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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第一章 褐色の少女
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「“爆轟の奏歌(アオス・ブルフ)”!」

「ちょ、またこのパタァァァァァァン!?」

 またも俺の回想は唐突な終わりを向かえ、目の前では緋色の瞳に永久凍土の冷たさを宿して立つカティさんの姿がある。その両手は剣を握り締め、床に倒れこんだ俺の喉元に切っ先が突きつけられていた。

 彼女は、何も言わない。あの興奮すると見境が無く、口調も多少は荒っぽくなるカティさんが、今は何も言わない。それはつまり、これはつまり、あれだ。

 カティさん、マジギレしていらっしゃいます。

 そんな俺たちの様子を、椅子に座る椿や恋、アルは何も言わずに見守っていた。助け舟を出すつもりはないのか、誰も口を挟む様子は無い。椿が用意した、と言うか以前に俺が買ってきたクッキーに手を伸ばし、それを美味そうに食べている。

 そんな中、俺を庇うように立つ少女が一人だけいた。この場で最もカティさんと付き合いが短く、それゆえにその恐ろしい姿しか知らないにもかかわらず必死になって俺を守ってくれようとする女の子。

 リーシャは、クッキーを頬張ったまま、しっかりと俺の弁解をしてくれた。

「お、おひぃはぁんは、わたひぃのはめに」

 うん、クッキーを食べ終わってからにしようね。あと、クッキーしっかりと食べるんだね。俺の分も残しておいてね。

 ごくり、とクッキーをしっかりと飲み下し、リーシャは俺を守るように両手を広げていた。その視線が減っていくクッキーに移り、慌てたようにカティを見据え、それからまたクッキーに移る。どう見てもクッキーに目移りしている。どう見ても俺よりもクッキーの方に注意が向いている。

 はぁ、と悲しいため息を吐き、俺はリーシャを押しやった。クッキーを好きなだけお食べ。

「お、お兄さん?」

「リーシャ、これは俺が悪いんだ。いくらショックを受けていたからって、俺は男として最低の行為をした。罰は受けるべきだ」

「そ、そんな! ちょっとわたしの裸を覗いて、頭を洗って、背中を流してくれただけじゃないですか……!」

「うん、止めよう。火に油どころか原油ごとぶちまけるのは止めよう」

 ほんと、止めてくださいリーシャさん。カティさんの頬がさっきからヒクついているんです。何とも言えない表情になっているんです。椿も口にしようとしたクッキーを握り潰したんです。

 それにしてもこのリーシャ、自分の発言や行動が周りに及ぼす影響がまるで分かっていないのだろうか。無邪気すぎると言うか、こんな女の子だらけのところでそんな発言をすれば、俺が完全に女の敵になるに決まっている。いやまぁ、この話を回想で持ち出したのは俺自身なのだが、それでもリーシャの無防備さと言うのは少しばかり気になってしまう。お兄さんは将来が心配です。

「柊くん」

「はい」

 すぅ、と息を吸い、カティさんが剣を振り被る。もちろん、そんなものを上段から一気に力を込めて振り下ろされれば冗談にならない威力になる。「じょうだん」だけに――ごめんなさい。とは言え、まさかカティさんが俺を殺すような一撃を振るうはずもないとは思うが、しかし冗談であっても目の前で叩きつけられる殺気には背筋が凍るものがあった。

 俺は目をグッと閉じ、その時を待つ。だが、剣が振り下ろされることは無く、その代わりに耳元でこんなことを呟かれた。

「ちょっと、ショックかな……」

 はい、死んだー。はい、死んだ。マジで死んだ。ちょっと声音が悲しげなのが余計に辛いよ痛いよ。殴られる方がよっぽどマシだよ。

 席に戻っていくカティさんを見て、俺は肩を落とす。最近、俺とカティさんはめっきり触れ合う機会が減ったような気がする。一週間前に起こったエドガーとの戦い、それに纏わる失踪者事件を解決した後、特にカティさんと絡むことも無く、疎遠になってしまったのだ。元々、クラスも違えばさして接点も無い。カティさんにとって椿や恋は友達だが、俺はどうなのだろう。異性と言う点で避けられているのだろうか。そんなことで距離を取るような人には思えないんだが、何故かあまり話せていない。

 本音を言えば、さっきのふざけたやり取りも実は少し楽しんでいる部分もあったんだが……最後の一言はさすがに胸に来た。殴られるよりもよっぽどダメージが大きい。

 うぅ、零余さんは傷心ですよ――などと寝惚けたことは言ってられず、誰も聞いていないかもしれないが、俺は回想を再開する。まだ、話の核心部分にすらたどり着いていないのだ。こんなところで話を終えてしまっては、ただ俺の好感度が少し下がっただけになってしまう。

 そう、あの後、俺はリーシャと一緒にお風呂に入ることになって――




「く、くすぐったいです、お兄さん」

「ん、そうか。こんな感じ?」

「あ、気持ちいいです」

 何故かTシャツ一枚に海パンを履くというスタイルのまま、俺は椅子に座るリーシャの頭を洗っていた。リーシャに誘われるまま、何も考えずにこの格好を取り、本当に気づけばこんな事態になっている。しかし、指先を通るきめ細かなリーシャの髪質の触り心地が想像以上に気持ち良く、また彼女の反応も恥じらいつつも楽しげな様子であるため、まるで美容師にでもなったような気分で髪の毛を丁寧に洗っていた。

 もし、小さい頃に妹と風呂に入っていれば、こんな感じなのだろうか。

 ふと、そんなことを思ってしまう。遠い過去に思いを馳せ、そこで得られなかった記憶に気づき、俺は少しだけ表情を曇らせる。それでも今はこの瞬間を楽しもうと思い直し、リーシャの髪に指を走らせていく。

 それにしても、この状況は実はかなりヤバイ。リーシャは、タオル一枚身に着けず、俺に背中を向けているのだ。そのために褐色の肌やら艶かしいヒップラインやらが目に焼きついてきて離れず、慌てて目を逸らすとアルと目が合った。その未発達な肢体は、確かに日焼け一つ無い美しい白を誇るが、それ以外はこれと言って何も無い。未熟な身体に特に何も思うことは無く、俺は何だか安心してしまった。

「マスターのロリコン」

 あのアルがついに俺に暴言を吐いた。だが、構わない。と言うか、もう弁解の余地がないので言われ放題なのである。

「それにしてもリーシャ、その……」

「なんですか?」

 最初の頃に比べてずいぶんとはっきりと喋るようになったのは、気分が高揚しているためだろうか。もしそうなら、こうして一緒に風呂に入ったこともプラスに働いてくれている。そんなリーシャに向け、俺はあることを言うべきかどうか迷ってしまう。デリケートな部分に触れてしまいかねないからだ。

 リーシャの背中には、無数の傷がある。それも殴られたり刺されたりして出来たものではない。この焼け爛れたような蚯蚓腫れを思わせる痛ましい傷跡。身体に跡が付くほどの一撃は、鞭か何かによるものだ。

 思わず、その痛ましい傷口にそっと触れてしまう。この風呂の中、この傷に染みたりはしないのだろうか。

「あ……お、お兄、さん……痛っ!」

「あ、ご、ごめん。大丈夫か?」

「い、いえ、少しだけ……。その、変、ですよね。こんな傷があって、いきなり助けてとか言って来て……迷惑、ですよね」

 何かを思い出したのか、リーシャの雰囲気が急に暗くなる。自身を庇うようにギュッと両手で身体を抱き、彼女はそんな風に想いを零した。

 しばし考え、俺は頭をかき、これ見よがしに大きくため息を吐く。チラッとこちらを見たリーシャの表情が辛そうに歪み、だからこそ、その頬を取ってこちらに振り向かせ――あ、危ない危ない。前を向かせたら駄目だ。代わりに後ろから肩にそっと触れ、と言うかこれも色々駄目な気がするが、とにかく触れ、はっきりと口にする。

「事情は分からないし、迷惑って言われればそうかもしれないけど。でもまぁ、俺は今、楽しいよ」

「え?」

「なんせ、こんな可愛い子と風呂に入れてるんだからな」

 などと冗談めかしていながら気恥ずかしげに言ってしまう辺り、やはり俺にこう言うのは似合わないなぁ、とつくづく思ってしまう。精一杯虚勢を張って良い男を気取ろうとしているのが見え見えなのだ。自分でもそうと分かるのだから、言われたリーシャなどは余程だろう。

 笑われたかな、と少し不安になりながらリーシャを横目でちらりと確認すると、その瞳が大きく見開かれ、口が微かに何かの言葉を発そうと震えていた。しかし、それは決して形になることはなく、後ろ手でリーシャが俺の右手を取り、強く、ギュッと握り締める。言葉に出せない想いをそこへ伝えるかのようなその仕草に、俺は応じるように左手を重ね、強く握り締めるのだった。

 リーシャの髪を洗い終えた後、その背中も優しく洗い、待っていたのはアルだった。何故かアルも俺に頭を差し出してきたのだ。普段は黒いローブに隠れたその鴉羽色の髪に触れ、リーシャにしたように髪を洗っていく。だが、アルはリーシャに比べて反応が薄く、俺が上手くやれているのかどうかが分からない。結局、具体的な反応が返ってくることもなく、俺はアルの髪を洗い終えると、風呂場を後にした。

「兄様、ただいま帰り、まし……た」

 その時の一瞬の表情の切り替わりを、俺は一生忘れないだろう。

 玄関から顔を覗かせた椿の表情が、風呂場から出てきたTシャツ海パン姿の俺を捉えると、わずか一秒に満たない時間だけその顔に般若を宿し、それは普段の柔らかい表情へと切り替わる。椿は、靴を揃えて部屋に上がると、何も言わずに俺の隣を通り過ぎて行った。視線すらよこさず、通り過ぎて行った。

 俺はもちろん、謝った。座王の真髄をご覧になってもらいました。

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