは奪わない。ちっとばかし睡眠剤で寝てもらうだけだ。どうする?」
その言葉に、雄輝は驚いたように目を見開き、それから納得したように息を吐き出すと、わずかに震えていたその身体がぴたりと止まった。それを訝りながらも、答えを返さない雄輝にヴァンは再び問いかける。戦うか、否か。
「聞いてんのか! そこの――」
「聞いているよ。にしても、ずいぶんと奇妙じゃないか。何の予告も無しにこれほどの奇襲をかけておいて、今さら命を奪わないは少しおかしくないか?」
雄輝の当然の物言いにヴァンは少し頭をかき、それから少しだけ目を逸らす。その開かれた口から出てきたのは、雄輝の予想に反して素直な謝罪の言葉だった。
「ったく、ああ、悪かったよ! お前、どうせその下にあるモニタールームにいたんだろ? リアムが言ってたぜ。敵の作戦を考えた上で、監視システムが必要になるってな」
「リアム……」
ヴァンの口から飛び出た言葉を反芻し、雄輝は慌てて彼の続きの言葉から状況を推察する。それは、考えられる限り最悪の事態だ。つまり、ルプスの隊長、リアム・ガルシアは、零余の取り得る作戦を読んだ上でこの監視システムの存在を察知し、ヴァンを送り込んだ。事前にリアムがそれら、天上寺テーマパークの内部構造を知り得ていたとは思えない。おそらく、零余の作戦から想定される事実と、手駒の配置図から見破ったのだろう。リアムたちを分断するべく使っていた魔力を放出する術具が、そのままリアムたちに重要拠点の一つを教えることとなった。
(くっ……あの術具は、零余の作戦遂行を見越した時点でリーシャと合流するのに必要だったとはいえ、結果的に僕の位置を知らしめることとなったわけか)
そして今、その術具も瓦礫の中に呑まれ、見えなくなった。リーシャの心の声を聞かないようにするために身から離した結果とは言え、とんだ失態だ。しかし、もはやそう言う状況ではなくなったとも言える。目の前には、ヴァンがいるのだ。他の誰かの安全よりも先に、雄輝は身の安全を考える必要がある。
「もう一度聞くぞ。大人しく投降するか、俺にぶっ潰されるか。決めろ」
威嚇するように自身の持つ狼牙棒――シュトラーフェを揺らしながら、ヴァンは再度の問いを発する。それを受け、雄輝の答えは決まっていた。
膝を崩すように地面に倒れると見せかけ、低い姿勢から一気に地を蹴り、雄輝はヴァンへと迫る。同時に彼は、自身のシュトラーフェを顕現した。
「カードゲームはお好きかな? ――ハンスヴルスト」
「交渉決裂か……っ」
突如、現れたそれにヴァンは反射的に距離を取った。自身へと迫る雄輝を中心に円を描くように無数のカードが出現したのだ。そのどれも、何の絵柄も無い白地のトランプ程度の大きさのカードが周囲を漂い、ゆらゆらと揺れている。
咄嗟にヴァンによって距離を取られた為に奇襲に失敗した雄輝は、追撃の手を止め、遊ぶようにカードの一枚を手に取る。すると、その何も描かれていない部分にぼうっと絵柄が浮かび上がった。それは、ダイヤの『Ⅶ』。四角形を傾けた記号が堂々と書かれたそれを掲げ、雄輝が笑む。
「中々に良い引きだ。さて、君も引きなよ、ヴァン」
「……トランプ、だと? あいにく、わけの分からないシュトラーフェに真っ向から突っ込む趣味は無くてよ。俺のデュークロウでちまちまやらせてもらうぜ?」
「そうかい? まぁ、引かないなら良いさ。ただ――」
瞬間、雄輝の姿がヴァンの視界から消えた。いや、違う。消えたと思えるほどに速く、雄輝がヴァンの懐まで一息で飛び込んだのだ。それに遅れ、ヴァンの耳元に地を蹴ったものとは思えないほど大きな音が響き渡る。
「――僕が一方的に強化されるわけだけど、それでいいのかな?」
その一撃をヴァンが防ぐことが出来たのは、ほとんど運が良かったと言っていい。咄嗟に振るったデュークロウの柄に雄輝の拳が激突し、吹き飛ばされるように後ろに飛んだのだ。そのまま地面に着地しながら、ヴァンは思考する。先の異様な速度と雄輝の言葉の意味、そして知らずのうちに自分の周囲にも漂いだしたトランプカードの正体を。
半ば冴え渡る戦闘勘がそうさせたのか、ヴァンは躊躇無くすぐ隣のカードを一枚、手に取っていた。それは即座に反応し、絵柄を浮かび上がらせる。クラブの『Ⅶ』と書かれたそれを横目で確認し、同時に自身の力が不思議と漲っていくのを感じる。その心地良さを味わいながら、彼はその能力にある仮説を立てた。
「カードの数字によって力が上昇する、ってことか?」
またも雄輝が迫るが、先のようにまるで姿が見えなくなることはない。ヴァンの強化された動体視力は、雄輝の動きを確かに捉えている。振るわれた拳の一撃をデュークロウによって牽制することで防ぎ、雄輝が一歩引いて距離を取ろうとしたところでさらに踏み込んで逆に懐に潜り込み、流すように持ったデュークロウの柄の尻を腹部に叩き込む。
「ぐっ……!」
その重たい一撃に雄輝がたたらを踏んだところで、ヴァンは振り上げたデュークロウの一撃を叩き込んだ。しかしその寸前、雄輝が横に広がるカードの一群に手を伸ばし、それを掴む。浮かび上がったのは、スペードの『Ⅲ』。
雄輝がそのカードを掴んだ瞬間、ヴァンの強烈な一撃が雄輝に叩き込まれる。だが、それを彼は、あろうことか牙のような突起物の付いた武器の先端部を空いた手で掴み取っていた。その手からは、ほんの少しだけ血が流れているが、大怪我をした様子もない。生身であの速度で振るわれたデュークロウの先端部を掴んだにしては、それは異常なほどに軽傷と言えた。
「スペードか。数字は小さいが、良いカードだ。君のクラブと相性が良い。それに先のカードと合わせて数はⅩ。これだけの差であれば、何とか君との実力差も補える」
握り締めたデュークロウを脇にずらし、雄輝は語る。その身体からは、先よりもさらに高まった魔力が流れ出ており、それによって強化された身体能力で以ってデュークロウの一撃を防いだのだ。しかし、とヴァンは思う。何故、あのタイミングになって二枚目のカードを引いたのか。
その仮説を立証しようとヴァンは自身の周囲にあるカードへ手を伸ばそうとしたところで、その横合いから猛然と迫る雄輝によってそれは妨げられた。咄嗟にデュークロウを薙いで応戦するも片手で止められ、握り締めた拳が腹を射抜く。防護服と鍛え上げた筋肉のおかげで何とか耐え切るが、それでも込められた威力にヴァンは驚きを隠せなかった。
(スピード、パワー、どれを取っても明らかに上がってる。カードの効果は二枚で加算され、さらに奴は力を付ける――だが、何故だ?)
さらに追撃で一歩踏み込んでくる雄輝にデュークロウを放って牽制しつつ、両手を組んで姿勢を下げることでガードを固め、振るわれる拳の一撃一撃に耐える。確かにその一発は重たいが、ヴァンの着込んだ防護服は、並のものではない。クラティアによる魔力を込められた一品は、装着者の魔力と反応してその繊維を極端に硬化し、生半可な一撃では物ともしない防御力を誇る。雄輝の強化された拳は確かに脅威だが、急所さえ狙わせなければ耐えることは難しくなかった。
その中で、ヴァンは攻撃だけを続ける雄輝を見やり、結論付ける。
(こいつは、新たなカードを取ろうとしない。カードによる強化は、こいつだけでなく俺にも起こり得る。カードによる強化は、その値に応じて上昇する。なるほど、こいつは俺が引いた直後に二枚目を引いた。そして今、さらなる強化を受けられるにも関わらず、二枚目を引こうとはしない。それは、俺がまだカードを引いていないからだ)
冷静に分析を続け、雄輝が猛攻によって体力を使い、わずかに息を整えた瞬間、ヴァンは防御を解いて雄輝が反応するよりも先にカードを引いた。そこにあるのは、雄輝が引いたものと同じ、スペードの『Ⅲ』。
「ちっ!」
その瞬間、雄輝が舌打ちと共に距離を取った。だが、ヴァンはそれを許さない。カードの取り合いが力の上昇を裏付けるなら、今の雄輝とヴァンの力の差は、同じカードを引いた二枚目はプラスマイナスゼロとなって無視され、それ以前の一枚目の時と同じものになっている。ならば、ヴァンが負ける道理は無い。
「なるほど、面白いシュトラーフェだ! だが、運に頼り過ぎるッ!」
「ぐっ……あぁぁぁぁ!」
カードに手を伸ばした雄輝の右手をデュークロウの先端部で殴打し、舞い散る血飛沫に合わせて雄輝が悲鳴を上げる。それに構わず、ヴァンは雄輝の懐へと飛び込むと、その左手を掴んで強引に二つのカードに触れさせた。その瞬間、カードに浮かび上がったのは、ダイヤの『Ⅱ』と、次いで『-Ⅱ』の文字。
「やっぱりな。相手が引くより先に順番を越えて引いちまえば、ペナルティを受ける。今回はたまたまプラスマイナスゼロってわけか」
「く……っ。実験のために僕をまた強化しようとするなんて、ずいぶんとまぁ、賭けに出たものじゃないか。ペナルティよりも数字が大きかったら、どうするつもりだったんだい?」
ヴァンは、その言葉に揚々と返事を返す。もはや、攻撃を加える必要もなかった。ペナルティは課され、雄輝は最後に一枚引いた状態でキープされた。つまり、先攻後攻が入れ替わったのだ。ここからさらに雄輝がカードを引いても次の強化は得られず、ヴァンがカードを引かなければ、今の上下関係は埋まらない。面白いシュトラーフェ、とヴァンは思うが、運に依り過ぎる力は、それに見放されては脆い。もし、雄輝が、ヴァンに引かされたカードのうち、数字でペナルティ分を上回る数であったならば、おそらくは勝ちの目もあっただろう。だが、こうなってしまえば、もはや結果は明らかだ。
だからこそ、ヴァンはその敗者への手向けとして多少の余興に付き合ってみる。
「その時は俺がまたカードを引けばいい」
「ふふ……出来た実力差を覆すカードが出るとは限らないだろう。例えば、Aなんか引いてしまったら目も当てられない」
言いながら、雄輝は後ろに逃れ、構えを取る。しかし、その荒々しい傷口を持つ右手が痛むのか、顔を苦痛に歪め、そんな己を振り返って笑う。どうにも考えが甘かったと言うしかない。
(やはり……実力差があり過ぎるか……)
自身のシュトラーフェであればもしや、とも思ったが、世の中そう上手くは出来ていない。それにヴァンは、未だそのシュトラーフェの能力すら見せていないのだ。あの人工物の山を壊して見せた長距離狙撃を可能とする大技。至近であるがゆえに叩きつけられなかったとも言えるが、同時にその上で窮地に立たされた己の不甲斐なさが情けなく思えて仕方が無い。
「全く……久々にあって、成長したところを見せようと思ったんだけどな……」
「なに?」
「覚えていないかい?」
雄輝は顔を上げ、それをヴァンにしかと叩きつける。そのまま前髪をオールバックのようにして額を見せれば、そこには小さいながらも目立つ傷が付いていた。
その傷から、ヴァンはある少年の姿を思い出す。一時期だが、自分たちと共に訓練を受けた少年。ヴァンとの実戦訓練の最中にナイフで額を深く切ってしまい、泣き出した彼を必死で謝り宥めた記憶を思い出す。
よく見れば、そこにいる少年は、ヴァンの記憶の中の彼が成長すればこうなるだろうと思わせる容姿をしている。
「お、まえ……ユーキか?」
名を呼ばれ、雄輝は初めて、その表情に友好的な色を乗せる。浮かべた笑顔は、まるで家族にでも向けるかのような、何のわだかまりもないものだった。
「久しぶり、ヴァン」
ルプスのメンバーを再確認です。
リアム、セリア、ヴァン、アレッタ、クロード。
え? 根岸と平川……?
はい、と言うことでルプスのメンバーは上の五人です。クロードは一瞬でやられたんであれですが、ドレッドヘアーの男です。




