⑤
ちょっとした状況のまとめ。
1、リーシャと出会う。
2、恋とカティさんが柊家を訪れる。
3、パンツ脱がされる。
4、部屋を襲撃される。
5、敵のくせにリアムが主人公みたいなことしてる。
6、視点変わって、零余たちが逃走中(←今ここ)
と、なっております。
「零余」
これからのことについてリーシャとカティさんに話をしていた俺は、不意に雄輝に名前を呼ばれ、その意図するところを悟る。
すでに話したいことも終えていたために二人との話はそこで打ち切り、最後の確認とばかりにそれぞれの顔を見ると、どちらも緊張を滲ませながらも力強く頷いた。二人の表情に迷いは無く、そこにはある種の覚悟が見て取れる。
今、俺たちの席順は少しだけ変わっている。雄輝とカティさんを前に、俺とリーシャが後ろに座っているのだ。途中で一度だけ車を止めて席を交替したのだが、その理由は単純だ。そちらの方が対処しやすいからである。あの時は、何も考えずに俺が助手席に座ったが、敵が大半において背後から迫ってくる可能性がある以上、“識者の叡智”を持つ俺が最も敵と近しい距離にある方が得策だと考えたからだ。
雄輝に言われるまま、俺は背後の車両を確認する。そこにあのバンの姿は無い。当たり前だ。あれほどまでに騒ぎを引き起こした上、一箇所で固まったままだったバンをいつまでも乗り続けられるはずもない。色んな人間にその姿を見られ、ナンバープレートも形も覚えられたことだろう。それに俺たちにも姿を見られているのだ。そんなものを使い続けるとは思えない。
しかし、あれだ。これからの展開を考えれば、雄輝のふざけた逆送が何だかんだで俺たちにとって有利に働いたとも考えられる。この馬鹿はそんなことを露ほども考えていないだろうが、あの逆送のおかげであの黒いバンが俺たちの敵であることを判断できた上、その動きを停めることで多くの人間の注目を集めさせ、車を変えるという選択を取らせることが出来た。その間に出来た時間こそ、俺たちにとってはこれからの戦いに備える猶予期間となりうる。
もう一度、背後の車両を確認する。真後ろ、乗っているのは子連れの男だ。子供の方は、おそらくは十歳よりも下。これは却下していいだろう。何より、俺たちに近すぎる。
次を見る。こうなるとよく見えないが、その動きが前方の車に対して苛立ったように左右に揺れている。雄輝の動かすパトカーが法廷速度を極端に守っているせいで、その動きの遅さにストレスを感じているのだろう。これも違う。あんな目立つ動きをするはずがない。
その後ろ――見える。もはや距離が開きすぎてよく分からないが、あからさまに綺麗な運転を続ける車が一台。それ自体は、特に問題視するものではないが、おかしい点が一つ。あの車は、かれこれ数度右折と左折を繰り返したこの車と付かず離れずの距離を保ち、その姿を見せている。もはや、疑う余地も無いだろう。
あれか。白のワゴン車。あんな目立つものをわざわざ選ぶとは分かり易い。いや、分かり易くしているのか。俺たちにわざとその存在を知らしめ、誇張し、誘っている。
「リアム、だっけか」
俺は、思い出したようにその名を呟いた。雄輝から与えられたルプスの情報は、セリアが探知能力者であると言うことと、隊員の数、それぞれの名前だ。その隊長こそ、リアム・ガルシアと言うらしい。その部下にいるのが、一人ずつセリアが女、ヴァンが男、アレッタが女、クロードが男、根岸が男、平川が男。こう見ると面白い並びではあるが、そのことについての言及は今は止めておこう。
まず、俺の記憶している限り、俺たちを最初に襲撃したのはどちらも日本人だ。この二人が根岸、平川と考えて間違いないだろう。次に俺とリーシャ、カティさんで打ち倒した一人の男。これがヴァン、ないしはクロードと考えられる。続いて恋が倒したとされるルプスの隊員は、椿が言うには女だったらしい。奴らが未だ俺たちに追いつき続けていることから考えて、セリアである可能性は無く、この女がアレッタだと考えて間違いない。よって今残っているのは、リアム、セリア、ヴァンないしはクロード。ここで俺たちが最優先すべきは、もちろんリーシャを追い続けているセリアである。彼女の力こそがリーシャの自由を奪い、その身をどこにも逃げられない籠の鳥にしてしまっている。ゆえに大前提として彼女の排除が俺たちの目的となるわけだ。しかし今、俺が最も興味を抱いているのは、彼らを指揮する隊長たる男、リアムだった。
あの白のワゴン車の動き、俺たちを視界に捉え続けていながら何らの行動も示さない様子。どう考えても俺たちの出方を窺っているのは間違いない。あの時から変わらず、奴らは後手に徹している。多少なりとも走行中の襲撃を予想していた俺だったが、それならそれで構わない。それに走行中の襲撃は、奴らにとって何よりの悪手だ。こちらにリーシャの“時神の裁可”がある以上、その手を打つことはほぼ無いと言っていいだろう。
しかし、それにしてもである。その上であの誘うような動き、もはや間違いない。リアム・ガルシア、奴は俺たちの目的に気づいている。今まで逃げるように振舞っていたために気づかれないとは思っていた。それに俺たちは学生だ。逃げることを優先するだろう、とそう印象付けることが出来たと思っていたが、どうやらリアムとか言う男の頭脳は俺の予想を超えていたらしい。こちらの動きを見切り、その上で誘いに乗ってやると言っているのだ。
ふざけた男だ、とは思わない。それこそが奴らにとっての好機。攻撃の瞬間になると分かっているのだろう。それに誘いはしても、奴らに俺たちの作戦の全てが筒抜けになっているとも思えない。その点で見れば、まだ先を取れる俺たちが有利だ。
「雄輝。言った通りの手筈は整えてくれてるのか?」
白のワゴン車を眺め見ながら、俺は車をよちよちと進ませる雄輝に確認を取る。雄輝が俺たちの下を訪れた今朝、そのルプスの情報を聞き、あることを頼んでいた。そのことについての仕込みは、十分に行ってくれただろうか。
こちらを目線だけで振り返り、雄輝は快活に答える。
「ああ、ばっちりだ! 本日、天上寺テーマパークは緊急安全点検に付き閉業中だよ!」
天上寺テーマパーク。その名が示すとおり、天上寺グループが管理する遊園地であり、フォルセティの近辺にあるために学生たちにとっては青春の一ページを刻む場所として名高い場所でもある。その規模は、遊園地のみならず、水族館やプール、スケートリンクまで備えた大きなものであり、ホテルを併設して外国人観光客も誘致するほどなのだが、今日は、俺の一存で営業を止めてもらった。
いや、うん。正直、このことに関しては、俺は雄輝を含めた各関係者に謝罪を申し上げたい。それによって見込まれる不利益を鑑みれば、自分が何を頼み、雄輝が何をあっさりと快諾したのかをを知り、恐ろしく思えてくる。しかしそれでも、俺の考えられる範囲での終着点を見出すには、それぐらいの広い敷地を誇る施設が必要だったのだ。そしてそれらは、これから戦いの中でより収拾の付かない状況に置かれることになるのかもしれないのだが、心の中で先に謝罪しておこう。皆様、ごめんなさい。
「天上寺テーマパーク? それがこれからの舞台ってわけね」
天上寺グループも知らないのだ。そのテーマパークも知らなかったのだろう。不思議そうに小首を傾げるカティさんが、そんな不穏当な表現で問うてくる。まぁ、確かに舞台である。喜劇か悲劇かは定かではないが、ここからそこは、戦いの舞台へと変わる。子供たちに夢と希望を与える遊興施設としての皮を脱ぎ捨て、戦禍渦巻く戦場へと変わる。
「……お兄さん」
不安そうに、リーシャがギュッと俺の手を握り締めた。さっきは気丈な様子で頷いていたが、やはりこれからの展開を思うと、恐怖を感じずにはいられないのだろう。それを思い、俺はどうしようかと迷った挙句、一つの思い付きを実践することにした。リーシャの手を逆に覆うように握り返しながら、これからのことについて尋ねる。
「リーシャは、全部終わったら何かしたいことでもあるのか?」
「したいこと、ですか?」
今後のことは、全てリーシャに話してある。俺たちがセリアと呼ばれる探知能力者を打ち倒した後、それによって出来るだろう時間を使って雄輝の手配による船舶に乗り、リーシャは秘密裏に国外へ逃亡する。俺が聞いているのは、その先のことだった。これらの手筈が雄輝任せであることは引っかかるが、これは予め、雄輝が用意してくれていたことだ。それを全て信頼できるかどうかは、今までの友情に起因する。その点であれば、信頼できると言っていい。雄輝はこんな男だが、天上寺グループでそれなりの立場を持ち、ルプスなどと言う組織の情報を得られていると言う実績もある。そのせいで大それたことをしでかし、俺や恋に迷惑をかけるのだが、それは今はいいだろう。
その雄輝の計画では、リーシャはある場所に身を寄せることになっているらしい。そこでしばらく過ごし、それから場所を移して色々なところを転々とした後、彼女が生まれた故郷に変えるそうだ。思えば、その話を聞いている時、リーシャは浮かない顔をしていた。もしかして、故郷に良い思い出が無いのだろうか。そう不安に思っていると、しばらく時間を置き、リーシャはこんな答えを返した。
「わたし、お兄さんと一緒にいたいです」




