③
「駄目だ。アレッタからの連絡も途絶えた」
進行方向とは逆の車線の上で動かなくなったバンの中、連絡に応じない仲間を思い、リアムが口惜しげに歯噛みする。そんな彼と同じように目を伏せ、セリアもヴァンも沈痛な面持ちで何も言うことが出来なかった。アレッタと、それからクロード。目標――リーシャ・ランゲルが身を潜めていた学生寮の正面玄関から両側を覆うように展開していたこの二人は、根岸と平川の先走った行動に迅速に対応したリアムの指示により、対象を徒歩によって追跡するはずだったが、そのどちらとも連絡が取れない。先に途絶えたのはクロードの方であり、セリアの探知能力から導き出される答えは、おそらくはリーシャとそれについて行ったと思しき二人組によって打破されたと言うこと。連絡が取れなくなった時間帯を考えれば、クロードがほとんど何も出来ずに打ち倒されたと言うことは明白であり、となれば、それが単純な実力によるもので無いことは間違いない。クロードの戦闘能力は、この部隊内でも三本の指に入るほどであり、それがこうもあっさりやられるとは考え難いのである。となれば、予想される答えは一つ。リアムが警戒し、何より厄介だと感じていたあの力。
「“時神の裁可”……!」
時を停める力。その詳細は、リアムも知っている。世界全体か、あるいは一つの対象の時を停めてしまう脅威のハイリヒトゥム。実際、今もこうしてリアムたちの乗るバンの時は停められ、扉を開こうにもビクともしない。外部からの干渉を一切受け付けず、現状、リアムたちは絶対に抜け出せない牢獄の中にいる。しかし、それもそう長くは保たないだろう。この力の効果のほどもまた、リアムの知るところだった。
「対象から離れれば離れるほど効果は薄れ、仮に同じ位置で展開し続けても一分程度が関の山。世界全体を停めるとなればさらに時間は短くなる。時を停めておきながら時間の概念を持ち出すのも不思議な話だけど……やっぱり、厄介極まりない力だね」
まるで動き出さないバンとそれに怒って動き回るヴァンを見比べ、その言葉遊びのような姿に一人でに笑いながら、リアムは床に寝転がる。その暢気な様子に比べ、思考は回り続け、現在の状況を正しく整理し始めていた。
そんなリアムの様子にセリアは眉を怒らせる。さすがにその気楽な様子に何かを言ってやろうと口を開きかけるが、何を言っても無駄だと思い返し、諦めた。それにこの状況では、時の停滞が止まるまでは彼女たちに出来ることはない。セリアだけはリーシャの魔力を追跡しているが、その動きや行動に意図したものは感じられず、ただ当て所も無く走り続けているようにしか見えない。その様子から次の彼女たちの行動を予測することも出来ないように思われた。
他方、リアムに名前で遊ばれているとも知らないヴァンは、アクセルを踏んでも動き出さないバンに業を煮やし、拳を振り被って叩きつける。だが、それはまるで鋼のように固い感触を返してくるだけであり、衝撃が返ってくることもない。その様子に首を傾げるも、ヴァンにはその意味が理解できず、全く頓着せずに怒りを拳に変えて殴り続けた。
実は、“時神の裁可”によって停まった時は、外部の干渉を一切受けず、それがゆえに外部に干渉することもない。停まったバンを殴っても打ち込まれた衝撃はそこで無かったことにされるため、当然返されるエネルギーもなく、ヴァンの拳は殴っても痛まなかったわけである。さらに言えば、殴っても音すらも生ぜず、ただ良く分からない硬いような感触が返ってくるのだ。
そんな風にして三者三様に過ごす停まった時の牢獄の中、リアムだけはその表情とは裏腹に厳しい目線で事態を見ていた。
(根岸と平川は置いておいて、アレッタとクロードがやられ、僕らは三人。うち、セリアの戦闘能力は大して期待できず、戦えるのは僕とヴァンの二人、か)
五本の指を順に折っていき、自身に見立てた親指と、その側近にある人差し指、その隣にある中指を残す。これらは、リアムと彼らの関係性を表していた。最も近いのがセリアであり、最も遠いのがアレッタだ。
正直、リアムはアレッタのことは良く分からない。幼少の頃より長く過ごしてきた友人であり仲間だが、彼女の口数は少なく、その意思を表に出す方でもなかった。だが、彼にとっては等しく仲間であり、ゆえに彼女やクロードの敗北には多少なりとも思うところはあるものの、冷静な指揮官として判断するのであれば、クロードはともかくとして、アレッタの方は期待外れという他無い。もしこの場にアレッタがいてくれれば、今後の展開はより楽になっただろうことは明白だ。
彼らにとって何より憂慮すべきは、セリアの身の安全である。リーシャを追いかける彼女こそ、彼らにとっては絶対に失ってはならない存在であり、逆に彼女が一日でも目を覚まさないようなことがあれば、おそらく任務を遂行できないと言って間違いないだろう。もちろん、世の中にはたくさんの監視システムがあり、魔術を用いずとも人を一人捜すのは容易いことだ。人数を動員すれば、それはより楽なものとなる。しかし、それはリーシャ以外の人間における話だ。仮にもリーシャは訓練を受けて生き残り続けてきた人間であり、同時にその身に宿すのは時すらも停める神にも等しい力だ。普通の監視システムを掻い潜る方法など心得ているだろうし、彼女の力を使えば、それらに気づかれずに逃げることはさして難しい話ではない。結局、魔術に対抗することが出来るのは魔術だけなのだ。
(だからこそ、セリアを外に出さずになるべく動ける人員を残しておきたかったんだけど……)
そのアレッタは、何者かによってやられてしまった。おそらく、根岸と平川を相手取った二人だろう。リアムたちが確認したリーシャと行動を共にする人間は二人。一方、リーシャがいたあの部屋にいたであろう人間は、リーシャを除いて四人と思われる。その四人のうち二人がリーシャと共に行動していた以上、根岸と平川は残りの二人に倒されたと予想できるが、しかし彼らの戦闘不能はリアムにとっても驚きの早さだった。まさか、リーシャたちを追いかけるアレッタのための時間稼ぎすらも出来ず、あの二人が敗北するとは思いもしなかった。そのせいでアレッタがその一人か二人と交戦してしまい、敗北を喫してしまったのだ。
期待していなかったとは言え、まさかここまで期待外れだとはリアムも思っておらず、自分の甘さを反省する。
(まぁ、それはどうでもいいや。それよりも問題が一つ。まさか、セリアを知られているのかな?)
リアムは、セリアを一瞥し、その先にある地図上を動く点を見る。その動きに規則性は無く、これと言って方向性を定めて行動しているようには見えない。適当に路地を選び、入り組んだ道を逃げていると言った風だ。
それを確認し、リアムは一つ一つ、可能性として挙げられる点を思い浮かべる。
(一つ、彼らは一箇所に止まり、逃亡と言う選択肢を取らなかった)
これにはいくつかの理由が考えられ、その中の一つとしてフォルセティの警備システムと言うものを頼ったとも考えられたが、それは彼らがフォルセティを抜け出した時点で却下された。他にも臆病風に吹かれた、と言う至極あり得ないだろう考えもわずかに残していたが、根岸と平川の襲撃に対応し、機転を利かせて正面玄関から飛び出さずに道をショートカットした挙句、クロードまで一蹴したことを鑑みれば、それは実力から見てもあり得ない。
(一つ、彼らは西門ではなく、東門を選んだ)
これまた、外に出るのであれば学生寮からより近い西門を選べばいい。にもかかわらず、リーシャたちは東門を選択した上、その途中で学園本校舎を経由し、そこでわずかに止まると言う奇行にも出ている。まぁ、これにはリアムも一つだけ想像がつく。校舎に寄った理由は、おそらくは上履きでも履きに行ったのだろう。リアムが逃げる三人を捉えた時、皆が一様に似たような靴を履いているのを目にしている。
(一つ、外に出ていながら、明確な逃走手段やルートは確保していなかった)
その場凌ぎで逃げ出した、とそう考えるには、相手の出方は不可解なものばかりだ。わざわざ時間をかけて東門まで行き、用意周到にパトカーまで使って外に出ておきながら、ただ闇雲に逃げ回るばかり。さらに少し気になるところは、あのパトカーが最初に取った手だ。暴れるように進行方向とは逆の車線に踏み込んだ理由――これはリアムにも分からず、現状は特にこれと言った解も見つからなかった。
とりあえず、挙げていった三つの理由に対し、同じ解を当て嵌めていく。
(逃亡と言う選択肢を取らなかったのは、セリアの魔力探知を知っていたから。逃げても無駄だと判断し、応じる構えを取った)
セリアの魔力探知は、この日本全てにおいて機能する。それを事前に知っていれば、彼らが逃げることを諦め、その逆を行った意味も自然と見えてくる。
(西門ではなく東門を行ったのは、距離を稼ぐことに意味を見出さなかったため)
これもまた、セリアの魔力探知を知ったればこそだろう。ゆえに彼らは、わざと複雑な道を行き、その視界にリアムたちの影を捉えてみせた。あれは、誘い出されたと考えるのが適当だろう。
(逃走ルートは意味をなさない。セリアは、常にそれを追い続ける)
そしてこれさえも、セリアの魔力探知を知っていたと言う事実で裏付けられてしまう。そうであれば、もはや確定と言っても構わない。彼らの不可解な行動の数々は、セリアの魔力探知を知っていることに起因する。
だが、それは同時に新たな疑問も浮かび上がらせる。彼らは、その情報をどこで知ったのだろう。そしてそれは、どの程度の情報まで掴んでいるのだろう。その如何では、一つだけ、リアムの中で彼らの目的が浮き彫りになってくる。
「やっと動いたぜ! ってうぉ! あっぶねぇ、そういや対向車線だった」
ようやく動き出した車を進ませながら、ヴァンは巧みなハンドル捌きで逆送すると、正規の車線に乗り換える。そのまま車を進ませようとするが、リアムはそれを停めさせることにした。
今話に関係ないですし、今更ですが、恋、神功と読みます。




