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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第三章 狼の帥
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 物心ついた時、アレッタはすでにそこにいた。

 自分と同じ年の頃の少年少女を集めた訓練施設。四方を壁に囲まれたような圧迫感のあるその場所で、厳しい教官の下、徹底的な訓練を受けていた。主に体力づくりから始まるそれは、基礎的なトレーニングを踏まえた後、実践的な体術を経て、魔術の力を学び、最後にそれらを総合した命を懸けた実戦訓練を叩き込まれる。それが一日のルーチンであり、変わらず繰り返される日々の流れだった。そんな日々の中、厳しい訓練に耐えられなかった誰かは消えていき、それに代わるように誰かがまた補充される。希望も何も見出せない世界で、そこにいる子供たちの目は次第に濁り腐っていく。

ただ殴られ、叱られることを嫌って毎日の訓練に精を出す日々。自分たちが何のためにそんな訓練を受けているのかも分からず、繰り返し言われる言葉と言えば、使える人間になれ、とそればかりだ。まるで自分たちが使えない人間だと言われているようだが、事実、教官の課した課題をこなせない者は、使えない人間なのだろう。過ぎていく時間に任せてそんな思いだけが芽生えていき、アレッタもまた、使えない烙印を押されないように毎日を必死に過ごしていた。

 そんなある時、その施設に一人の少年が現れた。どこか薄汚い印象を受けるその少年は、名をリアムと言い、その容姿に反して綺麗な眼をした少年だった。アレッタには、その眼が奇妙に思えてならなかった。まるで汚泥を煮詰めたような瞳を持つ子供たちばかりがいるこの場所で、彼の瞳は希望に満ち満ち、一体どんな経験をすればそんな眼を浮かべられるのか、アレッタは疑問に思ったのである。

 だが、疑問は疑問でしかなく、それを解消しようと言う気になれず、ただアレッタは彼を目で追いかけていくだけに(とど)めた。

 繰り返される訓練の中、次第に人が消えていく。三十人はいたその数は、二十人に減り、新たなに五人が追加されたが、次には十人が減っていった。増減を繰り返す中で、アレッタは変わらず訓練を受け続け、リアムもまた、同じくその場に残り続けていた。その瞳には変わらず、どこか宝石を思わせる輝きを乗せて。

 アレッタから見たリアムは、やはり不思議な少年だった。言葉も何も通じないにもかかわらず、彼は訓練の合間にあるわずかな時間を使い、周囲の子供たちとコミュニケーションを図ろうとするのだ。そんなことをしてもまともに応じる子供たちは誰もおらず、それどころか邪険に扱われることもあるにもかかわらず、彼は笑顔で積極的に誰かに声をかけていた。

 その声に初めて応じたのは、彼と同じ言語を話す一人の少女だった。名前は、セリア、と言った。アレッタから見れば、体術の腕も魔術の腕もさして秀でたところのない少女だったが、何か特殊な力を持っていたのだろう。それを認められているからこそ、彼女は未だ残り続けていた。そう言う子供たちがいることは、アレッタは何となくだが気づいていた。単純な力は弱くとも、秀でた何かがある者たち。彼女らは、大部分で優遇されていた。

 同じ言語を話すことの出来る二人が次第に打ち解けてゆくのは、そう時間のかかることではなかった。一日、二日と日を追う毎に彼らはその関係を深めていき、同時に驚くべきことに、他とそう変わらず濁りきった瞳をしていたセリアのそれが、徐々にだが濾過されるように澄んでいったのだ。それが一週間と経てば、もはやかつての濁りなどどこにも無い。その目は希望に満ち満ち、リアムと声を出して笑い合っている姿は、不気味とさえ言えるものだった。

 それが始まりだった。

 リアムとセリアの関係が深まるにつれ、それに触発されたように彼らの周りに人が集まりだした。言葉は通じなくても想いは通じる。彼らは、互いの言葉がまるで通じなくとも構わず、笑い合い、身振り手振りで意思を伝え、どんどんその距離を縮めていった。それが一週間と経てば、かつてのような重く暗い雰囲気は消え去り、流れる日々に任せていただけの日常に希望を見出す者たちが集まり始めた。

 だが、それでも人は消えていく。仲良くなった誰かが消え、それに表情を歪める者たちもまた、増えるようになる。しかし、それでも彼らの目に宿った燈火が残り続けたのは、リアムが変わらず残っていたからに他ならない。暗く落ち込みそうな雰囲気を彼は変え、前を向けと必死になって伝えていた。

 アレッタは、そんな彼らの様子を遠目から眺めているだけだった。その輪に混じることも無く、ただ常と同じ日々を過ごしていく。別に彼らの関係に興味が無かったわけではない。変わっていく他の子供たちを見て、変わりたいと言う思いもあった。だが、同時にアレッタは気づいていた。絶望の中、必死にもがく者ほど、リアムの光に当てられて脱落していくということを。

 特殊な才を持つセリアや他の優秀な者たちに比べ、力も才能も無い者は、あの光に当てられて必死に生きる意味を見失ってしまえば、落ちてゆくしかないのだ。己を追い込み、汚泥に塗れてでも泥沼をもがいて進む。そうでなければ、アレッタのような無才は放逐されてしまう。

 だからこそ、アレッタはその輪に交じらず、生き残るために己一人で努力を続けていた。

 だが、アレッタの方が避けていても、いずれはリアムの方からそこへ来る。

 気づけば唯一残ったアレッタに向け、リアムが声をかけてくるようになった。そのせいでセリアからは睨まれ、その不躾な態度がリアムの仲間を苛立たせたが、アレッタには関係の無いことだった。そんな風にしてリアムを持ち上げている人間から落ちていくのだ。

 アレッタは、知っていた。リアムに導かれながらも、己の意思で立つ者がいることを。例えば、年長者のヴァンやクロードなんかはその典型だった。リアムによって希望を見出しながら、彼らは己の意思で立ち、努力を続けていた。その努力の意味も分からず、この訓練の果てに何があるのかも知らないにもかかわらず。そうした彼らだけは、一人として脱落していかなかった。中には、訓練施設を卒業した者もいるほどだ。

 卒業――あるいは、それがアレッタの目指すべき先なのかもしれなかった。卒業すると言うことは、使える人間になると言うことだ。その使える人間が何を指すのかは分からないが、アレッタはそうなるしか他に行き着く当てが無かった。ゆえにそこを目指し、そのために不要となるリアムを捨てる。

 しかし、リアムは変わらず、彼女に声をかけ続けた。それは一度、二度、三度――多くの回数を経て、根負けしたのはアレッタの方だった。何度も声をかけられ続けるうちに無視することも難しくなり、仕方が無く、言葉を交わす。だが、何を言っているのか分からない。そんな風に思っていると、不意にリアムがアレッタの言葉を話した。いや、それはアレッタの言葉と言うよりは、彼女たちが訓練を受けている施設のある国の正式な言語であり、教官も使っている言葉だったが、リアムが片言ながらもそれを話し始めたのだ。それだけではない。リアムは、様々な言葉を話す仲間たちの言語、その一つ一つを聞き、それを習得していたのだ。

 その時になって、アレッタは理解した。リアムは、天才なのだ。

 ゆえに皆、彼に惹かれるのだ。そこへ何がしかの希望を見出し、救いを求める。それを知ってしまえば、アレッタももはやそこからは逃れようが無かった。あの日魅せられた希望は変わらず、十年経った今でも胸に抱き、確かなものとして在り続けている。やがて、リアムやセリア、ヴァンやクロードと共に卒業を果たし、ルプスと言う部隊の中に入ってもなお、彼女の希望の星はリアムに在った。

 だからこそ、彼女はその希望を費えさせない。彼女の目的のため、見出した光を掲げ、それを汚す何もかもを許しはしない。彼のためならどんな任務でも引き受ける。それが例え、自分と同じ境遇にある少女を追い込み、捕らえるものであろうと。

 ――だが、その思いとは裏腹に、彼女の身体は重たく、流れ出た血がその傷の深さを教えてくれる。

 新しく部隊に入ったばかりの根岸と平川とか言う男たちが先行したと言う内容をリアムから受けて数分。目標の位置が自身とは反対側へと移動したと聞いたアレッタは、急いで隠れていた木々の陰から身を出し、最短距離で反対側へと移ろうとしたところで、彼女はそれと遭遇した。

 靡く白金色の髪にフード付きのパーカー、口には棒付きキャンディーを咥え、何をふざけているのか男性用のズボンを履いた少女。その異様な出で立ちでそこにある存在を、噂ではあるが、アレッタは聞き及んでいた。

 少女の名前は、『キューピッド』。もちろん、本名などではない。少女が任務を遂行する際に用いられるコードネームだ。その正体は、日本最強のクラティア特殊部隊に名を連ねる一人だと聞いているが、正直アレッタにはどうでも良かった。その時問題であったのは、このままではリアムの指示を遂行できない可能性があると言うことと、それ以上に自身の身が危険な状況にあると言うこと。肌で感じる威圧感が、身に纏う殺気が、その気だるげな眼差しとは別にアレッタに警鐘を鳴らし、すぐにでもその場を逃げろと訴えた。長らく戦いに身を置いてきたからこそ分かる感覚は、ただ純粋にアレッタにこんな感想を抱かせた。

 ――物が違う。

 だが、任務のため、リアムのため、アレッタには引くことはあり得なかった。即座に自身のシュトラーフェを顕現し、キューピッドとの交戦に入った。しかし、結果は歴然であり、今、彼女はその力の差を目の当たりにし、自身の敗北を悟っていた。

 もはや動くことも出来ず、アレッタはその身を力無く地面に横たえ、その時を待つ。相手の素性を思えば、見逃してもらえることなどあり得ないだろう。その手にした戦斧で以って、首と胴を切断されるのだろうか。はたまた、心臓を掻っ捌かれるのだろうか。不吉な予感だけが胸を過ぎり、ああ死ぬ前はこんなものか、と儚げに笑う。しかし、その時はいつまで経っても訪れない。何故かキューピッドはアレッタのすぐ隣に腰掛け、暇そうにキャンディーを舐めていた。その意味が分からず、アレッタは苦しげに問いかける。

「な……ん、で?」

「あ?」

 キューピッドがアレッタに目を向け、その質問の意図を図るように視線を揺らした後、端的に呟いた。

「似てるから」

 やはり、その意味は分からない。ただ、アレッタは自分の命が薄皮一枚で繋がったことだけは理解した。そのことに安堵のようなものを覚えながら、アレッタは疲れた身体が命じるままに睡魔に身を委ねようとして、気づく。

 断続的に響く靴音。ゆっくりとそれが聞こえてくる。近づいてくるその音と同時に聞こえてきたのはどこかふざけた調子で話す男の声だ。

「よお、久しぶりじゃねーか。てめぇがここに入学して以来か? なぁ、恋」

 その瞬間に感じた怖気を、アレッタはどう表現していいか分からなかった。

 アレッタは、キューピッド――恋と呼ばれた少女と出会った時、その肌で感じる実力差に「物が違う」と感じた。だが、ならばこの心臓そのものを鷲づかみにされるような悪寒は何なのだろう。あの恋ですら小さく思えるほど、声を聞いただけで感じる威圧感。圧倒的とも言えるそれに、知らずアレッタの身体は震え、閉じかけていた目を見開き、こちらへ向かって歩みを進める男の姿を視界に捉える。

 そこに鬼がいた。

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