⑧
リーシャたちが天上寺テーマパークの入場ゲートからその中に飛び込んでいく。その後追うように、入場ゲート近辺に一台の白のワゴン車が進入し、その動きを停めた。中にいるのは、彼女らを追うルプスのメンバー、リアム、セリア、ヴァンの三人である。彼らは、互いに頷きあい、セリアの持つパソコンに目を向ける。今、そこには天上寺テーマパークの概略図が並び、そこを進むリーシャを示すマーカーが見えている。急なことだったので詳細な地図を用意できていないことが三人にとってはいささか気になるところではあったが、マーカーは真っ直ぐにこのテーマパークの五つあるエリアの内の一つ、ニュウスエリアに向かっているらしい。地図――と言うよりは案内図に近いそれには、近代的な不可思議模様から生み出される迷路の恐怖体験、と書かれており、その面白さの如何は別として、一先ずリーシャが面倒な場所へ逃げ込もうとしていることだけは分かる。即興でインターネットでダウンロードした程度の概略図では当てにならず、リーシャを探し出すのは困難となるだろう。一方で、それは同時にある事実をリアムに実感させる。
(やっぱり、セリアの力に地図が必要って知ってるみたいだね)
セリアの探知の力は、地図があって初めて効果を発揮する。それがただの紙でも電子機器でも構わず等しく効果を発揮する反面、地図の精度がそのまま能力の精度にもなるのだ。テーマパークが迷路の内容を一般公開しているはずもなく、それを踏まえた上でここに逃げ込もうとしているなら、大した判断力である。
さて、どうしようか、とリアムは思案する。ここからは、敵の出方次第で大きく動き方が変わってくる。リアムの目的はもちろんリーシャだが、そのリーシャのいるだろうニュウスエリアに何の策も持たずに突っ込むのは愚かに過ぎる。ここに導いた時点で敵が何らかの策を打ってくるだろうことは容易に想像できるし、であれば当然、リアムたちも慎重になる必要があった。
ゆえに待つ。リアムの予想では、そろそろセリアの力に対して何かを仕掛けてくるはずだった。こんな広大な場所に呼び込み、わざわざただ迷路に逃げ込んだとは思えない。
「リ、リアム、これ!?」
不意にセリアが大声を上げ、パソコンの画面を指差す。その声に、リアムが素早くそれを覗き込めば、そこには予想を越えた状況が広がっていた。ニュウスエリアに向かっているマーカーが、二つに分かれたのだ。それだけではない。今まで光っていなかった場所ににも光が灯り、都合四つものマーカーの光が瞬いている。一つはニュウスエリア、一つはサウスエリア、一つはニューストエリア、一つはウエストエリアにそれぞれ向かっているようだ。
そのマーカーの動きをじっくりと眺め、リアムは感嘆の声を漏らす。
「すごいなぁ。ある程度の時間、リーシャの魔力を放出し続けられる術具でも持ってたのかな?」
「な、なに暢気なこと言ってるの!? これじゃ、リーシャを追えないよ!」
セリアの焦りに反し、リアムはどこまでも落ち着いてた。そこに映る複数の点の内、最初に見えた点が分裂した二つ、ニュウスエリアとサウスエリアに向かう点を指差し、自身の考えを述べる。
「この二つのどっちか。って言うか、たぶんニュウスエリアの方で間違いないね」
特に迷い無くきっぱりと言い切り、その理由を尋ねるような目を向けるセリアを一旦放置し、リアムは相手の考えを紐解いていく。
今、相手はリアムたちの意表をつく作戦に乗り出し、それで撹乱した――つもりになどはなっていないだろう。彼らは、絶えずリアムたちがリーシャを追いかけていることを認識しているはずだ。その上でこんな行動に乗り出し、あえてリーシャの方へ誘うように餌を垂らす意味。それを考えれば、多少なりとも敵の手の内が読めてくる。
(僕らを誘い出し、隙を突いて叩く、かな?)
リーシャを一人にすることで敵の力をあえて集中させ、そこを背後から叩く。順当に考えれば、こんなところがまぁ妥当だろう。しかし、これはあくまでも一般的に考えた上で立てた場合の作戦だ。こんなもので満足するのは、精々が二流止まりと言える。
リアムは思案する。自分が知らず先を競い合っている何者かは、果たして二流止まりの凡夫か、それとも一流足りうる逸材か。その答えは、今までに見せてきた数々の彼らの行動によって証明されている。であれば、もはやリアムも迷うことはない。
「セリア、事前に言ったとおりに行動する。僕とヴァンは別れて対象の捕獲に出る。君はここで待機だ」
「うん、分かってる。リアム、ヴァン、気をつけて」
「ああ」
「任せろ」
今回ばかりは適当な調子を抑え、真剣な様子で答えるリアムと自信満々に頷くヴァンが去っていくのを見送り、セリアは両手を伸ばして凝り固まった筋肉を解していく。そうしながら目線はパソコンに注がれ、それからセリアは思い出したように右手を振る。その手に羽ペンが現れ、彼女はパソコンの画面にそれを透過させた、羽ペンが吸い込まれるようにパソコンの中へと消えていった瞬間、画面上にさらに二つのマーカーが浮かび上がり、それらが独りでに移動を開始する。一方がリアム、もう一方がヴァンだ。二人は、二手に分かれ、リーシャの捕獲に向かったらしい。
そう、捕獲である。彼らが追いかけるリーシャたちなどは、殺害されるなどと考えていたが、セリアたちの目的はあくまでリーシャの捕獲であり、そのために今まで直接的な攻撃行動は控え、隙を窺ってきたのだ。“時神の裁可”、あんな強力な力を捨てるのは惜しいと言う彼女らの飼い主の意向だ。そんなものはセリアの知ったことではないが、任務である以上は仕方ない。
予想以上の速さで進んでいく二つのマーカーを見やりながら、セリアはふと、先のリアムの様子を思い出して、ぼーっと熱に浮かされたように車内の天井を眺める。その頬は若干赤く染まり、頭の中では、あの整った顔立ちと柔和な微笑が再生されていた。同時にその言葉も音声として流され、脳内に響くその声に身悶える。
その端から見たら一種不気味な様子を、車内であると言う安心感から隠すこともなく披露し、セリアは自分の立場を思い出してハッと意識を取り戻す。知らず別世界にトリップしていたようで、慌ててパソコンに目を移すと、事態はそう大して動いてはいなかった。ただ、リーシャの魔力を示すマーカーのうち、サウスエリアとウエストエリアのものだけが沈黙したように動かなくなっている。そこで足を止めたのだろうか。一方で動き続けているリアムたち以外のマーカーは二つ。こちらは、それぞれ北東のニュウスエリア、北西のニューストエリアに向かっており、リアムがリーシャだと判断したマーカーは、この内のニュウスエリアの方だ。それを確証を以ってリアムが断じてみせた理由を、セリアなりにも考えてみることにする。
まず、最初に思いつく理由としてあるのは、ニュウスエリアとサウスエリアに向かっていくマーカーこそ、常々セリアが追いかけ続けていたリーシャのそれであったと言うこと。そのマーカーは不意に分裂して二つになりはしたものの、大前提としてこちらのどちらか二つにリーシャがいることは間違いないだろう。一方で何の脈絡もなく不可思議にも現れた方は、おそらく気にかける必要も無い。その出現方法も急なものであり、リアムが言うとおり、魔力を保存できる術具か何かを使い、そこに込められた魔力を解放させたと言うのが順当だろう。であれば、その力はそう長くは保たないと予想できる。軽く見積もって、三十分から一時間。もし長時間保つのであれば、リーシャたちは早々にこれを使っていたはずだ。
(でも、これじゃ、ニュウスエリアとサウスエリア、どっちに行ったか判断がつかない)
問題となるのは、ここである。マーカーが分かれるように移動したため、どちらがリーシャを示すものなのかが分からないのだ。
そこでセリアは、ニュウスエリアとサウスエリア、それぞれのテーマを合わせて考えてみることにした。ニュウスエリアのテーマは、不思議な幾何学模様、袋小路に迷い込んだように、人間の錯覚やその他視覚の誤認などを利用した迷路のようなアトラクションが中心となっている。その複雑に入り組んだ地形は、逃げることに最適であるだろうことは間違いない。一方でサウスエリアのテーマは、自然の一言に尽きる。豊かな草木、流れる川のせせらぎ、一本一本が力強く芽吹いた花々を愛で、それらと触れ合いながら心穏やかにそこを周って楽しむ安らぎの一時をテーマとしている。アトラクションとしては今一迫力に欠けるものの、遊び疲れた人たちが休憩のために訪れ、世俗とはかけ離れた雰囲気に心を和ませることを目的としているようだ。
その二つを考慮し、どちらがより逃げることに向いているかを考えれば、ニュウスエリアにリーシャが向かっているのは妥当だと言えた。
(なぁ~んだ、そんなことか。それにしても、相手の作戦立案者も大したこと無いかな。何をしようとしているか知らないけど、リアムお兄ちゃんの方が凄いもの)
リアムお兄ちゃん、とセリアは心の中で口にする。もう直接本人に言うことは無くなったものの、それはセリアが最も初めにリアムと仲良くなった証とも言える呼称だ。あの暗闇ばかりが眼前に広がり続けた時間の中で、リアムは光を携え、セリアの手を取って光の下に導き出してくれた。その時、彼女はリアムとの確かな関係を求め、兄、と呼んだのだ。弟と呼ぶにはリアムの方が年上だったし、何よりその雰囲気も何もかも兄と呼んだ方が相応しくあったためにそう呼び始めたのだが、さすがに年齢を重ねるごとにその呼び方には気恥ずかしさを覚え、何より気になったのは、自身の存在がリアムの中で「妹」として固定化されかねないことだった。それは、セリアの望むところではない。
(リアム……リアム・ガルシア……私をずっと守り続けてくれる、何より大切な人)
セリアが最も最初に覚えているリアムの記憶は、彼女たちがまだ六歳か七歳ぐらいの頃のことだ。アメリカのスラムで、アルコール中毒の父の暴力に耐えながら、必死になって食べるものを探し、自身の命を繋いでいたある日、彼女は唐突に父によっていくらかの金の代わりに天上寺グループの訓練施設に送られることとなった。自身の身に何が起こったのか分からず、けれども最初は、暖かなご飯と寝床、シャワーさえ貸してくれる彼らに感謝したほどだったが、次第に父に会えなくなった事実に寂しさが募り、ここから出して、と声を大にして言い続けて一日、彼女は現実に直面することとなった。




