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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第一章 褐色の少女
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(ったく、戦闘に関しちゃすげぇもん持ってるのにな)

 戦いに置いては情熱を表す炎を燃え上がらせるこの少女も、色恋に関しては下火程度でオロオロする初心な乙女と言うわけである。それを思い、恋は微笑ましさに目を細め、同時にそんな風に思う自分をいぶかしんだ。しかし、その疑念もすぐに晴れて消え、連絡先について何事かを呟くカティを一瞥し、その背を押す。

「それじゃ、さっさとレイのとこ行って、まずは連絡先を交換だ!」

「お、おぉ~!」

 気の抜けた返事で拳を掲げ、二人は足を揃えて廊下を進み、昇降口に降りて靴を履き替えると、そのまま学園本校舎を離れ、学生寮の区画へと向かう。フォルセティの学生寮は、その形態に応じて複数存在する。その中でも零余たちが暮らしているのは、ルームシェアの型を採用したものだ。三人一組で借りる形式を取るそこを、零余と椿は二人で借りていた。恋も幾度か足を踏み入れたことはあるため、特に迷うことなくそこへ辿り着く。

 木の葉を散らす並木道を抜け、訪れたそこは、デザインよりも機能性だけを追及したような白い建物だ。五階建て、セパレート形式を取るその学生寮は、ルームシェアによる賃貸料の安さもあって、学生に人気の一件である。ただし、この十代半ばの年齢の人間が集まると言うことは、当然、騒がしさもそこそこのものがあり、難点とされるのはその騒音だろう。もし仮に住宅地に密集した場所に建てられていれば、すぐにでも苦情を言われかねない程度には夜は煩いこともある。

 そんなどこにでもある学生寮のロビーに続く自動ドアを潜り、二人は固く閉まったエントランスドアを見やる。ドアの隣には、呼び出し用のインターホンが付いており、キーを持つ物はその鍵穴に差し込むことでエントランスドアを開く仕組みになっている。当然、二人はそんな物を持ち合わせていなかった。

 だが、運が良かったと言うべきかどうかは分からないが、偶々ドアの向こう側から学生が現れたために中に入ることができた。一応、インターホンで連絡を入れておくことがマナーだが、二人は考えた末に「まぁ、いっか」と言う何とも呑気な結論に至る。そのまま備え付けのエレベーターに乗って三階へ上がり、零余たちが住む部屋の前に訪れると、何故かカティは緊張した面持ちで大きく息を吸い、玄関ドアのすぐ横にあるインターホンを鳴らした。

 ピンポーン、と言う万国共通なのか定かでない音が二度ほど鳴り響く。だが、玄関の向こう側にいる誰かが応じる気配はない。カティは恋と顔を見合わせ、もう一度鳴らしてみる。しかし、やはり誰も反応することはなかった。

「いないのかしら?」

「どっか行ってんのか、あいつら?」

 考えても埒が明かず、しょうがないか、と二人で頷きあう。徒労に終わりはしたが、いないのでは文句を言ってもしょうがない。そもそも事前に確認も取っていないのだから、二人に何かを言う権利はないだろう。

 結局、互いにその場を後にすると言う結論に達し、踵を返そうとしたところで、恋は気づいた。玄関横にある窓が少し開き、そこからかすかな光が漏れている。はっきりと分かるほどではないが、見た感じはリビングに通じるドアを閉めた場合に漏れ出た光のような、そんな微妙な明かりがあるのだ。

「カティ、ここ見ろ。誰かいるんじゃね?」

「確かに、ちょっと明るいわね。え? じゃあ、私たち無視されてる?」

 いや、と恋は首を振る。あの零余に限ってそれは無いだろう。であるならば、物を言えない状態、この呼び出しに応じられない状況にあると言うことだ。

 恋の目が鋭く細まり、それに気づいたカティもすぐに表情を険しくする。恋は、一歩前に出ると、そっとドアノブに触れた。造り自体は、なんてことの無いドアノブだ。最近、流行り始めている魔力を用いた識別錠でもなく、至って簡素な造りである。これなら、多少『水』の特性に覚えのあるクラティアであれば、余裕で錠に変化を与えることができる。

 『水』の特性。魔術にある五つの特性の内、それが示すのは、物の変化や流動性だ。その力で以って、恋は錠そのものに変化を与え、閉じている状態を開いている状態に移行させた。ある程度は、鍵の構造を理解していないとできない芸当だが、そこは一般人からかけ離れている彼女の為せる技だろう。

 カチッ、と音を鳴らして錠が開くのを確認すると、恋は無言でカティに指示を出す。それに従い、カティは恋の一歩後ろに下がると、音も無く彼女のハイリヒトゥム、“爆轟の奏歌(アオス・ブルフ)”を顕現した。ただし、気づかれないように炎は押し止め、白銀に輝く護拳の付いた剣だけにしておく。それをしっかりと握り締めるのを確認し、恋は音を立てずにゆっくりと扉を開く。腰を落とし、ゆっくりと踏み込んだそこは、特に代わり映えのしない玄関である。靴は四足、それぞれで揃えられ、中に誰かがいることは明らかだった。

(一つは男物、もう一つは女物……大きさはそれぞれどっちも二十四、五ってところか。あいつらは身長もそう変わんねーから、ここにあいつらがいることは間違いない)

 冷静にそう分析を続けながら、すでに恋の目は閉まったリビングへと続く扉と、そこから漏れる光を捉えている。誰かがいることは間違いない。

 だが、不意に明かりが消えた。まるで家に忍び込んできた二人を挑発するようにリビングの明かりが消え、奥に暗闇が現れる。この家は狭い。あんな風に電気を消したとしても意味は無いはずだ。

 困惑を覚えながら、しかし恋は慌てない。しっかりと周囲に注意を配り、ゆっくりとリビングへ近づいていく。そうして勢いよくリビングの扉を開け放った先には、誰もいなかった。ただ、三部屋に通じる扉だけが硬く閉ざされ、リビングには飲みかけのティーカップが残されている。そっと触れてみると、まだ温かかった。さっきまで誰かいた証拠である。

「恋……二人は、どこに?」

 不安そうに問うカティの口元に立てた指を押し当て、恋は黙らせる。現状を恋も正しく把握し切れておらず、万が一に備えてのことだった。この状況を見て、何かが起こっていないと豪語する馬鹿はいないだろう。不自然に消えた光と、飲みかけの紅茶。三方へと続く部屋の扉。

 恋は指で指し示し、カティをその場にいるように指示を送る。それに頷くのを確認すると、恋が真っ先に移ったのは、ベランダへと続いているはずの椿の部屋だった。この密室空間の中で万が一、どこかへ逃げ延びるか移動する可能性があるとすれば、一番最初に挙げられるのはそこだ。ここは地上三階。一般人からすればいささか危険なそれだが、クラティアであればさほど問題になる高さでもない。

 だが、恋はそこで気づく。椿の部屋へと通じる扉がかすかに開いている。まるで誘うように開かれたそこに目を止め、恋は相手の意図することに考えが及んだ。ふぅ、と軽く息を吐き出し、身体に力を込め、一気に椿の部屋の扉を蹴り開ける。

「今だっ!!」

 次の瞬間、椿の部屋と反対方向にある部屋から二人の人間が飛び出してきた。その人間の一人、声を上げた方の少年は、右手に本を抱えている。もう一人、無言で飛び出してきたのは、二房に髪を纏めた少女である。床を踏み砕かんばかりの勢いで恋とカティの間に潜り込み、掬い上げるように掌打を放つ。狙いは呆然と立つカティの方であり、その顎先を狙っていることは誰の目から見ても明らかだ。それが直撃すれば、おそらく、しばらくは脳を揺さぶられてまとも立つこともできないだろう。

 しかし、咄嗟にそれを遮る者がいた。椿の部屋への入り口を蹴り開け、中に入ったと思わせた張本人である恋だ。彼女は、椿の部屋を開けると同時、反転してカティの下へ向かい、敵の奇襲に見事な対応をして見せた。

 カティへ迫る掌打の腕を押さえ込み、瞬く間に関節を決めにかかる。だが、相手の反応も素早かった。腕を取られるより早く空いている手で恋の片方の手を振り払い、再度掴もうとしてきた手を強引に振り切って背後へ飛ぶ。

 そこへ突如、緋色の輝きが瞬いた。

「“爆轟の奏歌”!」

 カティの叫びに応じ、白銀の剣先から炎が現れ、それは目の前にいる敵を呑み込まんと迫る。しかし、その炎は目の前の空間に押し止められ、一切の動きを止められてしまう。不可視のその現象、常識外のその光景に、その場にいた四人が誰を相手取っているかに気づく。

「カティさん、恋!?」

「ひ、柊くんに、椿!?」

 驚愕の声を上げる二人に比して、明かりに照らされてその姿がはっきりと分かるようになった椿と、打ち合った際に気づいていた恋は、何が何なのやらと言った様子で肩を竦める。互いに理解の追いつかない状況の中、さらにカティと恋は理解不能な事態に追われることとなった。

「あ、あの……どう、したんです、か?」

 恋によって開け放たれた椿の部屋から、恐る恐る一人の少女が顔を覗き込ませる。褐色の肌に赤みがかった白の髪、空を思わせる色を宿す瞳を持つその少女は、そこから脱兎の如く飛び出し、怯えるように零余にジッとしがみ付くと、剣を構えるカティを目にし、顔を引っ込めてしまった。その代わりとでも言うように零余の腰元から一人の少女が顔を覗かせ、無表情のまま小首を傾げる。

「マスター、これはどういうことでしょう?」

 アルと呼ばれる小さな少女のそんな一言を契機に、ようやく四人は肩の力を抜くのだった。

*ちょっとした補足です。

 零余は、襲撃時に“識者の叡智”を展開したのではなく、相手に気づかれないように攻撃する瞬間に“識者の叡智”を展開しました。だからカティさんが“爆轟の奏歌”を顕現していても気づきませんでした。

 ちなみに椿の魔力探知能力は、対象を明確に識別するほど高いものではありません。

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