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大慌てでパンツとズボンを履き、気まずそうにしている少女たちを一瞥して、サッと顔を覆ってしまう。さめざめと泣き出したようなその反応にアルを除いた全員が居た堪れなくなり、一方で自分たちも被害者ではないのかと言う疑問を感じる頃、それは訪れた。
真っ先に気づいたのは、その気配を常に追っていた椿だった。それが極端に自分たちに近づいてくることを察知し、その場の誰よりも素早く動き出し、最も信頼できる人間に叫ぶ。
「兄様、来ます!!」
その瞬間、ベルトの付け間違いを密かに修正していた零余は立ち上がり、すぐさま事の詳細を問い質す。
「方向と位置、時間は!?」
「入り口方向とベランダ側。入り口方向はすぐ! ベランダの方は着地まで三、二、一――」
「全員、構えろッ!!」
「――来ます!」
次の瞬間、リビングから覗く椿の部屋の奥。窓ガラスで仕切られたそのベランダに、一人の男が着地した。その衝撃音が窓ガラスを通して伝わるのに遅れ、玄関方向からも似たような大音が鳴り響く。それが玄関扉の破壊音だと気づくよりも先に、放り投げられたそれがリビングへと転がり込んできた。
円筒形の小さな黒い何か。それは取っ手を引くような形をしており、真っ直ぐにリビングの中央付近で動きを止める。
それを見て、零余の頭の中に閃くものがあった。実際に直接目で見て知っているわけではない。だが、このあからさまな形と使用方法は、あれしかない。
(フラッシュグレネードッ!?)
零余のその予想は、少しだけ間違っていた。襲撃者が使ったのは、暴徒鎮圧用にも用いられる催涙弾だ。それは瞬く間に煙を周囲へと撒き散らし、気化した催涙剤によって視力を著しく奪ってしまう。一度使われれば、逃げ場のないこの部屋の中では最悪の代物だった。
だが、零余はある程度、こうした対応も予想していた。そのための椿であり、リーシャである。
今回、真っ先にこの事態に対処したのは、零余の前では怯え続けていたリーシャであった。彼女は、人が変わったように素早く一歩前に飛び出し、手にした懐中時計の力を解放させる。
「“時神の裁可”――!」
言うが否や催涙弾がその動きを止め、ただの黒い塊へと変わる。それを素早く零余は拾い上げると、迷いなく玄関の方へ投げ込んだ。それに続く形でリーシャが懐中時計の針を強引に進ませることで力を解除する。
零余の放ったそれは、玄関で様子を窺っていた黒い特殊な防護服に身を包んだ男の顔面横を捉え、そこで一気に開放される。瞬く間に煙を浴びた男がもがき苦しむ中、地を蹴って恋がその男へと踊りかかった。『空』の特性による風の操作で男の周囲に漂っていた煙を吹き払うと、視界を奪われた男の懐に潜り込み、その腕を取る。そのまま、一瞬にして背後へと回りこむと、男の片足を崩し、覆いかぶさるよう全体重をかけて地面へと叩きつけた。さらに腕をしっかりと捻り、片膝を背中に押し当てて動きを封じてみせる。
「レイ、行けッ!」
「分かった! リーシャ、カティさん、来いッ!」
「は、はい!」
「私は――」
「――行かせるかよッ!」
その一連の状況の中、ようやくベランダへと降りた男が動き出す。仲間がやられる一連の状況を見守るとはずいぶんと悠長ではあるが、それも致し方ないだろう。狩る側の人間だと思っていた男からすれば、仲間と立てた作戦をあっさりと利用された上でその仲間の一人を打ち倒されたのだ。何が起こったのか、おそらくはまだ正確には理解が追い付いていないはずである。しかし、それでも窓ガラスをぶち破り、目的を果たすために突撃する。その手には、すでにハンマーのようなシュトラーフェが握られていた。
「カティさん、早く来い!」
「でも、椿が――」
カティは、一人リビングで立つ椿に目をやり、その瞳に背筋を凍りつかせた。その目は、土足で自身のベッドに上がり、そのままカーペットを汚して突き進む男の姿を捉えている。その様を見て、何となくだがカティは察してしまった。
ああ、この男の人は駄目だな、と。
何故か敵に同情してしまうと言う奇妙な感覚の中、カティは零余に言われるままにその後を追いかける。
「はぁ……」
玄関に向かって去っていく三人を見つめ、自分よりもカティを選んだ兄に少し憤慨し、椿は嘆息する。確かに、この状況下ではその選択が最適だ。最も強力な恋が逃げる道を作り、最も強固な壁を築ける椿が追いかける男を足止めする。リーシャを護衛するのは、あらゆる魔術を看破する零余と、圧巻の力で敵を寄せ付けないカティ。これほど最適解の布陣もないだろう。そこら辺は、さすがは兄と言ったところだ。しかし、それでも選ばれなかったと言う思いは一抹の寂しさを覚えてしまう。
そうして視線を転じた先には、自身の部屋を土足で荒らす男がいるわけだ。
(飛んで火にいる夏の虫……は少し違うとは思いますが)
憂さ晴らしにはちょうどいい。
溜まり続けていた鬱憤を晴らすべく、椿は自身のシュトラーフェ、ミュールを展開する。彼女の前に現れた不可視の壁は、男にその存在を感知させることなくそこに在り、一直線に突っ込んできた男はそこへ激突した。その身体が弾かれたように後ろへ倒れこみ、驚きの表情で椿を見る。その男が見たのは、般若の表情へと変わっていく少女の姿だった。
「正直、攻撃はあまり得意ではないですけど」
倒れこむ男に向け、解かれたミュールを越えて放たれた風の弾丸が激突し、その身体をベランダへ叩き込む。攻撃はそこで終わらず、男の身体がまるでベランダへ縛り付けられたように動かなくなった。いや、実際に両手の四肢や身体自体は動くのだが、壁に塞き止められたように一歩も前に動けず、立ち上がることもできない。そこに向けて、さらに風の弾丸が放たれる。今度のそれは、男そのものではなく、その手前にあるベランダの地面をちょうど歪な半円を描いて穿つように狙ったものだ。それを撃ち込まれた瞬間、元からあった男の自重によってベランダが崩れ、ミュールに捕らわれたままの男が階下のベランダへ向けて落下した。
その時、男――平川は先の椿の言葉を反芻し、思った。
(攻撃が苦手とか絶対嘘だ……)
そんな敵の切実な文句など知る由もなく、椿は落ちていった男にさらなる追撃としてベランダ全体に風の弾丸を撃ち込み、崩壊させる。階下に誰かいれば問題だろうが、そこは椿の探知能力で確認済みだ。
崩れ去るベランダを見ながら、椿は戦いの終わりを確認するまでもなく知っていた。何故なら、階下に落ちた男は、未だミュールに捕らわれ、動けずにいるのだ。そこへ崩れたベランダの瓦礫が降り注ぎ、そのタイミングでミュールを解けばどうなるか。瓦礫に埋もれてしばらくは動けないだろう事は間違いない。
直後、聞こえてきたのは、男の野太い悲鳴であった。
(でも私、ここで頑張っても兄様に活躍を見てもらえないんですよね)
耳を打つ不愉快な悲鳴は聞かなかったことにし、そう椿は思い直すと、少し気落ちした様子で玄関の方へと向かう。そこには、もう一人の襲撃者である根岸を押さえ込む恋がいる。彼女は、椿に目配せすると、サッと根岸から距離を取った。その意図を察し、椿はミュールを展開する。そこへ立ち上がろうとした根岸が思いっきり頭をミュールの壁へぶつけ、その一撃で昏倒してしまった。よほど当たり所が悪かったのだろう。
ぐったりと倒れる根岸を一瞥し、恋は椿に告げる。
「それじゃ、椿。後は任せた」
「え? ちょ、恋さん? わ、私は――――え?」
咄嗟に抗議の声を上げるも間に合わず、恋は三階から塀を越えて飛び降りる。その迷い無い動きに呆気に取られながら、椿は気絶した根岸と荒れた家を見比べ、再度呆けたような声を上げた。
「…………え?」
遠くのどこかで警報が鳴り響いていた。
椿が本気で攻撃したのは、今回が初めてですね。
守りの印象が強かったんではないでしょうか?




