③
その手を強く取り、俺は固く誓う。この子を守ろう。何があっても救ってみせよう。どんな敵が来ようと、俺の持てる全てで以って対処する。
しかし、そのためにもリーシャには涙を拭い、しっかりと前を向いてもらう必要がある。とりあえず、現状、最も優先すべきは情報の収集と共有だ。さっきは話を端的に纏めたために色々と省いたこともあったが、雄輝は思いのほかたくさんの情報を落としていってくれた。そのいくつかを纏め、互いに共有しておくべきだろう。
リーシャが泣き止んだ頃になって、俺は再び話し始める。まず、最も共有しておかなければならない情報が一つ。
敵は何か、である。
「天上寺グループじゃないの?」
「もちろんそうだけど、天上寺グループ総体じゃなくて……そうだな、言ってしまえば二分化した上での黒い方」
「黒い方?」
少し回りくどい表現をし過ぎただろうか。答えの思い浮かばないカティさんの表情を見て、俺は遠回りするような言い方は止める。さっさと直接的な言い方に切り替えた方が早い。
しかし、俺が答えを返すより先に、恋が投げ遣りな口調で正答を言い当てた。
「天上寺グループの私設部隊ってやつだろ?」
「それって、リーシャが訓練されてたって言う……」
カティさんの目が確認を取るようにリーシャに向く。その視線を受け、リーシャは首を縦に振ると、少しだけ話し出した。
「わたしはまだ訓練生でしたけど……その、何人か実力のある人たちは部隊に選ばれるみたいで。色んな任務に就かされるって聞きました」
実力のある人たち、と言う言葉がどの程度のものを指すのか分からない。だが、それらは徹底的な訓練を受けた上での評価だ。敵が生半可な者たちでないことは容易に想像できた。それにもう一つ、やり辛さも感じてしまう。彼ら彼女らはおそらく、リーシャと同じ境遇の者たちなのだ。
迷いそうになる考えを捨て、俺はリーシャだけを視線に置く。そうすれば、余計な考えは忽ちのうちに消えてなくなった。守りたい者を見失うわけにはいかない。
「相手は、そんな部隊の中でも特に少数精鋭と言われる七人組らしい。部隊名はルプス」
「ルプス……その部隊の人たちは、どんな能力を持っているの?」
カティさんの問いに、俺は一つ頷くと、雄輝が知り得た部隊員の情報を話す。
「雄輝が言っていたのは部隊員の名前とその中で一人だけ、探知の力を持つクラティアがいるってこと」
その言葉に恋とカティさんは分かり易く動揺し、それは行動にまで現れていた。恋が目を出入り口方向に走らせ、カティさんも気配を探るようにしている。俺の情報を聞いただけで一瞬にして警戒心が最大値に到達したな。今の二人なら、仮に玄関扉越しに誰かがいてもすぐに気づくことが出来るだろう。しかし、現状はまるで不必要な警戒である。この家には、魔力察知に適した椿がいるのだ。妹は、エレベーターがこの階に人を乗せたことすら看破するだろう。
「おいおい、レイ。もしそうなら、こんなところでジッとしてていいのかよ?」
恋の疑問も当然だ。恋が言いたいのは、『さっさと探知能力がかからないほど遠くへ逃げた方がいいんじゃねーの?』と言ったところだろう。そう真っ先に考えてしまうのは当然ではあるが、この探知能力者の前ではあまり有効的ではない。何故なら、この探知能力者の有効半径は、軽く国を跨ぐ程度の範囲を誇るのだから。
「探知能力を持つクラティアの名前は、セリア。その詳細は、特定の魔力の追跡らしい。俺もさっさと逃げたいところだが、国一つ飛び越せるほどの範囲を持つらしいからな。八方塞だ、今は」
恋が息を呑むのが伝わってくる。その反応は至極真っ当なもので、特に恋のようなこうした事態に関わることの多い人間が驚くと言うことは、その探知能力者の力の大きさを如実に表している。
探知能力を持つ者は結構いる。椿もまた、そうした力の使い手だ。だが、特定の誰かを指定し、それを一国分の距離を越えて追いかけられる人間はほとんどいない。精々、県を跨げればいいと言ったところだろう。なるほど、才ある者たちを集め、その特定の能力を引き出す。天上寺グループとやらは、余程特殊な人間がお好みらしい。
「今は、ってどういうこと?」
俺の言葉に何かを感じ取ったらしいカティさんが良い質問をする。
「おかしいと思わないか。どうして、俺たちがまだここにいられるのか」
言って、俺は時計を指差した。時刻は五時を回り、もうそろそろ六時に指しかかろうと言う頃である。俺がリーシャと出会ってすでに九時間以上、リーシャが施設を抜け出したのが日の出前らしいから、その脱走からおよそ十二時間以上が経っている。それほどの間、どうしてリーシャが逃げ延び続けられているのか。
そこには、リーシャのある特殊な才能と、敵の動員した部隊の特徴が関係している。
「敵は、襲ってきてないの?」
「一応、警戒はしているけどな。襲ってきたのは、恋とカティさんくらいだ」
彼女たちが俺の家に襲撃を仕掛けたとき、俺は相応の警戒態勢で臨んでいた。襲ってくると言う可能性が少なからずある以上、この家の特徴を利用し、使っていない空き部屋に俺たちは隠れ、ベランダ方向の椿の部屋にリーシャを一人隠れさせた上で、そこへ誘い込むようにいくつかの罠を仕掛けた。一つは、椿の部屋にベランダがあること、つまり逃走用の経路となり得ること。もう一つは、椿の部屋の扉を少しだけ開けておいたこと。それに加えてあえてリビングの電気を切ると言うフェイクまで使い、敵だと思っていた二人の背中を取ったのだが、さすは恋と言うべきか、見事にこちらの策を見抜いたらしい。家に入ってきた段階で電気を消すことによって相手の警戒を誘う。当然、慎重になった相手はゆっくりとリビングに進んでくるようになる。俺たちは、冷めていない紅茶を配置することで未だ近くにいたことを伝え、そのまま椿と対向にある部屋に身を潜めつつ、椿の部屋は少しだけ開いて残しておく。同時にリーシャを配置することで敵を誘い、俺たちは侵入者が背中を見せる一瞬を待つ。端から魔力探知されている以上、遠くに逃げることに意味はなく、であればここで相手の幾人かを打ち倒しておこうと考えた結果だ。
しかし、まさか恋にああもあっさりと見破られるとは。
俺がその理由を尋ねると、恋はこう答えた。
「もしアタシが追っ手なら、確かに電気を消された時点で警戒して、椿の部屋の扉が開いてるのを見たら、咄嗟に逃げるための時間を稼がれたと思ったかもな。でも、アタシとカティはお前らが休んでるからこの家に寄ったんだぜ? 端からそう言う考えは無かったし、だからこそ、ドアの開き方が不自然に思えた。電気を消して急いで椿の部屋に行ったにしては、ドアがちょっとしか開いてなかったんだよ。急いで逃げたんなら大開か、あるいは閉じた勢いで閉まったままになってるはずだろ、普通。これは何か誘ってるなって思ったわけ」
なるほど、ね。これもまた、一つ勉強と言うわけだ。何せ、こう言う実戦的知識は恋の方が豊富なはずだ。戦いで芽生える心理的作用、意識の方向性。これらを正しく把握しておかなければ、相手の行動を先読みすることは難しい。俺の戦闘スタイルがそこでしか勝機を見出せない以上、こうしたときに相手が何を思い、どう判断して行動したのかを知ることは非常に参考になる。
話を戻し、俺は先の説明を続けていく、
「とまぁ、俺も椿も色々と警戒してはいたが、未だにルプスが襲ってくる気配は無い」
「でも、どうしてかしら? 魔力探知で見つけられていないって事は無いと思うし……」
「ああ、まず間違いなく居場所は知られてるだろうな。と言うか、それらしい気配を椿は感知してる」
その上で、敵は様子を見て、まだ行動に出ていないのだ。その理由は何故か。ここからは、事実に基づいた推論だ。雄輝が教えてくれたルプスのクラティアの情報は、探知能力者についてのみであるため、俺の想像上の話になってしまう。
それを恋とカティさんに踏まえてもらい、俺は自分の考えを話す。
「一つは、俺たちの力が未知数だからだと思う」
「それは確かにそうだけど……でも、柊くんと椿の二人だけなら、人数を集めて対処してきそうなものじゃない?」
カティさんの言うこともある意味で正しい。フォルセティの学生とは言え、相手は二人。仮に力が分からなくても十分に勝算を持って臨んで来るのは間違いない。だが、奴らは来なかった。少なくともその結果、恋やカティさんと言う不測の来訪者まで招いてもなお、襲撃には出てこなかった。
「もちろん、それもそうだ。だから、これは奴らが襲撃してこない理由のほんの一端でしか無い。正直、俺たちのことは警戒していないだろうな」
「じゃあ、どうしてそいつらは来ねーんだよ?」
「理由、二つ目。ここがフォルセティであると言うこと。こんなところで大々的に事件を起こしてみろ。最悪、周り全部が敵に回ることにもなり得る」
多くのクラティアが一日の多くを過ごすここでは、当然、力を暴走させたクラティアに対する警備システムも万全である。その警備システムは、クラティアが学園内で一定を超える魔力量を放出した場合、それを検知し、風紀委員会に報せると言うものである。風紀委員と言うと構内清掃だのと口うるさいイメージが沸くが、ここではその例に当てはまらない。この学園の風紀委員とは、その大半が教員である。何故なら、彼らの職務は、正当な理由を持たず力を振るうクラティアを実力で抑え込む武闘派集団を指すのだから。もちろん、中には実力を見込まれた学生もいるにはいるそうだが、そのほとんどが教員であると言うことは疑いようもない事実だ。
そんな場所でリーシャを襲うために魔力を使えばどうなるか。フォルセティの警備システムは即座に動き出し、対応を始めるだろう。ちなみに先週の事件の際、俺たちが力を解放した場所はコロッセオであったため、この警備システムには一切検知されなかったのだが、まぁ、あの空を射抜くような光の前ではあまり関係がなかったことは言うまでもない。
「けどよ、あれって一定以上の魔力量だろ? 飛行のための魔術なんかは見過ごされてるし。魔力量の少ない魔術で襲えばいいだろ」
「それが回って理由の一つ目に戻るわけだ。俺たちの力が未知数であり、万が一大きな反撃に出られた場合、それは結果として風紀委員をここへ呼び込む防犯ブザーになる。だから、迂闊に手を出せない。奴らは秘密裏に事を片付けたいはずだからな」
「ああ、なるほどね」
だが、これもあくまで推定される理由の上澄みでしかない。しっかりと根を張る大木の枝木に過ぎず、その大本の理由はここにいるリーシャにあるのだ。
「けど、一番の理由はリーシャだ。この子の存在こそが、最も奴らを手出しし難い状況にしている」
「リーシャが?」
おそらくルプスがリーシャの居場所を検知しているだろうに、俺たちを襲わず、傍観に徹している理由。その最大の要因足り得るのは、彼らに狙われているはずのリーシャ本人である。これから話すことを雄輝から聞いた時、俺はかなり驚いた。おそらく、恋もカティさんも驚愕を禁じ得ないだろう。
「リーシャは、ハイリヒトゥムの持ち主だ」
「それって、私と同じ……」
「選ばれた天才、ってわけか」
二人の驚きは、今はそれほどでもない。もちろん、多少は動揺しているが、それも大したものではないだろう。カティさん自身はハイリヒトゥムの持ち主であるし、恋はそんなことで驚くようなたまではない。俺自身、リーシャがハイリヒトゥムの持ち主と聞いた時は、奇妙な巡り会わせもあるものだとは思ったが、さして驚きはしなかった。
だが、次に雄輝に放たれた言葉は、俺をその言葉通りの意味へと誘った。
「リーシャのハイリヒトゥム、“時神の裁可”。その力は、時を停める」




