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天上寺テーマパークのニューストエリアは、ごつごつとした岩肌の露出した巨大な山岳地帯をイメージし、そこを流れる水の調和を大前提として造られている。自然の猛威と母なる海――水、それらを巧に重ね合わせ、大きな傾斜を利用した大滝を人工的に造り、そこを安全確実なボートで滑り降りることでスリルを味わう。それがこのエリアの醍醐味であり、このテーマパークでも一、二を争う人気を誇るアトラクションだ。同時にその余りに急すぎる傾斜ゆえに落下時のボートの振動と衝撃が激しく、それらが水面と激突することで巻き起こる水の飛沫によって多くのアトラクション参加者が水難に遭うという脅威のアトラクションでもある。このアトラクションを参加した者は、終わった後、二度と乗りたくないと思うと言う。一方で彼らが再びこのテーマパークを訪れたとき、何故かこのアトラクションを思い出し、その惨憺たる結果を知っているにも関わらずまた乗りたくなるとか。辛い物を辛いと分かっていながら食べてしまうのと同じで、不思議な魅力を持った施設なのである。
雄輝が零余たちと分かれて向かった先は、そんな一風変わったアトラクションのあるエリアだった。
見上げた先に広がるのは、このエリア最大の見世物である巨大な山を模した人工物。視線を下げた先には、その山への入り口として大きなゲートが開いており、その左右には威風堂々とした岩の塊を置いてある。どう言う発想を基にそれを置こうと考えたのかは雄輝には見当もつかないが、その岩の存在がこれから彼の踏み込む場所の異様さを際立たせ、知らずごくりと唾を飲み込んでいた。このアトラクションに参加した者たちもこうした緊張と不安を抱え、あの山の山頂部からの急落下するウォータースライダーでその思いを爆発させるのだろう。
その内部へ足を進ませながら、雄輝はこれからの展開について思いを馳せる。零余が立てた作戦では、雄輝もまた一仕事することになる。そのためにも彼の作戦を思い返し、不備が無いかを確認しておこうと思ったのだ。
(まず、僕がこれからすること。それは、確かアルと言ったかな? 零余の隣に寄り添っていたあの子と合流することか)
常に無表情の、綺麗な鴉羽色の髪と琥珀の瞳を持つ幼い少女を思い返し、ふと雄輝は小首を傾げる。はて、あの少女は誰なのだろうか。雄輝がリーシャのことで零余の家を訪れた時はすでにいたはずだが、あの時は慌しかったために深く追求することもなく、雄輝がパトカーで助けに駆けつけた時も同じく追及しなかった。ゆえにそこら辺は宙ぶらりんのままここまで来ているのだが、改めて思い返すと、不可解な少女である。不可解と言えばもう一人。零余、リーシャと一緒に逃げ込んできたカティと言う少女。こちらは、事前に雄輝は情報を得ており、その零余との経緯に至るまですでに大体は知っている。天上寺、その中でも雄輝が独断で動かせる諜報部隊の調査によれば、彼女は未だ王制を敷く小国の名門貴族ブレイズフォード家の生まれであり、二ヶ月前にフォルセティに入学する予定だったが、何らかの事故に巻き込まれて大怪我を負い、二ヶ月かけて治療に専念していたらしい。その後、約一週間と少し前にようやく登校してきたそうだ。零余との交遊は、クラティア・コロッセオの試合以後と聞くが、そこにどんな発展を経て、彼らが仲良くなったかは余り詳細には分かっていない。おそらく、零余の土下座戦法に巻き込まれた一人であることは想像に難くないが、それが巡り巡ってどう転べば仲良くなるのか、雄輝はそれを思い一人笑みを浮かべた。
カティについて分かっていることと言えば、そのことともう一つ、特殊なシュトラーフェを持つと言う事。おそらくは、ハイリヒトゥムに属する一本だと類推されるが、それは定かではない。仮にそうであれば、今回、零余がこの事件において助力を請うたのも分かる。リーシャもそうだが、ハイリヒトゥムの力は絶大だ。それを使いこなせれば、おそらく複数のクラティア程度をものともしない強さを得るだろう。それは、今後の展開次第では明らかになるかもしれない。
しかし、やはり気になるところと言えば、あのアルと呼ばれる少女だ。零余以外とほとんど絡むことの無いあの少女は、一体何者なのだろうか。この天上寺テーマパークへ来る途中、さらに言えば、黒いバンの追跡を避けた直後、一回だけ雄輝が車を止めた時に零余の指示を受け、先にこのテーマパークへと向かい、ある作戦を託されているのだが、その少女の容姿や茫洋とした振る舞いを思えば、いささか不安にもなる。彼女が事前にそれを為すことが第一条件となり、そのために雄輝の携帯もすでに渡しているのだが――そこでふと、雄輝は足を踏み入れたアトラクションに広がる通路の上部にあるそれを見つめ、自身の不安を反省する。どうやら、ちゃんと作動しているようだ。
天上寺テーマパーク――と言うよりは、どんな施設であれ今の日本であれば当然のことと思われるが、監視装置と言うものが存在する。それは入場者ゲートや各アトラクション施設内、それらへ向かう通路の端々にそう間を置かずに設置されているのだが、本来であれば、休業中であり人のいなくなった今のこの場所では、作動していないはずだった。だが、それが今、完全に機能している。それを為したのが誰なのかは、すでに零余の指示によるものであるため、すぐに分かる。
(零余と電話でいくつか話し合っていたけど、ちゃんと監視システムを作動できたのか、あの子。まだ小さいのに出来た子だな)
山肌を思わせるゴツゴツとした壁が四方を囲む薄暗い通路を抜け、その先にあるアトラクション乗り場へのトロッコを模したレール――には乗らず、その隣にある関係者以外立ち入り禁止区画へと足を進ませる。そこにある大きな扉を開き、その先に広がる非常階段のようなそこを下っていくと、それはあった。
そこは、巨大なモニタールームだ。天上寺テーマパークの全ての監視カメラの映像がリアルタイムで数十を越えるディスプレイに表示され、そこに映る映像を流している。それらを管理するための複数のパソコンとテーブルが並び、一様に広がる様は、壮観の一言に尽きる。普段であれば、そこには多くの人間が従事し、映像を見ながら緊急の事態に対処するのだが、現在、そこにいるのは一人の少女だけだった。
鴉羽色の髪を携え、琥珀の瞳を一心に映像へ向け、小さな手で携帯を握り締めた、黒いローブを纏う幼い少女――アル。そのどこか現実離れした光景に目を奪われていると、雄輝の存在に気づいたらしく、アルが振り返り、その感情のこもらない視線を雄輝に送る。しかし、彼女は何も言わない。自ら言葉を発する機能を持たないわけでもないだろうに、その小さな口は何も発せず、ただ雄輝を見ていた。
その姿に見惚れていた雄輝は、慌ててアルの下に駆け寄り、彼女が差し出してきた携帯を受け取る。それが終わると、アルは何も言わずに去っていこうとする。おそらく、零余の下へ戻るつもりなのだろう。その後姿を目で追い、しばし迷った末、雄輝はアルを呼び止めた。
「アル」
名前を呼ばれ、アルが振り返る。やはり、そこに感情の色は見えず、ただ淡々とした冷たいのかそうでないのか分からない視線だけを雄輝に向ける。
「何でしょうか?」
尋ねる声もまた、平淡なものだった。
その声音に圧されながら、雄輝は根本的な問いを送る。気になるのであれば、聞いてしまえばいいと言う発想により、彼は彼女と零余の関係を興味本位で尋ねることにした。
「君は、零余とどう言う関係なんだい?」
その問いに、アルの答えは早かった。きっぱりと、迷いの無い口調でこう答える。
「わたしは、マスターのものです」
その色々な意味にも取れる答えだけを返し、アルは颯爽と去っていく。その姿を見送り、雄輝はしばし固まっていた思考から抜け出すと、顎に指を当てて真剣に考え始めた。
つまり、あれだろうか。
「零余は、ロリコン、と言うことか」
アルの答えを聞く限りでは、それが正答となってしまう。しかし、これは大問題だ。アルは、見た目十歳かそれ以下。身長は百四十センチほど。なるほど、幼くはあるが、少し幼すぎる嫌いがある。零余との年齢差はおよそ五歳で、これだけを見れば年の差カップルとも言えなくはないが、これが成長期にある子供に当てはめればその意味合いはがらりと変わる。高校生と小学生、禁断の恋。
雄輝は手元にある携帯を見つめ、少しだけ考える。自身の友人を警察に通報すべきかどうか。あの無表情を地で行く少女のことだ。零余に無理難題を吹っかけられても文句を言えず、淡々と頷いてしまうのではないだろうか。それどころか、己の価値も知らずにその花を散らせてしまう可能性もある。
(零余の変態的思考を思えば、あり得そうなのが怖いところだ)
何せ、雄輝主導であるとは言え、学内女子スカート丈ランキングを本気で作ろうと画策し、一年生の部門の最後の最後で恋に頼み込んでスカートを履かせようとした変態である。恋にはにべ無く断られていたが、あれを思えば、アルに何か良からぬことを考えてもおかしくない。
そこまで考え、雄輝は今の状況を思い出して馬鹿な考えを捨てると、ポケットからそれを取り出した。それは、黒いボタン状の術具だった。零余からは、最初に魔力を込めた者の思考を、後に魔力を込めた者に届けると言う代物だと聞いている。その機能として、魔力を保存し、その注ぎ込まれた二つの魔力を動力として術具を作動させるのだそうだ。零余は、これを敵を撹乱するために用いると言っていた。
『お兄さん……無茶、しないでくださいね……』
聞こえてきたのは、零余の言っていたとおり、リーシャの声だ。この思考が筒抜けになると言う機能。聞いたときは、リーシャは顔を真っ赤にして渋りを見せていたが、必要なことだと理解して何とか納得していた。しかし、こうして聞いていると、何だか雄輝も申し訳ない気持ちになってしまう。他人の思考――それも誰かを想う強い心情を盗み聞きしてしまうと言うのは、自分が盗聴でもしているかのような気分に襲われる。
そっとその術具に上着を被せ、遠くの方に寄せると、ふぅと息を吐き出して雄輝は椅子を引き、そこに腰を下ろした。長らく慣れない運転を続けていたせいで緊張していたため、こうして余暇時間が出来ると気が抜けてしまう。
ここから、雄輝の出番はほとんど無くなる。いや、全く無いわけではないだろうが、極端に減ると言っていい。この場所に誰も訪れなければ、それはなおさらだ。
「零余の作戦。その第一段階は、敵の分断」
監視カメラに映る映像を見ながら、雄輝は誰とも無くそう呟いた。




