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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第二章 時神の裁可
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 夕暮れには少し早い時間帯。晴天の空の下、学生は少しずつ精力を上げていく。人、特に学生と言うのは不思議なもので、午前から正午にかけて少しずつ一日の生気を養い、正午から午後にかけてそれをじっくりと蓄え、放課後、解放されたその瞬間にそれを爆発させる。一日のルーチンの中、自宅を除き、最も長く過ごすことの多い学校の中では息を潜めて彼らが自由を謳歌できる瞬間にこそその力を発揮するのだ。部活動に精を出す者もこれに当てはまり、例外と言えば、単に学校を好いている者か、あるいはバイトないしは習い事の類のために楽しい時間を学校でしか過ごせない者たちだけだろう。家庭の事情か、はたまた目指すべき目標のためか。彼ら彼女らのそんな青春時代の一時を食い潰すような行為は、時として理解を得られないこともある。

 それでも構わない、と思う少年がここに一人。日本人の平均を超える長身は百八十を跨ぎ、スラリと細身ながらも筋肉質な男としては理想的な体型を持つこの少年は、容姿までも整っていると言う一種の同性異性に限らず憧憬を誘うような男性像を体現している。しかし、それはあくまでも見た目の話であり、中身が伴っているかと言われれば、その限りではない。彼の友人などは頻りに馬鹿だ何だと罵るほどであり、ならば馬鹿なのか、と言われると、さほど成績は悪くないという微妙な感じである。ある種、計り知れない、と言えるのかもしれない。

 少年の名前は、天上寺雄輝。このフォルセティに入学して二ヶ月のうち、およそ二週間はすでに休んでいるという不登校児である。ただし、それは決して彼の学園へ行く姿勢に問題があるのではなく、端的に言って家の事情――細かく言えば、天上寺グループのトップである父の言に従い、その仕事を手伝っているからに他ならない。こんな高校一年の少年に務まるのか、と周囲が疑問視したのはもはや過去の話。雄輝はすでに多くの成果を残し、順当な評価の下、それなりに重要な位置に立っている。

 そんな彼が貴重な時間を割き、この学園を訪れているのには、二つの理由があった。

 一つは、柊零余の下へ訪れ、託すべき情報を届けること。これは問題なく終わり、多少のアクシデントもあったものの、概ね目的は達成できたと言えるだろう。その結果がどう転ぶかは零余次第だが、少なくとも雄輝は、あの少年に対して疑いを抱いていなかった。

 もう一つは、ある男との待ち合わせをしているからだ。

 フォルセティの本校舎屋上。時間帯もあってか人気の無いその場所で、頬を撫でる風を浴びながら、雄輝はその男を待っている。

 やがて、数分が過ぎた頃、重たい鉄扉を押し開け、その男は現れた。

 異様な出で立ちをした男である。身長は雄輝に勝るとも劣らないものだが、その身体つきは目で見て分かるほどの筋肉質であり、上は赤のTシャツと黒の革ジャン、下は濃青色のジーンズで纏めている。それだけならまだ普通なのだが、男はサングラスをかけ、髪の隙間から覗く耳には両耳で都合四つのピアスを付けている他、首からリング状のネックレスを下げ、腕には金属製のバンクルを嵌めていた。一言で言って、チャラい。見る者に忌避感を与える姿だが、本人にそれを気にするつもりはないのだろう。堂々とある姿には、他者の視線を歯牙にもかけないと言う雰囲気を醸し出している。

「よお、坊ちゃん。ちっと遅れたか?」

 気軽にそう言い、男は挨拶するように片手を挙げる。雄輝はその仕草に応じず、笑みの一つも浮かべずに目を細め、声のトーンを落として言う。

「坊ちゃんは止めてくれ」

 坊ちゃん。雄輝を正しく表した言葉ではある反面、そこに込められた侮蔑的な意味合いも考えれば、素直に受け取れようはずも無い。吐き捨てるような雄輝の言葉に男は笑い、タバコを取り出してその隣に並んだ。特に何もしない間にタバコの先から煙が上がり、男はそれを美味そうに燻らせる。

 そんな様に雄輝は呆れ、この男に何を言っても無駄なことを知っているため、希望は薄いだろうと思いつつ口にする。

「ここは禁煙だよ」

「そんな注意書きは見てねぇーな」

 当たり前だ、ここは学校だ、と続けようとして雄輝は止めた。最初の一言で止めなかった以上、もはや無駄だと判断したのだ。

 男の口先にあるタバコから立ち上る紫煙を眺め、漂ってくる臭いに思わず顔を顰めながら、雄輝はここでの目的を果たすことにする。こんなところでいつまでもこの男と駄弁っている時間は、生憎雄輝には存在しなかった。

「約束は果たした。これで彼は多少なりとも動き易くなると思う」

 男はタバコをトントンと叩き、灰を落としながら、黙って雄輝の言葉を聴いている。その目は、ある一点、このフォルセティでは学生寮のある区画の方角を向いていた。

「関係も良好。誰かに託すようなことも無いと思う。何より、彼女がそれを拒むはずだ。君、何を言ったんだい? 初対面とは思えないほどの入れ込みようだったけど」

 ふぅ、と男は煙を吐き出し、口の端を吊り上げる。サングラスに隠れて見えない目が、歪に鋭く細まったような気がし、雄輝は背筋を凍りつかせた。ただの表情の変化、それも自身に向けられたものでないにもかかわらず、傍に居るだけで強烈な悪寒を覚えてしまう。それがこの男の特徴だと分かっていても、雄輝は思わずにはいられない。

(物が違う……)

 雄輝もいくらか人を見てきたが、ただの振る舞いがまるで王の機嫌を取る従者のごとき気分にさせられる人間はこの男が初めてだ。決して(へりくだ)るわけではないが、一方で扱い方を間違えた場合の危険性も重々に推し量れてしまう。

「別に何もしてねぇよ。お姫様ってのは、王子様相手なら黙って唇差し出すもんなんだぜ?」

「あれは眠ったまま抵抗できない相手に勝手にキスをしていく間男の可能性を考慮していないじゃないか」

「あいつが間男だってか?」

 言われ、雄輝は考える。彼が王子様足りえるか、あるいはただの間男で終わってしまうのか。そんなものは、答えとしてはっきり出てくるわけも無い。全てはこれから、そして当の昔にプロローグは過ぎ去ったのだ。いもしない読者がページを捲り、魔法にかかった白雪姫は、寝ている自覚も無く、キスの果てにあるハッピーエンドを待ち侘びている。

 ふっ、と男が声を上げて笑う。それは、穏やかさとは違うものの、敵意の色は無く、好意とはまた違った何か確信を秘めた信頼によるものだった。

「あいつは本物だ。間違いねぇ。だからこそ、オレがここまで出張ってんだよ」

「本物、か」

 そうであって欲しい、と雄輝は思う。お姫様を主役にした物語なら、それを手繰る者が誰であろうとハッピーエンドは等しく訪れるべきだ。ならば、やはり彼には本物としてあってもらわねばならない。

(そうでなければ、僕の目的も果たせない)

 内心の思いを、男と同じく学生寮の方へと向け、雄輝は目を閉じる。すでに種は撒き、水も注いだ後だ。花開くまではあと少し。しかし、絶対的に太陽の光が足りていない。

「僕はこれから動くつもりだよ。君はどうする?」

「あ?」

 まだ吸いかけのタバコを握り潰し、男は地面に捨てる。グシャグシャと足の裏で踏み潰しながら、彼は考えるように言った。

「そうだな。まっ、しばらくはオレは好きにやるよ。今のあいつとは楽しめそうもねぇし、そこら辺の采配は上手くやってくれんだろ?」

「僕ではないが、彼ならやるはずだ」

「てめぇのお仲間、か」

 そんなんじゃないさ、と雄輝は口の中で呟く。吐き出されずに留まった思いは、誰にも届かずに次第に霧散し、その呟きもまた、彼の中にのみ在り続ける

 いつか、この胸の内を告げる日が来るのだろうか。

 仲間の姿を思い浮かべ、雄輝は頭を振ってそれを打ち消した。だろうか、などと希望的観測では駄目だ。必ず届けて見せる。

「僕が舞台を整える。だから、君は手筈通りに進めてくれ。頼んだよ、九鬼神功(じんぐう)

 名前を呼ばれ、男は笑う。まるでその名が冠する鬼のように口角を吊り上げ、あるいは神の様に下界を睥睨し、神功は堂々の宣言を放つ。

「待ち侘びたぜ。なぁ、天魔」

 その名は、かつてこの国を震撼させ、恐怖に陥れた一人の怪物のものに他ならなかった。

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