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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第二章 時神の裁可
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 運転席から身を乗り出して叫ぶ雄輝の姿を捉え、俺は一瞬だけ本気で頭が真っ白になる。目の前にあるパトカーも、その運転席に当たり前に座る男のことも、俺は何一つ理解できなかった。ただ、先を急ぐ状況で理解だ何だと言ってられず、言われるままにパトカーに乗り込んだ。俺は助手席に、カティさんとリーシャは後部座席に乗り込む形だ。

「シートベルトをしたか、零余? 飛ばすぞ」

「って待て待て。お前、運転できる年齢じゃ――」

「ハワイで親父に習ったのさ!」

「嘘つけ!!」

 ぶぅおん、と鋭い排気ガスの音を鳴らし、パトカーとは思えないほどの加速力で以って俺たちの乗る車両は動き出す。その際、バックミラーに黒いバンの姿が目に入った。窓すらもスモークで隠したそれは、どう見ても明らかに普通じゃない。あからさま過ぎるのもあるが、まず間違いなく第一警戒と思っておいた方がいいだろう。

 しかし、それよりも――

「お前、本当に運転できるんだろうな?」

 隣に座り、アクセルを踏む雄輝に声をかける。ちょうど車は東門を越えるところであり、雄輝は勢いよくハンドルを切りながら言う。

「アクセルとブレーキの違いは理解した!」

 車が東門を越えて飛び出した瞬間、何を考えたのか雄輝はブレーキを踏み込み、同時に激しくハンドルを切る。その勢いで俺たちの身体は左右に激しく揺さぶられ、その中でドリフトのように大きく曲がった車体が進行方向とは逆を行く車の通る車線に飛び出した。

 そこで雄輝はアクセルを踏み込んだ。

「待てぇごらぁぁぁぁぁぁっ!!」

 俺は全力で叫んだ。割と本気で命の危機を覚え、今まで出したことの無いような本気の叫びを上げた。だが、雄輝はそんな俺を手で制すると、キザったらしくウインクして見せ、告げる。

「グランワンリスモをクリアした僕に不可能は無い!」

「んなゲームは存在しねぇ!! っつか、クリアしても現実で通用しないだろ!?」

 ワンが別の数字なら理解もできるが、いや、無理だ。仮にクリアしててもこの状況を切り抜けられるとは思えない。

 前方から迫るいくつもの車。それが雄輝の運転するこの車を避けるように外へと逃れてくれるおかげで何とか事故せずに済んでいるが、こんな綱渡りがいつまでも続くとは思えない。はっきり言って無謀だ。現実でこんな真似をすれば、一流のレーサーだって高確率で事故するに違いない。にもかかわらず、素人同然のこの馬鹿がそれを実践する。どう考えてもあり得ない。

「おい、雄輝! さっさとあっちへ車を向かわせろ! 本気で事故るぞっ!」

「ははは! そんな高等テクニックが僕にあるとでも!?」

「ハンドル切るだけだろうが!!」

 くそ、駄目だ。この馬鹿、恐怖でトリップしてるぞ。つか、こいつ何しに来た、マジで。

 後ろを確認する。そこには、さっきも見た黒いバンが一台迫っていた。パトカーが追いかけるのではなく、パトカーが追いかけられているこの状況。違和感しかない。しかし、このまま雄輝に任せていても埒が明かない。何とかして対向車線に車を移して、それからあのバンと距離を取らなければ。

 となれば、それを任せられるのは一人しかいない。

「リーシャ、あの車を停められるか?」

「はい。でも、距離が離れすぎちゃうと効果時間がどんどん短くなっちゃいます」

「構わない。今は距離を稼ぐ方を優先する」

「分かりました――“時神の裁可(クロノス・アセント)”」

 次の瞬間、背後にあったバンが動きを停めた。今、あのバンは運転手を含めた誰も彼もを外に出さない牢獄と化したはずだ。あれなら、しばらくは時間を稼げるだろう。同時に俺は“識者の叡智(アルヴィスナハイト)”を展開し、そこに書かれた魔術情報を読み取る。そこには、“時神の裁可”の詳細な情報が書かれている。しかし、それ以外に攻撃的な魔力の流れは検出はできない。現状は安全と言ったところか。

 それにしてもリーシャのハイリヒトゥム、停まっている間は一切の干渉を受け付けないのか。となると、あの車に何らかの攻撃を加えても無意味だろうな。わざわざ逆送――もとい正走するのも危険だろうし、ここは見逃す他無いだろう。とりあえずは、奴らから距離を取る。

 それから――

「てめぇは、さっさと向こうへ移れよ!」

 ハンドルを奪い取り、前後確認だけを済ませて強引に対向車線へと車を寄せる。これでまともに走れるようになったはずだ。

 遠ざかっていくバンを見やりながら、それが動き出す前に交差点で雄輝にパトカーを右へ向かわせる。その間、雄輝も運転に慣れてきたようで、確かなハンドル捌きで右折していた。案外、ハワイで習ったとか言うのも本当なのかもしれない。さすがに某蝶ネクタイの彼を思い出さずにはいられないが、冗談のつもりでもなかったのかもな。こいつ、金持ちだし。

 追っ手の追跡を免れたことで一時的に心の余裕が出来た俺は、思い出したように雄輝に問いかける。何故、この男がここにいるのだろうか。その問いに対し、雄輝の答えは俺を驚かせるものだった。

「決まっている。ずっと僕は、君たちを監視していたんだから」

「はぁ?」

 思いがけない雄輝の言葉に眉を顰め、俺はその先を促す。ふざけた話だが、あのタイミングでこんな便利な車両を持ち出してきたんだ。何故雄輝が運転しているのかは知らないが、こいつの言うとおり監視でもしていなければあり得ない。

 しかし、このパトカーは本物なのだろうか。雄輝の財力ならいくらでも造れそうだが、ただ造るだけなら偽装。本物を本当に用意したのなら、警察って真っ黒だな、と思わないでもない。

「僕が君にリーシャと彼女を追うルプスについて話をして数時間。僕は君に言ったとおり、僕の力で出来る限りのことをしていたと言うわけだ」

 そう言えば、雄輝が俺たちのところを訪れた理由は、リーシャについて警戒を促しに来た、とだけしか聞いてなかった。本当にただそれだけを伝え、こいつは去って行ったのである。その時は、そんなものか、と思ったものだが、それだけを伝えるなら電話でも済む。口頭で話さなければならないほどに重要な話である、と言うのも理解できるが、それ以外にも意味があったんではないだろうか。

「常に君の動きを監視し、必要とあればそれを手助けしようと思ってね」

「手助け、か。直接関わるつもりならさっさと言っておけよ。その分も踏まえて作戦も練ったのに」

「言ったら、僕を信頼せずに無視するだろう。君なら」

「するな、百パー」

 しないわけがない。この馬鹿をまともに信用しろと言う方が無理だ。今回のこともそうだ。わけの分からないパトカーを持ち出してきたのはいいが、こんな代物で逃げるなんて下手をすれば自殺行為だ。万が一、警察に見つかりでもしたら、無免許運転に加えて道路交通法違反、その車体に書いた名前で官名詐称まで適用されてしまう。なんせ、デカデカと書いてるからな「POLICE」って。

 うん、やっぱこいつは馬鹿だ。こんな危険物に乗って逃亡なんてリスク増やしてるだけとしか思えない。最悪、巡回中の警察車両だと思われてくれればいいが。

「カティさん、後ろの方はどう?」

「さっきのバンはいないみたい。それよりも柊くん、ちょっといい。そこにいるのがもしかして?」

 雄輝を指差し、窺うようにカティさんが尋ねる。それを受け、俺が答えるより先に雄輝が自己紹介をした。

「初めまして、カティ。僕は天上寺雄輝。天上寺グループの御曹司にして――」

「ただの馬鹿だ」

「そうそう、ただの馬鹿――って違う! 天上寺家切っての天才だよ、僕は」

「はぁ?」

 全く、どの口がそれを言うのか。何々家切っての天才とか、そう言うのはうちの椿のような愛らしくも力強く、優しさと内面の強さを兼ね備え、実力と実績を伴った上で多くの支持を得る者に使うべき言葉であり、ただの金持ちで人を馬鹿事に巻き込むこいつには分不相応に過ぎる。

 って言うか、どうでもいいが初対面のカティさんを呼び捨てかよ。なんか腹立つな。俺もまだ「さん」呼びなのに。けど、いきなり呼んだら気持ち悪がられないかな。考えすぎ? うーん、まぁ、雄輝は顔だけは腹立つほどイケメンだからなぁ。呼ばれても不快感は無いか。俺だって初対面の美少女から名前で呼ばれたら嫌な気はしないし。

 なんて俺が考えを巡らしている合間に、雄輝とカティさんは自己紹介を済ませてしまう。そのまま軽く会話を弾ませ始めたので、手持ち無沙汰になった俺はリーシャと目を合わせた。ちょうど俺の側の後部座席に座るリーシャは、俺の視線を受けてニコッと笑う。本当に最初の泣き顔が嘘のように笑っている。あれから数時間しか経たず、今もこうして襲撃されたと言うのに、彼女はどうしてここまで強く在れるのだろうか。それを不思議に思っていると、俺は気づいた。リーシャがワンピースの裾を無意識のうちに強く握り締めていることを。

 この子はこの子で、緊張や不安を感じているんだろう。それを押し殺し、気丈に振舞っている。今朝はずっと不安に揺れていたはずなのに、時間を置いた今はこうだ。あるいは、あの最初の頃が一番感情を表に出してくれていたのかもしれない。しかし、時間を経つごとに理性がぶり返し、不安や恐怖に耐えようとするようになった。

 その健気な様子に、俺は自然と手を伸ばし、リーシャの頭を撫でていた。割と打算的な考えもあったのかもしれない。リーシャは、よく分からないが俺に懐いている。こうしてやれば、安心してくれると、そう思ったのだ。実際、リーシャは顔を上げて俺を見つめ、また健気に笑うばかりだったが、ワンピースの裾を握る力はふっと緩まっていた。

「そうだ、椿……」

 雄輝に指示を出して車を進ませながら、俺は大事な妹のことを思い出して携帯を取り出す。あの場で置いてきてしまったが、椿は大丈夫だろうか。最悪のことがあってもすぐに大きな魔力を出せば風紀委員が飛んでくる。命の危険性は無いはずだが、やはりいささかの不安もある。

 数コールした後、聞き慣れた妹の声が通話に出る。しかし、俺が聞いたそれは、予想とは裏腹に悲壮なものだった。

『兄様、恋さんが……恋さんがッ!!』

 その常軌を逸した様子に俺は慌て、椿に落ち着くように言う。だが、電話越しの椿はそれを聞き入れたのか分からない。あの椿の異常なまでの動揺の仕方に俺自身が混乱しているほどだ。

『恋さんが血塗れで……!!』

「椿、良いか。落ち着け。慎重になれ。いいか、よく聞け。恋は、誰にやられた?」

『誰にって……兄様、そんなこと言ってる場合じゃ――!?』

「フォルセティには十分な医療設備がある! 死んでないなら大丈夫だ! それよりも、恋のその怪我を無駄にするな。いいか、椿。ちゃんと答えてくれ。恋をやったのは、どんな奴だった? どんな力を使われた?」

 くそ、何を言ってる、俺は……。

 俺には、何が起きたのかが分からない。電話越しで慌てる椿の声を聞いても、状況は明確には伝わってこないのだ。ただ、恋が何らかの大怪我に見舞われたと言うことだけは想像でき、そのために椿が焦っていると言うことも分かる。当然、椿がどんな言葉を欲しているのかも分かっている。妹はただ、俺に縋りたいのだ。予想外の事態に気が動転し、俺に安全を求めている。

 だが、今はその想いに答えてやれない。俺だって意味が分からないのだ。恋は――恋だけは、絶対にやられないと思っていた。俺たちの中でも最強と言っていいあいつがそう簡単にやられるはずがない。

 何があった。どんな力を使われた。それが欲しい。それが分からなければ、俺たちは当てのない袋小路に迷い込むことにもなりかねない。

『どんな力かは……分かりません。ただ、恋さんは……ルプスの一人らしき人を、倒して。それから……!』

「それから、何だ?」

 ルプスの一人を倒した? となると、残りは三人。予想以上に順調に数を減らしている。この人数なら、(かね)てより計画していたことを実行できるだろう。

 そんな風にして冷静に頭を巡らせる中、椿は震える声でこう告げた。

『鬼と……戦ったんです』

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