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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第七章 開闢
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 被り物を取り払い、東堂は立ち上がる。その身から漂う魔力がその質を変え、方向性をもって叩きつけられた。何の攻撃と言うわけでもない。魔力を魔術に変換すると言うプロセスを無視し、ただ放出するままに解き放っただけである。それは本来、何らの攻撃性も持たない無害のものだ。だが、半ば反射的に椿はミュールを展開していた。それは、動物的本能によるものだったのかもしれない。しかし、結果としてその判断は功を奏した。

 ミュールに魔力が激突した瞬間、一瞬にしてそれは吹き飛ばされた。攻撃性において皆無の魔力の波濤によるその現象に椿は頬を引き攣らせ、乾いた笑いを漏らす。現実に考えられないその現象が、過去のある光景をフラッシュバックさせた。

「素晴らしい。人間としては、あり得ない領域に至った実感がある」

 東堂が歩みを進め、椿たちの方へ近づいてくる。その目的は分からないが、身の危険を感じるには十分だった。足が竦み、逃げ出しそうになる心を叱咤する。ここを退いてしまえば、次にあの男が向かうのは兄の下かもしれない。そんなことは、どんなことをしてでも防がなければいけない。

 決意を固める椿の横を、何者かが走り抜けていく。それは、怒りに紅玉の瞳を燃やしたエドガーだ。爆発的な身体強化の術で東堂との距離を詰めていく。

「東堂ッ!!」

 あのエドガー・ブレイズフォードが激昂し、怒りに身を任せて獣のように吼えている。それは、椿にとって信じられない光景だった。

 エドガーの憤激を受け、東堂は口の端を歪める。だが、それだけだ。迫る東堂に対して何ら構えることもない。その代わり、彼の前には香壺(こうご)が出現した。ポシュシオンと言う名の東堂のシュトラーフェ。人の精神を犯し、操る非道な力だ。その香壺から瞬く間に煙が溢れ出し、それはエドガーを呑み込もうとする。しかし、すんでのところでエドガーはそれを躱し、回り込むようにして東堂との距離を詰めていく。それを追うように煙が向きを変え、その様はまるでいたちごっこだ。少しでも距離を縮めたいエドガーに対し、ポシュシオンの煙はそれを許さない。主を守るように展開し、少しの進入も許さなかった。

「東堂! 聞きたいことがあるっ! 俺の心を操り、カティと戦わせたのはお前か!?」

 近づくことは無理だと判断したエドガーは、煙の動きから逃れるように距離を取り、叫ぶ間に断罪の雨を放つ。だが、何の予兆も無く床が盛り上がり、東堂を守るように壁を作り上げると、一瞬にして硬化した。エドガーの放った針の雨は、そこにぶち当たり、傷一つけられない。先の扉と同じだ。『水』と『地』の特性を同時に操ったのだろう。

 エドガーの動きは、完全に見切られていた。近接戦に持ち込めないと判断した時点で距離を取り、その動きから断罪の雨を読み切ったのだろう。それを踏まえたとしても発動タイミングの読めない彼の一撃を感知し、最適な防御手段を講じるその技量は、この場にいる三人の誰にも勝るものである。

 強い。直感的に三人はそう判断した。異質な魔力であると言う点を差し引いても、東堂拓馬の実力は並どころか優秀なクラティアを優に上回っている。

「心を操る、か。エドガーくん、それは勘違いだ。僕は、君から要らない感情を取り払ってあげただけだよ」

「要らない感情、だと?」

 壁が崩れ、そこから東堂が姿を現す。その目は、挑発的にエドガーを捉えている。

「力が欲しかったんだろう。強くなりたかったんだろう。だから、それを為すに足る心構えにして上げただけだよ。何か問題かな?」

 その言葉は、完全にエドガーの怒りの臨界点を振り切らせた。持てる魔力の全てをシュトラーフェに変え、断罪の雨を振り下ろす。だが、真っ直ぐに振り下ろしたのではまた同じように防がれて終わりだろう。頭上から降り注ぐしかない断罪の雨は、その方向性を変えることはできない。だが、一つだけある。断罪の雨で降り注ぐ針の軌道を、上からではなく横に変える方法が。

(正直、『空』の特性はあまり得意ではないが……)

 これは、零余の頬を切り裂くときに使ったシュトラーフェと魔術の応用だ。断罪の雨として出現させた刃を『空』の魔術で操作し、向きを横に変えて飛ばす。エドガーが『空』の特性に特化していない分、操作にやや安定性は欠ける半面、威力は自重のみで降ろす断罪の雨よりも大きい。称して、横時雨。まるで横合いから叩きつける雨のように、それは通常の軌道を変えて降り注ぐ。

 それだけではない。全ての針の雨を横に変えるのではなく、東堂の頭上からは通常通り断罪の雨が降り注ぐ。四方八方、縦横無尽、回避場所を選ばせないその攻撃を前に、しかし東堂は笑みを絶やさなかった。見えていないから気づいていないのか、あるいは対抗策があるのか。どちらにしろ、エドガーはこの攻撃を止めるつもりはない。

「罪は流血によって洗われ、剣は墓標のように突き立つ」

 エドガーの言葉と共に、針の嵐が東堂を含めた周囲の空間を抉り飛ばした。その威力は、断罪の雨の比ではない。降り注いだ多量の針は、地面に無数の穴を穿ち、一度穿たれた穴に横合いからさらに針が刺さり、それらが連鎖して床を削り取る。一本一本は小さな穴でも、何年もかけて岩を水が穿つように、同じ箇所を何度も針が通れば生み出す穴は桁違いに大きくなる。それがいくつも広がれば、当然大穴が開く。

 そんな中、東堂だけは無傷でそこに立っていた。針の嵐を受けてなお、身体に傷一つ付けることなく、堂々とそこにある。

「ば……か、な……っ」

「君のトラヴィアータは二本の剣を針状に分解することで雨のように降り注ぐことが出来るが、数を増やせば増やすだけ一本ごとの威力は極端に減る。分かるかい。その減った針の雨程度、今の僕なら『地』の特性で身体を硬化させれば容易く防げる」

「く……っ!」

「詰まらないね。僕のこの進化したポシュシオン、ファルシュ・ハイリヒトゥムのお披露目なんだ。少しは頑張ってくれ、グラディアートル」

 香壺から流れ出していた煙の勢いが増し、一気に広がり始める。今まではエドガーの動きを牽制するような動きを見せていたが、全ては東堂による様子見だったのだ。その勢いは香壺を中心に増していき、瞬きの間にもエドガーを呑み込もうとする。大技の解放で疲労していたエドガーにそれを避ける術は無かった。荒い息を吐き、迫る紫色の煙に備えることもできない。

 そのエドガーの前に、椿が立ち塞がった。瞬間的にミュールを展開し、脅威からエドガーごと自身の身を守る。

「柊の……」

「全く、何を先行しているんですか。あなたは、今の私たちの攻撃の要なんです。一人で命を散らすような真似は止めてください」

 情を感じさせない冷たい声音で叱り飛ばし、椿はカティに声をかける。未だカティは、部屋に開いた穴で事態を見ていた。現状、“爆轟の奏歌(アオス・ブルフ)”を出せない彼女は戦いに出られず、一連の戦いを見守るしかなかったのだ。

「カティさん! 早くこっちに来てください! 煙がどんどん広がっています!」

「え、ええ!」

 慌ててカティも椿たちの下へ駆け寄り、彼女が中に入った時点で椿はミュールを全方位に展開する。それに少し遅れ、煙が彼女たちを呑み込んだ。視界一杯を煙が多い、極端に視覚情報を制限される。だが、それだけだ。この煙に直接的な攻撃性はなく、ミュールを壊すことはなかった。その時間を利用して、三人は作戦を練り始める。

「分かっていると思いますが、東堂さんはエドガーさん一人で勝てるような相手ではありません。私たち三人が力を合わせる必要があります」

「しかし、奴は俺のトラヴィアータすら見切ってみせた。生半可な攻撃は通用しないぞ」

「それにこの煙。触れれば何をされるか分からない。椿、何か作戦はあるの?」

「いえ……ただ、ポシュシオンを展開している間、東堂さんはあの場所を動いていません。あのポシュシオン、見た限り動かせるような物には見えませんし、もしかしたら煙の有効半径から出ないようにしているのかもしれません」

 エドガーと東堂の戦いの際、椿はそれを注意深く観察していた。その戦闘において東堂は、ポシュシオンの後ろからほとんど動かず、エドガーの攻撃を凌いでいた。もちろん、避ける必要がなかったとも言えるかもしれないが、それでも彼は、未だポシュシオンの傍を離れてはいない。椿は、その魔力の動きを逐一捉えている。

「逆に言えば、ポシュシオンから離すことができれば、勝機があるかもしれません。それに東堂さんは、エドガーさんとの接近戦には持ち込まないように警戒している節があります。接近戦はあまり得意ではないのかもしれません」

「接近戦……でも、ポシュシオンから離しても私のときみたいに不意打ちでまた出される可能性があるわ」

「確かに目で見て分かるカティさんの剣ならそうかもしれません。でも、エドガーさんのトラヴィアータは見えません。上手く撹乱すれば、狙いをつけることは難しくなるはずです」

「なるほど。で、どうやって奴をあの場所から引き剥がす?」

 エドガーの問いに、椿は押し黙る。東堂をポシュシオンから追い出す方法こそ、最大の難問だった。遠距離からの攻撃は巧みに防がれ、煙によって近づくことも許されない。そんな相手をどうやって動かせばいいのか。

「足場を崩しては、どうでしょう?」

「足場?」

「はい。さっきのエドガーさんの一撃で、東堂さんの足元は酷く傷ついています。そこに追撃を加えてやれば、足場が不安定になって場所を移すかもしれません」

「でも、大した距離は動かないんじゃない?」

 いえ、と椿は首を振り、ある作戦を口にする。エドガーとカティも耳を傾け、頷いた。それは、当初の距離を離すと言う作戦とは少し違っていたものの、もしかしたら東堂に一撃を与えられるかもしれないものだった。

「カティさん、通常の魔術は使えますか?」

「ええ、『火』の特性の魔術ならね」

「エドガーさん、東堂さんを倒す自信はありますか?」

「無論だ」

 ふっ、と椿は笑い、決断する。

「では、行きます!」

 その言葉を合図に、まず真っ先に動いたのはカティだった。拳を大きく振り被り、そこに持てる魔力のほとんどを密集させる。その瞬間、拳の先が高密度の魔力によって緋色に輝きだした。

 カティの魔術特性は、『火』。その意は、力強さ、情熱、欲求などを表す。望めば望むほど術者の実力に応じて力は増大し、純粋な力を分け与える特性だ。

 その力を一点、拳に集中させ、床を殴りつけた。それと同時に巻き起こった振動を増幅させ、大振動を喚び起こす。

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 雄叫びを上げてカティが拳を叩き込む直前、椿はミュールの範囲を一時的に広げて煙を押しのけ、それから解除した。それに遅れてエドガーが限界まで高めた身体能力で宙を跳ぶ。だが、一息で東堂に向かうためではない。エドガー自身も真っ直ぐではなく、煙を避けるように斜め上へと跳んでいた。

 最高到達点に跳んだエドガーの身体は、上回った重力によって落下に入る。しかし、その身体は落ちることはない。エドガーが出て行ったの見計らって展開された四角形のミュールの壁に着地し、さらにエドガーは跳ぶ。目標は、東堂の頭上だ。

「跳んでポシュシオンの煙を飛び越えたか。だが、翼が無ければただの的――なッ!?」

 落下してくるエドガーの姿を捉え、余裕を見せていた東堂だが、不意に訪れた地割れのような振動に意識を奪われた。その振動によって地面についた無数の傷跡が連鎖的にひび割れ、足場が不安定に揺れ始める。普通に考えれば、地下空間のこの場所が崩れることなどあり得ない。だが、誰しもがそうであるように、突如として足元にひびが入れば、その場から退避してしまう。東堂もその例に漏れず、動物的本能による危機感に従い、咄嗟に距離を取った。そのため、落下するエドガーの接近を許してしまう。

「ちっ! ポシュシオン――」

「無駄です!!」

 椿の声が鋭く響き、東堂を助け、エドガーを襲うように迫っていたポシュシオンの煙が何も無い空間に弾かれた。それが何か見当の付かない東堂ではない。すぐにもその正体に気づき、歯噛みする。

「ミュール……! 椿くんか!」

「少しの距離で良かった。ポシュシオンの煙よりも先にミュールが展開できれば、それでな! 終わりだ、東堂っ!!」

 すでにエドガーは東堂の懐に飛び込み、東堂にそれを防ぐすべは無い。ポシュシオンを消して再度展開しようにも、剣士であるエドガーの剣の方が早く届く。狙いは東堂の胴体部を的確に捉え、外すことは無いだろう。

 勝った、とそうエドガーは確信した。目の前の憎き男。自身を操り、カティを傷つけさせた張本人を討ち取った。そう疑わなかった。

 しかし、その瞬間、全ての時間の流れが緩やかになったような気がした。止まったように時間は遅々として進まず、その中で詠うような朗誦だけが響き渡る。

 それは、神へと捧げる祈り――祝詞に他ならなかった。


『ああ、ああ、何ということか』


『天道は元より我に無く、邪道こそ我が信奉』


『罪を以って罪を清めん、罰を以って罰を祓えん』


『惡逆無道、我が本望なり』


 駄目だ、とエドガーの脳が警鐘を鳴らす。この言葉を続けさせてはいけない、と本能が訴える。だから早く、早く、剣を。だが、その思考に反して身体は恐ろしいほどのゆったりと流れる時間を動き、その刃の先にある男は、彼のその様を嗤ってみせた。心の底から、嘲笑った。


『開闢――“肥大せし災禍の芽オグモンティ・ポシュシオン”』

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