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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第二章 時神の裁可
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「何、今の声」

 全ての窓に黒いスモークフィルムを貼り付けたバンの中、不意に聞こえてきた声に少女は顔を上げる。しかし、悲鳴は一瞬のことであり、特に継続することもなければ、これと言って何か物音のようなものがするわけでもなかったため、彼女は興味を失ったように視線を元に戻した。その拍子に一本に纏めた栗色の髪が揺れる。

 その少女は、日本人とは異なる容姿をしている。目鼻立ちの高さもそうだが、瞳は淡い蒼に輝き、唇は自然体でも仄かな薄紅色をしている。スラリとした肢体はスレンダーであり、身長は百六十六ほど。身に纏った特殊なライダースーツのような防護服から分かる手足は、女性の羨望となるほどには細い。そうでありながらも決して華奢な印象を与えないのは、彼女の持つ釣り上がりがちな目が気の強そうな印象を与えるからだろう。

 少女は、その目で眼前にあるパソコンに映った周囲一帯の詳細な地図を確認し、そこに映る淡い点に目を向ける。かれこれ数時間ほど、この点は動かない。少しは行動でもすれば彼女たちもいつまでもこんなところで待ちぼうけを食う必要も無いのだが、その点は頑として動くことは無かった。

 少女の目が、転じてがらんと中身のほとんどが排された車内の隅に座る一人の少年の方を向く。彼は、腕を組んで目を閉じ、ぐっすりと眠りの世界に入っていた。そんな少年に呆れながら、しかしどこか嬉しそうに少女はパソコンから目を離すと、少年に近づき、その肩を揺すって声をかける。

「リアム、リアムったら。もう、いくら暇だからって寝たら駄目だよ」

 優しげな声音でそう名前を呼ぶと、リアムと呼ばれた少年が目を開いた。その碧眼で少女の姿を捉え、何故か少女の頭に手を乗せると、ゆっくりと撫で始める。

「よしよし、セリアは良い子だね」

 その言葉にセリアと呼ばれた少女の頬が緩み、頭に触れる感触にぼーっとされるがままになる。しかし、しばらくして、はっと気づいたように目をキリッと元に戻すと、寝ぼけるリアムを再びに起こしにかかる。だが、リアムの方も相当な熟睡の中にあるのか、いくらセリアが身体を揺すっても起きるようには見受けられない。

 その様子を見て、はぁ、とセリアはため息を一つ吐くと、リアムの頭頂部に手刀を振り下ろした。ガスッ、と重たい音が響き、ようやくリアムが目を覚ます。そのまま前に垂れてきた鳥の子色の長い前髪を払い、眠そうに文句を口にした。

「痛いよ、セリア」

「リアムが悪い。今、私たちは何をしてるの? 言ってみて」

「お昼寝――ご、ごめんごめん、冗談だから。分かってるよ、任務中だよね」

 冗談を言いかけたところでセリアの手が再び手刀の形を作り、リアムは慌てて訂正する。そうしていると、運転席の方から豪快な声が飛んできた。

「はっは、相変わらずだなぁ、隊長は」

 運転席に座るのは、二十代前半ほどの大男である。筋肉質な身体に律儀にシートベルトを付けた姿は、ある種滑稽ですらあるが、そのシートベルトがはち切れんばかりの様は、笑いを越えてもはやシュールなものであった。

「ヴァン、何で運転してもいないのにシートベルトをしているのさ」

 ヴァンと呼ばれる大男は、その指摘を受けて思い出したようにシートベルトを見つめ、それから大声で笑う。自分がシートベルトを外し忘れていること自体を忘れていたらしい。そもそも彼らの立場から考えれば、シートベルトなど無い方が良いのだが――ヴァンと言う男は万が一の事態でもシートベルトを引き千切って外に出そうである。

 ここにいるのは、その三人ともが異国の血を引いた者たちだった。セリアとリアムはアメリカから、ヴァンは自身の出生先を知らないらしい。彼らは同じように集められたその場所で、同じように育てられた特殊な者たちであった。ゆえにその仲も比較的良く、繋がりも深い。任務中に軽口を叩き、隊長が部下に全てを任せて眠りこけられるぐらいには、彼らは互いを信頼していた。

「それでセリア。僕を起こしてどういうつもりなんだい? どうせ彼女、まだ動いていないんだろう」

 身を起こし、リアムはセリアと呼ばれた少女がずっと見続けているパソコンに目をやる。やはり、そこには見慣れた場所に点が映っているだけで、それが動き出す気配は無い。

「彼女が動いていない以上は、まだ僕たちも動けない。と言うか、外はまだ明るいしね。あんまり大々的に行動するのも隠密として逸脱しているとは思わないかい?」

「そうも言ってられないよ、リアム。あいつらが出て行ったきり帰ってこないの」

 眠気を覚ますためか窓を開けようとするリアムの頭を張り飛ばし、セリアは苛立たしげに言う。あいつら、とはリアムたちの仲間である二人の男のことだ。どちらもリアムやセリア、ヴァンと違って日本人であり、つい先日部隊に配属されてきたばかりの新人同然の隊員である。だが、新人同然であるのはあくまで部隊上での話であり、それなりの経歴を持ち合わせた、腕っ節だけならセリアなどよりはずっと上の者たちである。そのためか、配属時点で強気な言動、生意気な態度が目立ち、この部隊全体の協調性を乱していると言ってもよかった。そのためにセリアは苛立ち、今もこうして勝手な行動に走りかねない様子に憤激している。

 そんな彼女とは対照的に、隊長であるリアムは暢気なものだった。何故か備え付けてある冷蔵庫からブラックコーヒーを取り出し、プルタブを開けようとして悪戦苦闘している。それもそのはずで、彼の手には手袋が嵌められているのだ。そんな状態で開けられるはずもない。しばらく迷った末、リアムは十円を取り出すと、てこの原理で開け放ち、満足そうに中身を飲み干した。

 そんな緊張感の欠片もない隊長の姿に何度目か分からないため息を吐き出すセリアだったが、彼女はそんな自身の表情をニヤニヤとしながら見ているヴァンの存在に気づき、睨むように彼を見る。

「なに?」

「いや、旦那に苦労かけられっ放しで大変ですな。奥さん」

「な――!」

 その瞬間、分かりやすいぐらいにセリアが動揺し、頬を赤く染める。その年の頃相応の反応にヴァンが笑い、それを見たリアムが不思議そうに首を傾げた。ヴァンの言った意味が分からないのだろう。セリアとしては分かって欲しいと言う想いと分かられたく無いと言う想いが混在し、結果その微妙な感情の矛先を視線でリアムに向け、恥ずかしそうに口を噤んでしまう。

 その何とも言えない空気の中、リアムは何かを求められているように察し、しばし考えてから言い放つ。

「そうそう、実は僕たち先月結婚しましてね――ってなんでやねーん、違うわーい」

 それは、絶望的なまでに間違った解答であった。

 言ってしばらくの間を置き、ヴァンが笑いを堪えるように顔を伏せるのとほぼ同時、リアムの頭頂部に恋する乙女の正当な一撃が加えられ、返す刀でヴァンの大きな頭も同様の一撃が加えられる。その衝撃でヴァンは仰け反ってシートベルトを千切り、前方にあったハンドルの中央部と激突した。鳴り響くクラクションは、まるでリアムの解答に対する返答のようである。

「セ、セリア、乱心なのかい!?」

「うるさい! いいからさっさとこっちに来て、リアムお兄――リアムっ!」

「うぅ、僕の頭がマナリア海溝に」

 などとわけの分からない言葉を漏らしながら、リアムは言われるままにセリアの隣に並び、椅子に座る。それを確認すると、セリアは意識を身体の内側へ集中させ、そこに宿る一気に解き放った。

「タペータム」

 名を呼ばれ、それは現れる。空中に浮かんだのは、白い毛に覆われた羽ペンだった。その羽ペンは、踊るように空中をクルクルと回転すると、セリアの指示に従ってパソコンの方へペン先を向け、吸い込まれるようにその中へ消えていく。それからすぐに、画面の中で二つのマーカーが現れた。その二つのマーカーは、ちょうど最初から存在していたもののすぐ近くに現れている。画面上で分かる距離で言えば、大体十メートルちょっと言った所だろう。

「これ、彼らの?」

 それを見て、さすがのリアムも表情を変えた。目を細め、画面を指差してセリアに確認を取る。

「うん。こっちが根岸、もう一つが平川」

 根岸、平川と呼ばれたマーカーは、そのどちらも異なる形をしていた。色はそれぞれ黒と灰色であり、大きさも最初のそれに比べると幾分小さい。それがじわりじわりと移動していくにつれ、どんどんリアムの表情が険しくなっていく。

「どうする?」

 セリアの問いに、リアムは脇に置いてあったマイクとヘッドフォンを装着すると、マイクをオンにして話し始めた。それは、部隊全員に届くようにしているものである。ここにいるセリアやヴァン他、事前にリアムの指示によって外に展開している二人と、勝手な行動をしている根岸と平川の全員だ。

 そんなリアムの様子を確認し、セリアはパソコンの図をさらに拡大して詳細なものへと移し変えると、このバンの外にある建物の見取り図を並べ、その内装も表示する。そこから二つのマーカーの動きを確認し、その行動を予想していく。

 二つの内、どうやら一つは屋上にいるのが分かる。今までセリアは俯瞰図で地図を眺めていたが、三次元的な地図に切り替えてマーカーを移すと、根岸の方が目標の階と同じであり、平川の方が屋上階にいるのが見えた。根岸の方は、目標の部屋近辺で動きを止め、平川は屋上から徐々に移動を始めている。その移動先には、ちょうど目標のいる部屋のベランダがあった。

「L6、L7。何してる? 何? ちょっと待って。勝手な真似は――あらら、切れちゃった」

「って、リアム! 切れちゃったじゃないよ! あの二人、明らかに襲撃しようとしてるんだけど!?」

「うーん、でも今から止めに言っても遅いよね。はぁ~、ああ言う問題児君たちには困った困った。僕は昼寝するから、結果が出たら教えて」

「リ・ア・ム? 寝ている場合じゃないよね?」

 床に腰を落として瞼を閉じかけたリアムの額を鷲掴みにし、セリアが目を血走らせてそう告げる。その女の子としてはあるまじき表情にリアムも思わずこくこくと頷くと、急いで立ち上がり、再びマイクに語り掛けだした。しかし、答えは返ってこない。すでにマイクの電源は切られている。

 リアムは、無駄だと知りながらマイクに声をかけつつ、あの二人の言っていた言葉を思い出していた。

(待ってる意味がない、か……)

 そう言って、あの二人は勝手に外に出て行った。どうやらリアムの指示は上手く伝わらなかったらしい。彼はただ、相手の能力を鑑みて今は行動するな、と厳命しただけだと言うのに。もちろん、自分の説明不足はリアムも理解している。その上で彼はあの二人に何も言わず、勝手な行動に走らせたのだ。

(どうせ命令を聞かないような人たちは、いずれぼろを出す。重要な局面でいられちゃ困るからね)

 ちらりと焦っているセリアを見る。慌てふためく彼女には悪いが、一連の事態はリアムの想定通りだ。これでいずれにしろ、あの部屋で篭城を決め込む彼女たちは、動き出さずにはいられなくなる。そのこと自体は、リアムとしては不本意な感は否めない。夜まで待つことが出来れば、おそらくは悠々と捕まえることも出来ただろう。

 だが、あの二人が何をどうしても待てないことは分かっていた。そもそも、あの二人は配属されたばかりでリアムたちに対する信頼も薄く、また軍役経験者とは思えないほどに上官に対する態度が悪い。リアムの年齢が二人よりも下だったこともその理由の一端だろうが、ああ言うタイプは自身の力にだけ固執し、チームの和を乱す典型だ。であれば、早々に舞台から退場してもらうに限る。どうせ、どうあってもリアムたちに不利になることは無いのだから。

(とは言え、これは僕が彼女の救いを求めた誰かを勝手に評価しているだけ何だけど)

 リアムたちが待ちぼうけを食っている間、彼らの目標が逃げ込んだ家、そこにいる家主の情報はある程度調べていた。特にこれと言って重要な情報は得られなかったが、同時にその上で疑問を感じたこともある。

 何故、リアムたちにそんな暢気なことをしている時間があったのか。

 普通、追いかけられていると分かっている彼女が家にいて、その場所に留まることを選択するだろうか。一般人の思考であれば、場所を帰るか、あるいは襲撃されにくい人混みへ回ると言う選択を取るだろう。だが、彼らはあそこに留まり、一歩も外に出てこなかった。来訪者が二人ほど現れたようだが、それ以降も静かなものだ。その来訪者二人も外に出ることは無く、家で待機している。

 何かあるのだ。これに疑問を抱かないでいるには、生憎リアムは警戒心が強過ぎた。ここで踏み込んだとして、リアムには目標を取り逃がす自信がある。

(それに彼女の力を思えば、大勢で向かってもまるで意味が無いしね)

 ゆえに今は、時間をかけて篭城戦に付き合っていたのだが、それももう終わりだろう。根岸と平川の行動がその沈黙を破り、状況は動き出すはずだ。

 そんな中で気になるのは、やはりこの状況を作っている某かの存在だ。彼女の救いを求めた内の誰か。その中に、逃げることよりも家で留まることを選択し、脅威に備えた者がいる。もし逃げる方を考えもせずに選択してくれていれば、リアムは簡単に彼女らを捕らえることが出来た。リアムにとっても未知数の敵の数を確認し、その上で最適な行動に走ることが出来たのだ。

 だが、この状況下で逃げ出すことは、また意味合いが異なってくる。仮に根岸や平川たちが彼女を抑えられればいいが、万が一逃げ出された場合、リアムたちの残る隊員は五人。リアムとセリアはここで指示を出さなければいけず、ヴァンは追跡用の運転手であるため、実質的に動けるのは二人だ。これでは、捕り物を演じるには心許ない。

(襲撃をかけるには、あの部屋の間取りは悪すぎるんだ。入り口から一直線の道なりになっているから、不意打ちを仕掛けたつもりが逆襲に遭いかねない。ベランダから挟撃してもそれは同じ。事前に準備して、失敗を前提で行動すれば立て直しも早められるけど……彼らに期待するのは無理か。それに彼女の助けを求めた人間の一人の力を思えば、きっと彼らは失敗するだろうしね)

 夜まで待っていれば、早朝より少し早い時間帯にわざと襲撃させ、逃げ道を限定した上で疲労している獲物の捕獲に走ることも出来たのだ。襲撃に備えると言うことは、極度の緊張と疲労の中にいると言うことであり、一介の学生や訓練を受けているとはいえ、実質的に追われる立場にある彼女がまともでいられるはずもない。そんな時に襲われればどうなるか。適切な判断も下せないのは明らかである。弱った獲物を捕らえるのは狩りの基本だ。リアムの当初のプランも同じくそれだった。

 だが、仕方が無い。一先ずあの二人には退場してもらい、彼ら五人による作戦行動を取ろう。

(なに、今までとなんら変わらない。僕らは昔から五人一組。五人でルプスだ)

 大音が響き渡る。窓から見上げた先にある建物で、何かが始まろうとしていた。

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