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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第三章 狼の帥
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 いや、違う。魔力が高密度に集中することで赤銅(しゃくどう)色に輝き、それがまるで頭上で二本の角のように揺ら揺らと立ち上るため、そのように見えるのだ。しかし、身に纏う雰囲気を鑑みれば、鬼と言う表現はまるで外れていない。そこにいるのは、まさに鬼。その言葉が指し示すとおりの強大さと凶悪さを持ち合わせた化け物に他ならない。

 その男の姿を認め、ゆっくりと恋が立ち上がる。その瞳は、アレッタの時とは比べ物にならないぐらいに鋭く研ぎ澄まされていた。

「なんでお前がこんなとこにいんだよ、神功」

 声に険を滲ませ、恋は荒々しくそう問いかける。そこにはあるのは、話し合いの意思と言うよりももはや闘争の意思でしかない。神功と呼ばれた男が挑発的に魔力を叩きつけていることを差し引いても、如何に恋が目の前の存在を危険視しているのかが分かる。

 そんな恋の姿を神功は声を上げて笑う。さも愉快だと言うようなその様子に恋は眉を寄せるが、特に反応はしなかった。そのまま神功は笑い終えると、ふぅ、と気の抜けたような声と共に息を吐き出す。そうして、彼は興味深そうに言う。

「てめぇ、変わったなぁ? あぁ?」

「そっちは相変わらずじゃねーか。馬鹿みたいに殺気振り撒いて、周り威嚇すんのがそんなに楽しいか?」

 挑発的な物言いを前に、しかし神功は表情一つ変えなかった。表情一つ変えずに、一歩で恋の前に躍り出た。

「………………!?」

「てめぇは邪魔だ」

 神功は、地面に倒れて動けないアレッタを蹴り飛ばす。その一蹴りでアレッタの身体は激しく空を舞い、続いて地面に激突すると同時、凄まじい衝撃に見舞われた。消えかかりそうな意識で目を向ければ、優に二十メートルは蹴り飛ばされたことになる。その事実に恐怖しながら、アレッタは視界の先で始まりを迎えたそれを見た。

 二人のクラティアが激突し、殴り合う。そのクラティア同士とは思えないほどの肉弾戦の応酬にアレッタは目を見張り、同時にその二人の動きがほとんど視界で捉えきれないレベルに到達していることに畏怖を覚える。ただの身体強化によって殴り合う二人に合わせ、凄まじい衝撃音が鳴り響き、踏み込んだ軸足によって押し潰されたコンクリートの破片が、次いで振るわれる一撃によって辺り構わず吹き散っていく。

 それは、もはや人間の戦いとは思えないほどの様相を呈していた。獣同士の喧嘩。魔力を使うクラティアでありながら、それを突き詰めたがゆえの原始的な闘争がそこにある。

「いいねぇ! さすがだぜ! てめぇ相手ならちったぁ楽しめんなぁっ!!」

「どういうつもりだ、神功ッ!?」

 叫び、恋は迫る拳を体を開いて回避し、その腕を取りにかかる。だが、神功は巧みな体捌きでそれを許さない。それどころか、逆に恋の腕を取り、それに恋も応じることで互いに互いの腕を取って睨み合う形となる。だが、その状態はそう長くは続かなかった。身長的に有利な立場にある神功が恋に向けて体重をかけたのだ。その圧力に押され、咄嗟に恋は神功の腕を振り払うと、強引な体勢から右へ飛び出る。その崩れた体勢によって出来た隙を神功は見逃さず、アレッタにも見舞った鋭い蹴りがその身体に叩き込まれた。

「ぐ……ッ!」

 蹴りの衝撃によって恋の身体が宙に浮く。だが、すんでのところで腕でガードしていたため、直撃は免れた。それでも全身に奔る衝撃は凄まじいものがあり、盾のように構えた腕がびりびりと痺れて感覚を無くしているが、あの一撃を胴体に叩き込まれなかったのは幸いだ。恋の防御力では、あの本気の蹴りを耐えることは出来ないだろう。

(くそ、ったれ……なんだってお前みたいな奴が出てくんだよ、九鬼神功ッ!!)

 九鬼神功――それは恋も良く知る名前だった。何故なら、彼女と神功は、同じ部隊に所属する同僚なのだ。恋は『キューピッド』、神功は『オウガ』のコードネームを持ち、さして親交があるわけでもないが、互いに面識はある。主に単独任務を主体とするために仲間意識も持ち合わせてはいないが、こんな風にして突然攻撃してくるような間柄ではなかったはずだ。

 だが、同時に恋には納得できる部分もある。この神功と言う男は、そう言った性質を秘めているのだ。何をしでかすか分からない。何をしでかしてもおかしくない。暴力的に振る舞う悪漢、我が道を行く無法者、他者に靡かない悪鬼。それこそ、恋がこの男に抱いた印象なのだ。

 空に舞い上がる恋を見つめ、神功が唇を舐める。その仕草に悪寒を覚え、恋は瞬間的にそれを生み出した。

 彼女の持つシュトラーフェ、巨大な戦斧であるアヴェルテレ。その効果は、増幅と減少だ。それを痺れた腕で握り締め、先と同じく盾のように防御の構えを取る。それにわずかに遅れ、神功の右足が地面を踏み砕いた。その衝撃によってコンクリートの破片が舞い散り、それとは別に神功の前方にある地面が盛り上がっていく。それは荒々しい杭のような形を取ると、まるで何かに押されるように一気に飛び出した。狙いは、空中にあって回避行動に移れない恋に向いている。

 迫る杭の一撃を眺め見て、恋は瞬間的に判断する。

(『水』で形を変え、『地』でそれを固定、さらに強度を上げ、『空』で押し出したあと、『火』によってその勢いを増加させて撃ちだす……おいおい、マジかよ。魔術特性のうち、四つを、それもこんな高レベルで――)

 その事実を認識し、恋は驚愕する。普通、一般的なクラティアには、特化した魔術特性と言うものが存在する。それは逆に言えば、全ての特性を均等に扱い切ることは難しいと言うこともである。『火』の持つ力強さの性質に特化していても、『水』の持つ流動的な性質は苦手、と言う一例がそれにあたり、魔術とはそれらを複合化させて放つものだ。当然、クラティアは特化した特性のほか、ある程度は別の特性を扱えることが大前提となり、それは恋も同じだが、神功のそれは別格と言っていい。五つあるうちの特性を同時に四つも間髪入れずに扱ったこともそうだが、何より驚異的なのがその精度である。眼前に迫るのはただのコンクリートを固めた杭であるにもかかわらず、その威力はまるで一種の砲弾だ。

「アヴェルテレ!!」

 必死の思いで叫び、減少の力を促す。ただ威力を減少しては駄目だ。衝突する瞬間にかかる運動エネルギーを減らし、さらには接触した杭にかかる空気抵抗を増幅することで威力を極限にまで削ぎ落とす。同時に空中で身体を強引に捻り、アヴェルテレ本体を傾けることで杭を逸らしてみせる。そこまでしてようやく、杭は恋の身体を地面に吹き飛ばし、明後日の方向へ向きを変えて飛ぶと、間を置かず地面に激突した。その際に杭が落ちた衝撃で地面が割れて巻き上がって飛んでくる破片に顔を庇いながら、恋は即座に前方へ視線をやる。

 やはり、いた。着地した恋に向け、すでに神功は迫っている。一分の油断もせず、本気で恋を潰しにきているのだ。

(どういうつもりか知らねぇーが……そっちがその気なら)

 アヴェルテレを使って地を蹴る力を増幅させ、同時に一秒と経たずアヴェルテレ本体を消滅させることで重量を減らし、爆発的な推進力を得る。それによって生み出される圧巻の速度を誇る踏み込みにより、恋は神功の懐へ一瞬で潜り込んだ。

「容赦しねぇーぞ!!」

 その人間の動体視力を超えた速度に神功は目を見開き、放たれた恋の拳に回避行動も取れずに打たれた。

 自身で迫る勢いと恋の踏み込みによって生み出されたエネルギーが神功を中心に爆発し、その意識が一瞬だけ吹き飛ぶ。その吹き飛んだ意識の中、神功は巡るましく回っていく己の過去を振り返り、そこにある光景を思い出し、その身に鋭気を漲らせた。同時、彼は崩れそうになった足に強引に力を込め、喉元まで込み上げてきた血を恋に向かって吐き出す。

「な……こ、のっ!?」

 何てことはない。ただの目眩ましだ。目に入った血を慌てて拭う恋からフラフラと揺れる身体で距離を取り、神功は笑う。獰猛でありながら無邪気であり、しかし一方で悪意に満ちたその笑みに応じ、徐々に神功の身体が更なる魔力の高まりを発揮していく。

 その中で、彼は()ぶ。自身の力の結晶、魔力の塊を武装に変えたその力を。

「上がってきただろ。なぁ、“九天(エルドラド)”!!」

 呼びかけに応じ、それは姿を見せる。神功の両手を覆うようにして現れた、五本指のそれぞれに巻きつく鎖によって出来たグローブのような物だ。その手の甲から間接の少し手前辺りにまでかけて無数の鎖で覆われ、そこから伸びた鎖が指に巻きついたそれは、古代剣闘士が用いていた『セスタス』を思わせる。指に巻きつく鎖は、間接部で小さな宝石の様な物を持ち、それは唯一右手の親指にだけ存在していなかった。

 目に入った血を拭い、その姿を見て、恋は思わず口に咥えたキャンディーを噛み砕く。

(あれは……神功のハイリヒトゥム……ッ)

 姿を見るのは、仲間である恋でも久しぶりのことだ。そもそもが単独で任務を行うために同僚の力を見る機会が少ないのだから当然だが、その力は恋も聞き及んでいた。

 “九天”――神功の持つハイリトゥムであり、カティやリーシャなどが持つ選ばれた天才の証。その力は並のシュトラーフェを遥かに上回り、こうして対峙している今、恋もまた、その常軌を逸した力を感じ取っている。いや、それだけではない。その力は、(とど)まるところを知らずに更なる上昇を続けている。

「な、んだ……これ……」

 それは、あり得ない事態だった。シュトラーフェやハイリヒトゥムとは、クラティアの魔力のほとんどを注ぎ込んで顕現する武具だ。ゆえにクラティアは、戦闘時において主にそれらを振るって戦う。では、何故それらが戦闘の中心足りえるのか。クラティアの中で魔術を多く使う者はあまりいない。その理由は、シュトラーフェやハイリヒトゥムを生み出す際に用いられる魔力量に起因する。魔力の塊として顕現したシュトラーフェやハイリヒトゥムは、その力に応じた特殊な能力によるものでない限り、ほとんど魔力を消費しないのだ。一方で魔術は常に外界へと魔力を放出し続け、それを回収することもできない。だからこそ、戦闘の軸はシュトラーフェやハイリヒトゥムを用いたものが基本となる。そしてこの時、クラティアは魔力を外界へとそのまま放出することでこれらを顕現している。

 そう、放出するのだ。つまり、生み出した時点で出せる魔力は固定され、それ以上に高まったとして精々わずかと言う程度。だが、今の恋の目の前にいる男は、その魔力に上乗せしてさらに力を高め、その上昇は(とど)まるところを知らないのである。

 クラティアの戦闘は、技術もさることながら、その源である魔力量が大きく勝敗に起因するのも事実だ。その観点から見れば、今の神功は、すでに恋が対峙できる敵の魔力量としては、大幅に上回った場所に在った。

「やっぱ強ぇなぁ、恋。だからこそ、てめぇは駄目だ。てめぇがいると邪魔なんだよ」

「わけ、わかんねぇこと言ってんじゃねーよ」

「分からなくていいんだよ。安心しろ、てめぇは同僚だ。殺しはしねぇよ。――だから、寝てろ」

 爆発的に高められた魔力によって身体能力を大幅に強化し、先の恋に勝る速度で神功は迫る。それを視認することが出来ず、気づけば恋は再び空を舞っていた。その中でアヴェルテレを顕現し、対処しきれない事態に追いつかない意識の中、防御にだけ全神経を集中させる。

 だが、それはまるで無意味だった。次の瞬間には、恋の身体は地面に叩きつけられ、瞬きの間に身体は別の場所へと飛んでいる。もはや意識は朦朧とし、前後左右の区別も付かないその中で、恋はそれを見た。こちらに向けて右手を構える神功と、そこに装着されたハイリヒトゥム。その宝石を持たない親指部分が異様な光を発し、それを契機に神功の魔力がさらに跳ね上がったのだ。

「ここが九天、オレの頂だ」

 そんな言葉と共に振るわれた脅威の一撃が、完全に恋の意識を奪い去った。

 全身から大量の血を流し、恋が地面に倒れて動かなくなる。その身体は先とは比べ物にならないほどに傷を負い、プラチナブロンドに輝いていた髪が赤銅の色に染まっていく。それはまるで、目の前に立つ鬼の力に肉体を侵食されたようにも思える光景だ。恋は指先一つ動かすことなく、痛みに声を上げることもない。完全に絶たれた意識と、それを起こした肉体のダメージは、一昼夜で回復するものでもないだろう。

 それを確認し、神功は“九天”を消滅させると、ポケットから取り出したタバコに火を付けた。それを口に咥え、一服するように吹かす。そのまましばらく空を見つめ、彼は思い出したように歩き出そうとして、自身の身体が予想以上の傷を負っていることに気づいた。恋によって殴られた腹に軽く触れ、口元を歪ませる。

「やっぱてめぇは上玉だなぁ、恋」

 それは、神功なりの賞賛の言葉だった。自身に傷を付けた数少ない人間の一人である彼女を褒め称え、その実力を評価する。未だ十五歳と言う年齢でこれほどの実力を持つとは、神功にとっては驚異では無いにせよ、それを不当に軽んじることは無かった。

 しばし倒れた恋に目をやり、どこか遠くから聞こえてきたサイレンのような音に気づいた神功は、タバコを放り捨ててその場を後にする。しかし、背後で聞こえてきた足音に気づき、彼は足を止めた。

 何か、そう何か匂うのだ。心地良ささえ感じさせる、久しく嗅いでなかった匂い。彼の追い求めるものと同質の何かを秘めた、そんな感覚的には香りとしか呼べないものが漂ってきている。その匂いに惹かれ、神功は振り返り、それを見た。

「は……っ! そうかそうか……そういや、そうだったなぁ。あいつは、てめぇの兄貴だったなぁ?」

 表情に緊張を宿しながら、友人である恋を傷つけられた怒りに魔力を滾らせ、神功を一心に睨み付ける少女――柊椿がそこにいた。それは、神功にとっても思い出の一風景の中に在る少女の姿だ。だが、あの頃とは違う。眼も、雰囲気も、何より肉体的な成長がまるで違う。

 ただし、変わらないものもある。

「ミュール、か」

 目の前で知らぬ間に展開されていたそれに触れ、神功はポツリと呟く。その一言で椿が激しく動揺し、身体を震わせた。自身が対峙している存在の強大さは、何より彼女自身が良く知るところであった。それでも友達を守るために恐怖を押し殺して出張ってきたのは、彼女の過去から続く美徳と言える。

「恋さんから……離れてください、神功さん……!」

「よぉ、三年振りか? そうつんけんすんなって、別に恋を殺したわけじゃねぇ。死なねぇ程度に痛めつけただけだ」

「離れてください!」

 神功の軽口には応じず、椿がそう叫ぶ。その必死な様子に神功は笑みを消し、一歩距離を取る。そのことに椿が安心したように肩の力を抜いた瞬間、神功が拳を振り上げ、一瞬にして顕現した“九天”を纏い、不可視の壁へと叩きつけた。その衝撃でミュールが砕け散り、鏡が割れたような音だけが木霊する。それを目にした椿の表情が切迫したように変わり、再度ミュールを展開しようと試みるが、それよりも早く神功は彼女の前に立っていた。

 その圧倒的な速度によって風が巻き起こり、軽やかにスカートが舞い上がる中、それを抑えることもせず、椿は呆然とその姿を見上げる。かつては頼もしくも見えたその姿は、しかしだからこそ、今は恐ろしいものにしか見えない。

「ど……う、して……」

 身体を縛り付けるように放たれる殺気の中、椿は掠れた声で問いかける。神功の立場を知る椿からすれば、彼の行動は不可解でしかなかった。恋を襲った意味も、死なない程度に痛めつけたと言う理由も、まるで分からない。

 そんな様子を見て、興が殺がれたのか、神功は“九天”を消失させるとその肩を叩き、一言だけを告げて去っていく。

「あいつが目ぇ覚さましたからだ」

 その言葉に椿の肩がびくりと跳ね上がり、不意に湧いた衝動に振り返って攻勢に出ようとした時には、すでに神功はその場から消えてしまっていた。ただ、遠くに聞こえていたサイレンの音がどんどん近づき、それらが自身らの周りに集まってくる頃になってようやく、椿は恋の惨状を思い出し、倒れた彼女に駆け寄る。

 兄である零余から電話がかかってきたのは、ちょうどそんな時のことであった。

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