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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第二章 時神の裁可
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「リーシャは、命を狙われている」

 自宅のリビングになし崩し的に集まった二人に向かって、俺は今朝聞いたばかりの話を切り出した。それこそ、俺が長らく続けてきた回想話の核心部分であり、最も重要なところなのである。リーシャが俺に助けを求めた理由、その身にある傷、ボロボロの衣服や靴すらも履いていなかったという事実。これらは、彼女の過ごしてきた場所が大いに関係していた。

 さすがに話が大事な局面に達したとあってか、今まで至極どうでも良さそうに聞いていた恋ですらも視線を俺に向けている。話を知っている椿やアル、そもそもの当事者であるリーシャ以外の二人は、そのどちらも真剣に俺の言葉に耳を傾けていた。それを確認し、俺は雄輝が持ち込んできた話を分かりやすく纏め、話し始める。

 まず、事に大いに関わっているのは、天上寺グループと言う大企業である。戦前から戦後にかけて栄華の道を極めたこの企業は、約五十年ほど前、その営利の矛先をある特殊な技術に傾け始めた。それこそ、ちょうど発展の兆しにあった魔術と言う革新的技術である。

 その当時、旧魔法使いと現クラティアによる戦争があった。それは魔術を知らなかった者たちに多大な衝撃を与え、同時にその技術を白日の下に曝すこととなった。同時にシュトラーフの存在が一般に認知されるようになり、当然、その基となった魔術と呼ばれる技術を多くの企業や科学者は(こぞ)って学び、扱い始めたのである。この流れに乗った――いや、その前段階からすでに乗っていた企業こそ、天上寺グループだ。天上寺グループは、その組織力を駆使してシュトラーフェの開発にも大いに力を貸していたらしく、日本におけるフォルセティの開校にも多大な貢献を果たしたとか。まさに日本魔術界の古豪としての地位の獲得を、魔術の名家でも無いにもかかわらずに成し遂げたのである。それを達成した男こそ、当時の天上寺グループ総裁、雄輝の伯叔父母――つまりは、雄輝の祖父の兄に当たる人物だったわけだが、彼は早くに亡くなってしまい、その弟が天上寺グループを継ぐこととなった。この弟は、魔術に関してはさしたる興味が薄く、また利益が見込めないと判断したためか次第に天上寺グループは魔術関連の技術その他が衰退していったのだが、これを一代で立て直したのが雄輝の父親である。今ではかつての地位も取り戻し、日本魔術協会の理事会に名を連ね、魔術の復興に尽力するほどとなった。だが、雄輝が言うには、それはあくまでも表向きの姿に過ぎなかったらしい。魔術の貢献に力を添えるクリーンな企業――それは大衆向けの企業イメージであり、その裏では様々な悪事に手を染めていた。そしてそれは、今も続いている。

 あくまでこれを俺に話したのは雄輝の言葉であり、何故、自身の家系を傷付けるようなことを言うのかは分からない。ただ、雄輝の弁では、天上寺グループのある一部門は、非道な魔術研究も行っているそうだ。その研究の過程で多くのクラティアが世界各地から集められ、その力の発展及び有効利用に力を注いでいるらしい。

 人をどう集めるか、それは雄輝が具体的に説明してくれた。方法は簡単だ。金の力を使えばいい。世界中のどこでも、仮に日本であっても、金銭的に苦労している者に金をチラつかせ、実験に協力してくれれば報酬を渡すと言えばそれで事足りる。もちろん、これはあくまでも方法の一つであり、より安全確実に彼らが行っているのは、有力な奴隷の売買だそうだ。未だ、世界は貧困や飢餓で溢れている。アフリカ圏では今でも奴隷制度が看過されている地域も存在し、そうした奴隷商の中から優秀なクラティアとなるだろう素質ある子供を見繕い、購入し、日本へ送る。元々海運事業を基に発展した企業だ。積荷の一つに人の集団を入れて送るなど容易いものだろう。そうして集められた素質ある子供たちは、ある施設に連れて行かれ、実験されるか、あるいは訓練される。その中で能力の合否を判定され、万が一それが基準を満たさなかった場合――どうなるかなど想像に難くない。力の無い者は淘汰され、有益であることを証明したものだけが生き残る。

 リーシャもまた、そんな者たちの中で生き残った一人だったと言う。そんな中、彼女は研究対象と言うよりは、訓練対象として選ばれたらしい。何の訓練か、それもまた雄輝が教えてくれた。人殺しになる訓練、だそうだ。この言い方は多少語弊があり、正確を期せば、特殊部隊――戦闘技能者となる訓練である。天上寺には私設の特殊部隊となるものが存在するらしく、リーシャはその部隊員となるべく虐待同然の訓練を日常的に行われていたそうだ。

 だが、リーシャは逃げ出した。何者かが施設を襲撃し、その混乱に乗じてそこを飛び出した。その際に出会った見ず知らずの男から救い主がいることを教えられ、そこへ希望を抱いて必死に走り続け、その救い主とされる俺の下へたどり着いた。これがリーシャの体験した一連の出来事であり、聞けば目を覆いたくなるほど悲惨な話だった。

 静寂が続く。俺が話している間、誰も口を挟まなかった。あの恋ですら表情を硬くし、苛立ったように口中のキャンディーをガリガリと削っている。カティさんにいたっては痛ましげに顔を伏せ、スカートの前に下ろした右手を強く握り締めていた。俺もまた、自分で話しておきながら抑えきれない怒りを覚え、俺の腕を掴んで俯くリーシャの身体を抱き寄せてしまう。

 話している間、リーシャはずっと身体を震わせていた。こんな話、例え自分の境遇であっても、いや自分の境遇だからこそ聞きたくないだろうに、それでもリーシャは涙一つ零すことは無かった。彼女にとってこの境遇は、今さらの話でしかないのだろう。それを納得できるかどうかは別として、どこかで折り合いを付けて受け入れるしか今まで生きてこられなかったのだ。だからこそ、彼女は今のことで泣き、笑う。俺がいなくなるとまた過去に戻ることを想像して不安になり、救いを求めるように俺にしがみ付く。

「あの……」

 カティさんが何かを口に出そうとして、結局何を言えばいいのか分からないと言うように押し黙ってしまう。告げようとしたのは、リーシャへの励ましの言葉か、あるいは他の何かか。それが結果的に気休めにしかならないと分かってしまうから口を閉じてしまい、何も言えないのだ。俺もそうだから分かる。リーシャに何を言えばいい。どんな言葉をかければいい。

 何より、どの口で君を守るなどと言える?

 リーシャは、その命を狙われている。天上寺の悪行の証拠として、彼女は彼らにとって絶対に生かしてはおけない存在なのだ。そのために考えることもできないような多くの人間を束ねる連中が彼女を血眼になって探していることだろう。そんな大企業を相手にどう戦えばいい。警察を頼る? 無理だ。雄輝も言っていたが、天上寺の影響力は警察機関にも及ぶ。何しろ国益を支える一柱だ。万が一、事が露見するようなことがあり、株価が暴落してしまえば何が起こるか。その日本経済を揺るがすだろう大混乱と一人の少女の命、天秤の片方が重過ぎてもう片方の小さなリーシャが空へと舞い上がってしまうほどである。だが、重たい方は勝手に地に落ちればいい。這い上がるも上ってくるも好きにしろ。空へと舞ったリーシャは、俺が地上で迎えてやる。この力ない両手で受け止めてやる。

 絶対、この子を硬い地面に打ち付けたりしない。

 だが、その思いはあくまでも希望だ。現実問題として相手が悪すぎる。下手に希望を見せるような言葉を吐き出す勇気は、今の俺には持ちようもないものだった。

 そう、俺はそんなものを持っていない。考えは現実的だし、精神性はそこらの高校生と同じだ。漫画や小説なんかで言えば、一般人、と表されるのがお似合いの人間だろう。

 だが、彼女は違っていた。

 静寂に包まれる室内で、彼女は一人立ち上がると、リーシャの腕を取る。その震える手をしっかりと強く握り締め、何かを考えるように目を閉じ、しばらくして開いたそこには、希望よりもなお光り輝く緋色の燈火が宿っている。その特異な目の輝きにリーシャが目を奪われ、その身体が震えを止めた。そのリーシャの耳を打ったのは、この場で誰もが言い出せずにいた力強い一言だった。

「私たちが、あなたを守ってあげる」

「………………っ!!」

 その一言が、全てを終わらせた。

 俺たちの間に流れていた沈黙も、諦めかけていた絶望的な気分も、そして、俺の中にあった下らない迷いすら、一瞬のうちにどこかへと放り去ってしまった。

 俺は慌ててリーシャの肩を取り、こちらを振り向かせる。俺の目に緋色の輝きなんてなく、髪も瞳も希望とは別の暗闇を思わせる日本人特有のそれだが、そんなもので彼女と向き合うつもりはない。目を和らげ、口元に笑みを形作るだけでいい。後は、一言言うだけだ。

「リーシャ、安心しろ。何があっても守ってやる」

「お、兄……さん……。う……ぁ……っ」

 そこからは、まるでバトンリレーだ。嗚咽を漏らして泣き出しそうになったリーシャに容赦なく、次々と言葉が投げかけられる。

 椿は大言する。

「兄様の言うとおり、安心してください。私も兄様も強いですから」

 恋は胸を張る。

「ま、アタシがいれば百人力だしな」

 アルは事実を述べる。

「マスターの意思は私の意思です」

 この場の誰も、リーシャを見捨てるなんていう選択を取れるはずもない。その場の雰囲気や空気に流されている者も一人としていない。胸に燻り続けた火種に、カティさんが炎を投下してくれただけだ。そのおかげで俺たちは一斉に弾け、本音を伝えることが出来た。

 雄輝が俺の下を訪れ、去ってからずっと、この言葉を伝えきれずにいた。だが、カティさんは違った。俺があの時見た緋色は、変わらず確かな光としてそこに在る。

 ――“緋冠の煌姫(エスペラント)”。

 もし、彼女がコロッセオで二つ名を受けるほどの競技者であるなら、その緋色の輝きは、こうした名前こそ相応しい。

 俺たちが口々に言葉を発するせいでタイミングを逃したリーシャが、涙を零しながら笑って言う。

「もぅ、泣く暇も……ありません……っ」

 泣きながら、彼女は明るく笑っていた。自分の境遇を跳ね除け、前を向こうとする強い笑みだった。

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