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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第三章 狼の帥
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 その一言に俺は声を詰まらせた。そこに込められた想いを知り、何も言えなくなってしまう。しかし、こればかりは黙っていることは出来ない。その覚悟で俺は息を軽く吸い、きっぱりと告げる。

「それは無理だ」

「………………」

「身勝手な物言いになるかもしれないけど、俺はリーシャについていくことは出来ない」

 それは、雄輝と話した時点で俺が最初から告げていた事実だった。ルプスの探知能力者の話を聞く以前に、リーシャの過去を聞いた時点でそれを分かっていたことだ。日本にいる限り、リーシャに救いは無い。天上寺グループの影響力が最も大きいここでは、仮に声を大にして警察に救いを求めても助けてはもらえない。国家権力すらも敵となり得るこの国では、どうあってもリーシャが生き残る道は無いのだ。だが、国が違えばそれも変わる。天上寺グループの力が及ばないような国は、探せばいくらでもある。そこにリーシャを送ることはある意味で酷なことは理解している。だが、彼女の命を保つためにはそこにしか道が無かった。そうすることでほとぼりが冷めるまでの間を耐え、彼女は故郷へ帰る。

 俺はそこについていくわけにはいかない。リーシャのために、自分の生活の全てを投げ打つことはできない。それもまた、しっかりと伝えていたことだ。愛着が湧いた今でも、その考えは変わらない。

「けど、リーシャなら大丈夫だ。きっとどこでも仲の良い友達ができるさ」

「友達、ですか……」

 不意に、リーシャはその言葉を反芻した。俺にとっては何気ない一言が、リーシャにとっては大きな意味を持っていたのか、俺から目を逸らして車外の風景を追いながら、彼女はぽつぽつと語り始める。

「わたし……友達とか、全然できないと思います。だって、きっと……わたし、友達って信じられないですから」

「え?」

 俺が聞き返すと、彼女は儚く笑い、そうして全てを俺に打ち明ける。彼女の経てきた、その人生の軌跡を。

「お兄さん、聞いてくれますか? わたしの……わたしの、物語を」

 俺は、彼女のその言葉に、ただ頷くだけだった。


「わたしが生まれたのは、アフリカにある山地の部族の村でした。その村のある夫婦の一人娘として生まれて、そこで十年間を過ごしました。

 この日本じゃ考えられないと思いますけど、わたしのいた部族は、今でも狩猟や農業を生業としているんです。お父さんは、たくさん牛を飼っていて、それがわたしがお金持ちかそうでないかを示す指標になるんです。わたしの家は、どうだったかな……そんなに裕福じゃなかったけど、でも貧乏でもなかったと思います。

 昼は学校に行って勉強して、家に帰ったら家のお手伝いをする。そんな当たり前の日常が、わたし、大好きでした。お父さんの仕事は、ほとんどが畑仕事で、お母さんは主に食事の支度をするんです。この日本とは食べる物も全然違ってて、なんて言えばいいのかな、ちょっと分かりません、えへへ。でも、その生活はすごく楽しかったんです。村の皆ともすごく仲が良くて、隣村の誰々が格好良いとか、そんな他愛も無い話をして……。そんな風にして一日を過ごして、夜になると、すごく綺麗な星空が見えるんです。その星空の下で、焚き木を炊いて、お父さんの話に耳を傾ける。お父さん……どんな話をしてくれてたかなぁ、もう思い出せないぐらい、でも面白い話をたくさん、聞かせてくれました。わたし、それを聞いてずっと笑ってたことを覚えています。そうだ。日本と違うところもたくさんあるんですけど、ちょうどこの季節にピッタリなのがあるんです。日本の人って、雨ってそんなに好きじゃないんですよね? わたしたち、全然違うんです。雨が降ると作物が実る。実りの雨だ、ってみんな大はしゃぎするんです。みんなで雨の中を駆け回って、泥まみれになりながら、笑うんです。けど、雨が降らないと、本当にひどいことになったりするんです。作物が実らなくて、食料が足りなくなって。だから、わたし、雨は好きなんです。今、降ってたら良かったのになぁ。

 そうそう、実りと言えば、収穫の時期が凄いんです。色んな部族の人たちが集まって、お祭りみたいに盛り上がるんです。男の人が棒みたいな武器で、こう、殴って戦って、一番強い人を決めるんです。その人は、その年のヒーロー。女の子たちの憧れの的です。でも、わたしのヒーローは、お兄さんですけど……なんて。

 それがわたしの過ごしてきた日常。わたしの歩んできた日々です。こんなに豊かな国と比べると、何も無いし、不便なことは多いし、ここでなら治るような病気で死んじゃうこともあるけど、でも、それでもわたしの大好きな故郷でした。

 ――あの時までは」


 そこで僅かに間を置き、意を決したようにリーシャが振り返る。

 その語られた内容は、俺の歩んできた日常とは全く異なるもので、ファンタジーの話を聞いているようにも思えてしまう。だが、知識として知っている。世界には、未だそうした生活を営む者たちがいることを。それにリーシャの肌の色が、その生まれをある程度は物語っている。

 俺は、こちらをしかと見つめるリーシャに真っ直ぐに向き合い、続きの言葉を待った。そのまま少しだけ互いに視線を交わし合い、リーシャが教えてくれる。それは、彼女を襲ったある意味ではどうしようもない現実だった。

「ねぇ、お兄さん。割礼、って知ってますか?」

「――――――」

 知っているか知らないかで言えば、俺は知っている。言葉としての意味、風習としての行為、それによって得られる証。それらを俺は確かに知っている。

 割礼とは、アフリカの広い地域で行われてきた、成人前の少年や少女に行われる性器の一部切除のことだ。そのあまりに痛ましい内容は、言葉にするのも躊躇われるが、それで以って彼ら彼女らは、成人通過の儀礼とし、その上でリーシャのような少女であれば、処女、純潔を保った証とされている。

 だが、それらはあくまでも知識としての情報だ。そのおぞましい行為がどのような痛みを少女に植え付け、恐怖を刻むのか、俺はまるで知らない。

 まさか、まさか、リーシャは、そんな――

「安心してください。わたし、痛いのが怖くて、途中で逃げ出しちゃったんです。この“時神の裁可(クロノス・アセント)”の力で。それが、わたしが初めてクラティアとして目覚めた瞬間でした。そして、そのせいでわたし、周りから気味悪がられるようになったんです。わたしの髪、白いじゃないですか? これ、昔はこうじゃなかったんです。髪も全然サラサラじゃなくて、でも……この力に目覚めたら、こうなったんです」

 そう言う実例は、実は珍しいことではない。例えばカティさんなんかは、その兄であるエドガーもそうだが、特殊な緋色の瞳を宿している。これは、ブレイズフォード家の一族全体に共通するものらしい。長らく魔法使いとして在り続けたために世代を通して身体に変質を来たしているのだ。

 リーシャもまた、そうした身体の変化が身に降りかかった一人だったのだろう。閉鎖的な村と言う場所で少しでも他と違う者がどんな扱いを受けるか、それは想像に難くない。俺がフォルセティでその魔力量の少なさから無能呼ばわりされているように、かつての日本人が外国人を毛唐と呼んで揶揄したように、リーシャもまた、周りから避けられるようになった。

「みんな、わたしを悪魔の子供だって言って嫌うようになりました。ちょうどその頃、日照りが続いてずっと不作で……そのこともあったんだと思います。友達だと思ってた子たちは、どんどんわたしから離れていって、気づいたらわたし、一人ぼっちになってました」

 だからこそ、友達を信じられない、か。そんな出来事を経験したのであれば、その発言にも理解を示してしまう。俺だってそんなものを体験してしまえば、友達などと言う人間を信じられるかどうか分からない。

「だから、嬉しかったんです。お兄さん、こんなわたしの気持ち悪い髪を、何の迷いもなく撫でてくれたから」

「あ……」

 ようやく、理解する。何故、この子がただひたすらに、俺にだけは他にも増して好意的に接してくれたのか。

 初めて会った時、俺は学生寮のエレベーターで、涙を浮かべるこの子の頭を撫でて上げたのだ。あの時は、そうするのが最善と思えたからに他ならなかったが、それがリーシャにとっては俺が考える以上の意味を持っていたのだろう。

 嬉しかったんです、ともう一度告げ、リーシャが笑う。それがどこか苦しげなものに見えて、俺はまた、リーシャの髪に手を伸ばしていた。

挿絵(By みてみん)

 二章では流し気味だったリーシャの過去が明らかになりました。

 と言うわけで、リーシャの髪色――「桜色」です。自分のイメージとしてはもう少し白っぽい「薄桜色」と言うのが本当なのですが、語呂が悪いので桜色にしました。

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