⑧
「その、ちょっといい?」
回想話もそろそろ佳境に入り始めた頃、クッキーを食べ切り、市販の紅茶を口に啜りながら、カティさんがそう声を上げた。
途中で話の腰を折られる形になり、俺は一旦話を止める。しかし、今の話に何か疑問を抱く部分があっただろうか。特に攻撃されるような問題行動を取った覚えもなく、むしろここからが耳を済ませて拝聴すべき部分のはずなのだが、まぁ気になるのであれば何でも言ってもらおう。
「なに、カティさん?」
「その、天上寺くん? 私、面識が無いからよく分からなくて……どんな人なの? その、柊くんに聞いた限りじゃ、馬鹿って言う表現が多すぎて」
ああ、なるほど。そう言えば、カティさんと出会ったのが一週間前。雄輝が学校を休み始めて二週間。ちょうど一週間違いで雄輝とは顔を合わせていないことになる。
「ああ、雄輝ね。とは言っても、馬鹿って表現が的確なんだよなぁ。なぁ、恋」
俺は、共に雄輝の馬鹿に困らされている一人である恋に声をかける。俺、恋、雄輝とは入学した頃からの付き合いであり、一番時間を多く過ごしている友人だ。その分、一番面倒事に引っ張り込まれている二人でもある。
紅茶を美味そうに啜っていた恋の目が細まる。今頃、あの能天気な顔でも頭の中に思い浮かべていることだろう。その恋は、カップを机に置くと、はっきりと言った。
「あいつ、死なねーかな」
「な、恋もそう言ってるだろ」
「それ以上のこと言ってるわよ……」
もちろん、恋は本気で言ってるわけじゃない。もし本当にそこまで嫌うなら一緒に行動したりはしないだろう。だが、同時にその言動と振る舞いのせいで受けた災難の数々を思えば、一概に親しい友人と言うことができない。結果、何だと言われると俺はこう言う。
馬鹿である、と。
「まぁ、馬鹿で一回は死んで欲しいって言う点を除けば……そうだなぁ。ああ、あいつ、金持ちだ」
馬鹿以外の雄輝の特筆すべき点を思い出す。天上寺、それはこの国で知らぬ者はいないだろう名前だ。
「お金持ち?」
「そう、それも軽く飛びぬけたレベルの。天上寺グループって知ってる?」
「天上寺、グループ?」
そこから説明が必要か。
一先ず回想を置いておき、俺は雄輝の実家である天上寺グループの説明を事細かに話してあげることにした。
天上寺グループ――それは、十九世紀後半に汽船による商会としての海運事業を開業したことを始まりとする日本の大企業グループの一つだ。事業の多角化に伴い、工業や造船業、保険、為替などに進出し、当会社を拡大すると、さらには銀行、保険、倉庫業に力を注ぎ、現代では建設業や建造業、情報通信業、運輸業、金融、保険、不動産、福祉、製紙にエレクトロニクスなどなど様々な分野にその名を冠した傘下の企業を持っている。その影響力は凄まじく、テレビを付ければCMや番組の提供でその名前を聞き、外を歩けばその名前を持つ銀行も目にする機会が多い。実際、このフォルセティにあるATMも普通に対応しているほどに名の知れた企業グループなのである。
雄輝は、その天上寺グループの一人息子。いわば、ボンボンだ。そして、その金持ちと言う特性からおそらくは両親に甘やかされ、まともな一般常識すら与えられずに育てられた男なのである。そのせいで数々の奇行を起こし、それを自分一人で完遂すればいいものを俺や恋まで巻き込む馬鹿なのである。
「と、言うわけで、雄輝がどんな奴かは理解できたことだと思う」
「ごめんなさい、柊くん。やっぱり馬鹿とお金持ちぐらいしか分からなかった」
「なんだ、雄輝のことを良く分かってるじゃないか」
その二点さえ押さえておけば事足りる。何せ、俺も二ヶ月ほど友人をやってはいるが、それ以外のことはほとんど知らないからな。
「そ、そう、かしら? まぁ、良いわ。さっきの話を続けてくれる?」
「つーかレイ、ユーキの話なんてどうでもいいだろ。それよりリーシャだ。この子、何なんだ?」
恋がリーシャを指差す。名指しされたリーシャは、ビクッと怯えたように肩を震わせると、俺の背後に隠れてしまった。見知らぬ人間の集まりの中、特にリーシャが怯えているのがこの恋だ。その態度、言動、格好の何もかも、どうやらリーシャにとっては天変地異が起こったほどに驚くべき特殊なタイプだったらしい。思えば、恋は普通に受けいれられてはいるが、その格好や言葉遣い、気だるげな目なんかは、割と初対面の人間にとっては接し辛いものがある。
「リーシャ、恋は怖くないよ。咥えてるキャンディーさえ取らなければ大丈夫だ」
「別に取っても怒らねーよ。殴るけど」
殴るんじゃねーか。
「そんじゃま、雄輝のことはこれぐらいにして、話を前に進めるぞー」
しかし天上寺雄輝、改めて思い返しても馬鹿と金持ちである以外、特筆すべき点のない男であった。




