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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第一章 褐色の少女
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「兄様、警察に行きましょう」

「マスター、ロリコンですか?」

 あれ、おかしいな。回想中なのに修羅場が続いてるよ、おかしいな?

 いや、いい。回想を続けよう。

 リーシャに言った俺の一言を受け、椿とアルがそれぞれの冷たい対応で返す。その言っている内容がさほど大差ないのは俺の勘違いだろうか。あと、アルに言いたいことがある。少なくともリーシャはお前より大きいぞ。アルは百四十センチあるかないかだが、リーシャは百五十くらいはあるはずだ。それにロリコンと呼ぶには、年齢だって十三、四ぐらい。俺とそう変わらないのである。つまり、俺は正常であり、リーシャに邪な感情を抱いても全然OKなわけだが、もちろん、今回はそんな情欲を剥き出しにして風呂に入ろうなどと口にしたわけではない。俺にはしっかりとした考えがあり、それを聞けばこの二人も失礼なロリコン説を撤回するだろう。

「違う。勘違いするな。風呂には一緒に入るけど、入るのはこの子だ」

 言って、俺はアルを抱え上げた。ちょうど少し上げるとリーシャと同じぐらいの目線になり、お互いに顔を見合わせている。小首を傾げる仕草までも同じだ。案外、この二人は気が合うのかもしれないな。

「えっと、それって……」

「リーシャ、よく聞いて。……あ、リーシャで良いかな?」

「え、あ、はい。リーシャで良いです」

 念のために呼び捨てで良いかを確認し、それに代わって俺も一応の自己紹介をする。そう言えば、まだ俺たちの名前すらも名乗っていなかったことを思い出したのだ。俺、椿の順に名前を名乗り、それから最後にアルへと指を向ける。この話、リーシャはどこまで信じてくれるだろうか。少し迷い、結論から先に口にすることにした。

「この子は、アル。俺の魔力で実体化しているんだ」

「魔力で、実体化……?」

 よく分からないと言った様子でリーシャは不思議そうに目を瞬かせる。その仕草は尤もだが、今は大前提としてそのことを理解して貰わなければいけない。このアルという少女は、俺の魔力を基としてこの世界に在る、人間とはいささか異なる存在だ。だが、確かな人格を持ち、受け答えが出来る知性を持っている。俺もどうしてこの子がずっと現実世界にい続けるのかが不思議でならないが、そうなってから早一週間も経てば慣れてくるもので、今は当たり前のように付き合っていた。

「だから、この子は俺の分身みたいなものなんだ。この子と一緒なら怖くないだろ?」

「そ、そんな、こと、言われても」

 リーシャは手を伸ばし、アルに触れる。その手には、おそらく人間に触れた時と同じ感触が返っていることだろう。こうしてアルを握る俺の手もまた、その確かな生を実感しているからだ。だが、この子は俺の分身であり、俺の一部そのものだ。

 リーシャの手がアルの頬に触れ、アルはくすぐったそうに目を細める。そうしてしばらくアルの身体に手を這わせ、リーシャは決意したようにこくりと頷いた。俺が床に下ろしたアルを後ろから抱きしめ、人形を抱くように胸の中に収める。アルは、そんな中で変わらぬ無表情を貫き、俺を見ていた。

「リーシャをよろしく」

「はい、マスター」

 その一連の光景を見守り続けていた椿は、笑顔で携帯から手を離してくれた。危ないところだった。

「それでは兄様、少しの間お待ちくださいね」

「ま、待ってて、くださいっ」

「マスター、行ってきます」

 それぞれがそう言い、三人は廊下の先にある小さな風呂場へ向かって去っていった。今思ったが、あの三人で風呂に入るつもりだろうか。あんな人一人がようやく入れる風呂に三人で入るつもりだろうか。

 しばらく顎に指を当てて考え、無理だなと結論付け、しかし止める術もなく、俺はその場で待機することにした。そうすると、脱衣所の無いこの家のせいか、廊下の方からきゃっきゃと騒ぐ声が聞こえてくる。静寂の中で響くそれに、自然と意識が吸い寄せられた。

「リーシャさん、この傷……それに、ここも。ちょっと、ジッとしていてくださいね」

「は、はい……ん……っ! つぅ……ご、ごめんなさいです……お手を煩わせて」

「きゃっきゃ、きゃっきゃ、きゃっきゃ」

「いえ、お風呂の使い方は分かりますか? シャワーや温度はそれぞれノズルの引く方向で切り替わりますから」

「あ、ありがとうございます……わぁ、温かそう」

「きゃっきゃ、きゃっきゃ、きゃっきゃ」

 やばい、予想以上にきゃっきゃしていた。ってちげぇよ。きゃっきゃしてんのアルだけだよ。え? どういうこと? 俺の邪な考えがあの子に伝染してわけの分からないバグを起こしたのか? 普段の済ました表情からは想像も付かないような馬鹿な言動を繰り返しているんだが。あと二人にそれを気にかける素振りが無いのは何故だ。ある意味で空恐ろしいスルースキルだな。

 しかし、声を聞く限りではリーシャとアルだけで風呂に入るみたいだな。まぁ、わざわざ椿まで入る必要もないし、元々傷口を見る目的で一緒に行ったわけだしな。リーシャの方も風呂を楽しんでくれているみたいだし、今は心を安らげてもらおう。少しずつ、笑うようになってきている気がする。

 そんなことをつらつらと考えていると、廊下の方から椿が戻って来た

「兄様」

「椿か。あ、そうだ。リーシャの着替えはどうする? さすがにあの服のままじゃ駄目だしな。でも、椿の服を借りるにもサイズが合わないだろうし」

「まぁ、大きい分には良いと思うんですけど、時間もありますし、今から買ってこようと思います」

「今から?」

 時計を見る。今の時刻は午前九時少し前だ。こんな時間帯に店が開いているだろうか。

「フォルセティには、二十四時間対応の衣料品店もあるんですよ?」

「……この学校、どこを目指してるんだ?」

 そもそも、それは商売として成立しうるのか? いや、気にしてもしょうがないだろう。あるというのならあるのだろうし、ならば椿に任せるだけだ。

 椿は、俺に一言断りを入れ、それから財布を持って行ってしまった。ここから衣料品などが売ってある区画まで十分と少し。大体三十分くらいは、ここであの子と二人きり、アルを入れて三人きりと言うわけか。しかし、リーシャは今は風呂に入っているし、長風呂しすぎて上せないかが心配だ。まぁ、三十分程度ならそうでもないか。

 誰もいないその部屋で、俺はすることも無くぼーっと時間だけを無為に過ごす。その時、不意に携帯の着信音が鳴り、慌てて通話をオンにした。耳元に携帯を当て、その電話の相手と連絡を取る。

『やぁ、久しぶり。零余』

 それは、実に二週間近く聞いていなかった声だった。俺は電話の相手を思い返し、しばし考えた末、電話を切った。全く、この大事なときに下らない電話をしてくるなよ、あの暇人。

 ぷんすか頬を膨らませていると、またも電話が鳴る。特に何も考えずに受け取ると、またあの少しねっとりとした声が耳朶を打った。

『酷いじゃないか、急に切るなんて』

「……雄輝。どうしたんだよ、珍しい。お前が電話してくるなんて」

 電話越しで話す相手の名は、天上寺雄輝。俺のクラスメイトであり、家庭の事情から学園を休みがちの男だ。その馬鹿っぷりのせいで、俺は恋と一緒にこいつに巻き込まれた挙句、こいつと俺と恋とで「三バカトリオ」などと呼ばれる羽目になってしまった。しかし、三とトリオは同じ意味合いを持つと思うのだが、頭痛が痛いなみの重複が起こっていると思えるのは俺だけだろうか。名前からしてすでに馬鹿じゃねーか。

『いや、なに。久しぶりに君の声が聞きたくなったんだ』

「悪い、急に電波が――」

 通話終了ボタンを押して電話を切る。耳元で気持ち悪い声でそんなことを言われれば誰だってそうすると思う。俺のしたことは決して失礼に当たるものではなくて、むしろ電話相手が俺に対して失礼をしたのだと俺は思う。

 だが、またも携帯は鳴り響き、しつこく電話はかかってくる。ここはガツンと言ってやらねば気が済まない。

「いい加減にしろ! お前の馬鹿話に付き合ってる暇はねーんだよ!」

『に、兄様……!? う、ご、ごめん、なさい、その……シャ、シャンプーが切れかけてるから……その言っておこうと……ごめんなさいっ!』

 えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?

 いやいや、ちょ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? なんで、なんで椿? ここはあれだろ! またあの馬鹿の電話が続くパターンだろ!

 通話終了となってしまった携帯を見つめ、俺は忘我の状態で立ち尽くす。あの妹に最低の一言を叩きつけ、電話越しとは言え涙混じりの声を聞いてしまったと言う事実は、俺を徹底的に打ちのめした。ツーツー、と乾いた音が一定の間隔を開けて響き渡り、思い起こしたように妹の言っていた言葉が蘇る。

 ああ、そうだ。シャンプーだ。シャンプーが、なんだっけ? ああ、切れかけてるんだったか。入れておいてあげたら許してくれるかな、はは。

 シャンプーの詰め替え用パックを取り出し、ふらふらと廊下の方へ。明かりの零れる風呂場への扉を無造作に押し開いた。

「ふぇ?」

「マスター?」

 浴槽の中、楽しげに入るリーシャと一貫して無表情のアルが俺の姿を認め、硬直する。俺は特に何を言うことも無く、黙ってシャンプーの中身を入れ替えると、またふらふらと浴槽を出て行こうとした。

 だが、不意に俺の手はリーシャの手によって引っ張られる。何事かと思えば、少しだけ顔を俯かせ、恥ずかしそうにしながらリーシャは言葉を続けた。

「い、一緒に、入ってください……」

 消え入りそうな声で言われ、俺は特に何も考えることなく頷いていた。

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