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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第二章 時神の裁可
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 その瞬間、場の空気が凍り付いた。いや、事情を知っている俺と椿、アルを除いた二人が、目を見開き、動きを止めた。それから首を傾げ、お互いに目を見合わせ、いやいや、と言うように手を振り、また目を見合わせる。その一連の動作がまるでこちらの話を信じていないと言うか信じきれていないのは明らかである。

「ちょっと、柊くん。冗談を言ってる場合じゃないのよ?」

「冗談じゃないから」

「おいおい、レイ。そんな力あるのに、レイがリーシャ連れて女子のスカート覗きに行かないはずないだろ」

「お前は俺を何だと思ってる」

 ちょっと考えたけど。さすがにリーシャにそんなことを頼めないし、そんな場合でもないし。それに時を停めればスカートどころか……いや、駄目だ駄目だ。邪な妄想はアルに筒抜けに――

「マスターは、時を停めて女性の胸を揉みしだきたいのですか?」

「アルさん!? ちょっとお口にチャックしましょうねぇ!!」

「んぐ……っ」

 不用意な発言を漏らしたアルの口を塞ぐも、気づいた様子の人間はいない。恋もカティさんもリーシャのハイリヒトゥムの能力に驚いているみたいだし、リーシャはそもそも自分が注目されている状況で落ち着かない様子だ。よし、大丈夫。

「兄様、女性の胸は赤ちゃんにのみ機能するものですよ?」

「あ、はい……妹様(いもさま)

 いたよ、一人。こっちに向かって般若の笑顔とか言うわけの分からない言い回しで無いと表現できない表情を浮かべた内の妹様が。

 何か弁明しようと迷っていると、不意に恋がこんな話を切り出した。

「じゃあさ、実際に使ってもらえばいいじゃん」

「は? 使うって、ハイリヒトゥムを?」

「そっ。時を停められるってことは、その間にリーシャは瞬間的に移動したように見えたりするんだろ?」

 なるほど、それも一理ある。それにリーシャの持つ力は聞き及んでいるが、それがどれほどのものかはまだ見ていなかった。だが、問題も当然ある。

「けど、世界全体を停めるような力って、かなりの魔力が要るだろ? そう言うことすると風紀委員を呼びかねないぞ」

 ハイリヒトゥムで思い返すのは、やはり“爆轟の奏歌(アオス・ブルフ)”が巻き起こしたあの力だろう。約百メートル以上の範囲を破壊しつくしたあの圧巻の力、そしてそれを振るう膨大な魔力。そんなものと同等の力がここを中心に流れれば、どう考えても警備システムの一定ラインに抵触する。今、余計な他者の介入は避けたいところだった。

 しかし、俺の懸念に対し、リーシャは言う。

「わたしの力は、ある程度制御すれば、人一人だけに作用させることもできますよ?」

「一人だけ?」

「はい、お兄さん。元々、わたしは複数の対象を選択して同時に停められるように訓練されていたんです。その……色々と、便利だからって」

 尻すぼみするようなリーシャの言葉に、俺は痛ましさと同時に納得も出来てしまう。限定的な対象を停めてしまう力、そんなものが自由自在に使えれば、リーシャの弱点を補う誰かと組んだ上で、その力に干渉することなく、求める結果を得られてしまう。そんな力が特殊部隊にあれば、殺しも何も思いのままだ。

 しかし、雄輝やリーシャの話では、彼女はまだ訓練途中だったはずだ。本当に人一人に限定して作用させられるのだろうか。俺がそう問いかけると、リーシャは力強く頷いた。

「はい、人一人なら何とか。停めていられる時間も一分ぐらいは大丈夫なんです」

 どこか誇らしげに言い、褒めてとばかりにリーシャは上目遣いで俺を見てくる。自分の力が原因で悲惨な運命にあるにもかかわらず、その力に対する忌避感は持っていないらしい。その事に、二つの意味で俺は安堵する。

 一つは、そうした力がリーシャにとって重たい荷物となり得なかったこと。兄を傷つけ、ずっと後悔を続けてきたカティさんのように、大き過ぎる力を(いと)う者もいるのだ。

 もう一つは、リーシャの力がこれから絶対的に必要になるからだ。助けると言っておいてなんだが、リーシャには幾度も力を使ってもらわなければならない場面が出てくるだろう。その時、力を使うのを拒まれたらどうにもならない。

 その二つの意味で安心し、俺は思いがけず頭を差し出してくるリーシャのそれを撫でてあげる。すると、彼女はくすぐったそうに身を捩った。

 そんな俺に集まる怜悧な視線。椿、アル、カティさんの三者は、その瞳の内にロリコンを映していた。俺でないと信じたい。一方、転じて恋はと言えば、至極どうでも良さそうである。

「それじゃ、リーシャに今から誰か停めてもらうか。誰にする?」

「兄様です」

「マスター」

「レイだろ」

「柊くんね」

「お、お兄さんが、いいです」

 うん、待とうか。ちょっと落ち着こうか。

「ふぅ……」

 俺は息を吐き出す。まずいまずい、ちょっと気を逸りすぎたか。きっと俺はまだ何も言ってなかったんだ。そしてそれに対する返答が幻聴のように聞こえてきたんだ。よし、じゃあもう一度――

「レイも文句ねーみたいだし、それじゃリーシャ。頼む」

「はい、それでは」

「待って!! ちょっと待って! おかしくない? 何で俺なんだよ!?」

 今にもハイリヒトゥムを顕現しようとするリーシャを押し止め、俺は抗議する。だって、そうだろ。折角、この見目麗しい女衆の誰かの時を停められるんだぞ? 一分間は何をしても許される空白の時が生まれるんだぞ? そこを何で俺? 男の俺なんて停めたって何も楽しくない!

 と言うような内心の思いは当然口には出せず、俺は思考を変えてそれ相応の文句と真っ当な矛先を示す。

「ここは俺以外の誰かにすべきだ。万が一、こんなことをしている時に襲撃者が来たら、俺の“識者の叡智(アルヴィスナハイト)”ですぐにでも相手の力を調べなくちゃいけないからな。その点で椿も却下だな。ミュールの防御は不可欠だ。そうなると、アルも俺と同じ理由で駄目。リーシャはそもそも術者だから、あ! 恋とカティさんしかいないなぁ! ごめんな、嫌な役回りを押しつけ――」

「リーシャ、準備いいか?」

「はい、だいじょ――」

「人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 ぜぇぜぇと息を荒げ、俺は全力でリーシャを阻止する。こんな面白おかしい展開を他人に譲るなど信じられない。だって、俺が知らない間に他の皆は俺を見ているわけだろう。駄目だ駄目だ。他一名以外は特に問題ないが、ある一名だけは絶対に駄目だ。何をされるかわからない。

 その一名、恋が俺を見て呆れたように嘆息する。何だその顔。

「ったく、何をさっきから騒いでんだよ、レイ。ちょっと停まるだけだろ?」

「宿泊するみたいに言ってんじゃねぇーよ。お前、俺に何する気だ?」

 ビシビシと視線をぶつけ合う俺と恋。互いに互いの思惑を看破し、それを封じつつ自身の欲も満たそうと画策する。俺はこの中の恋も含めた誰か一人の時を停めて、気づかれないようにこっそりと悪戯する。恋は俺の時を停めて、たぶん同じく悪戯をしてくるに違いない。

 互いに牽制し合い、俺たちが睨み合っていると、不意に可愛らしい声が俺の耳を打った。

「“時神の裁可(クロノス・アセント)”――お兄さんの時を停めてください」

 は!? な、何が、起こった?

 唐突に目の前の光景が切り替わり、何故か眼前に身を乗り出すようにこちらを向く皆の姿がある。しかし、俺と目が合うと、彼女たちは一様に顔を逸らした。しかも何故かそれぞれ頬が赤く染まっている。そんな中、アルだけが俺の一番近くで視線をジッとある一点に注ぎ、ポツリと呟く。

「マスター、私は小さくても大丈夫だと進言しておきます」

「小さいって何が――――――――――」

 アルの視線を追って俺は下を向き、その瞬間、本当に時が停まった。声にならない悲鳴が脳内で響き渡り、何も言えないままにしばらく凍りつく。

 女の子たちが顔を逸らし、頬を染めていた意味。あの恋までも気まずそうにしていた理由。

 俺の下げた視線には、何故か下ろされた学生服のズボンとトランクスがあり、それに隠されていたはずの、ある地域にはご神体にもなり、外国人にはその異様な神体を担いだ祭りで話題となっているアレが露になっていた。

 その瞬間、俺は生まれて始めて女の子の悲鳴を上げた。

少し下品でしょうか?

気にしないでいただけると助かります。

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