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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第七章 開闢
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 剣を構え直し、東堂を真正面に置く。東堂の目的も何もカティには分からなかったが、この男を倒さなければ危険であると言うことだけは理解できていた。だが、その戦意が不意に肩に置かれた手で解かれてしまう。首だけで振り返ったそこには、真剣な面持ちの椿が立っていた。

「椿……どうしてあなたまで、こんなところに?」

「さあ、それはあの人に聞いてみなければ分かりません。ただ、あの人の目的はカティさんのハイリヒトゥムです。怒りに任せて相手の思惑に乗るのは、少し癪だとは思いませんか?」

「でも……!」

「それに今の一撃でカティさんだって気づいているはずですよ。カティさんの剣は、少なくとも今のままじゃ通じません。これほど人がいるような場所なら特に」

 椿の指摘を受け、カティは周囲の光景を見渡すと、肩の力を抜いた。確かに、こんなところでは爆轟は起こせないばかりか、何かの拍子で失踪者まで傷つけてしまいかねない。それに東堂の動きには、カティにも目を見張るものがあった。感じた雰囲気だけで言えば、その実力はエドガー以上と言える。さらには、能力を知られているカティと違って、東堂は一切の手の内を見せていないのだ。無策に斬りかかって勝てる相手ではない。

「ありがとう、椿。そうね、敵の思い通りに行動するなんて我慢ならないわ」

 カティの手から白銀の剣が消え去る。それを見て、歩美が残念そうに表情を曇らせた。

「えぇ~! みーたーいぃ! ねーねー、もっと見せてよぉ~。ハイリヒトゥムって初めて見るんだもん。私とどう違うの?」

「歩美、あなたは黙って」

「えぇ~、でもぉ」

「黙って」

 如月の厳しい口調に当てられ、渋々と言った様子で歩美は押し黙る。そんな一幕を境に場の緊張感は霧散し、東堂は少しだけ面白く無さそうな表情を浮かべた。彼としては、もう少しハイリヒトゥムを見ておきたかったのだろう。それでも見て感じた内容を忘れないようにメモを取る辺り、どんな状況でもぶれない男である。

「椿……東堂は、何をしてるの?」

「メモ、でしょうか。大方、カティさんのハイリヒトゥムについて纏めているんでしょう。それはともかく……見てください。この部屋、これだけ広いのに窓が一つもありません」

 部屋を見回し、椿は気づいたことをカティに話す。カティも続いて部屋を見回すと、確かに人工的な明かりに包まれたこの部屋には、一つも窓は見当たらない。外界へ続くのは、二つある出入り口だけであり、一つは常に開き、先の見えない廊下へと続いている。もう一つは扉で閉ざされ、その先を窺い知ることは出来ない。

「窓が無いって、ずいぶんと閉鎖的な場所ね。持ち主の趣味?」

「まぁ、あながち否定はできませんけど。でもたぶん、ここが地下だから、だと思います」

「地下? そんなことが分かるの?」

「確証はありません。ただ、この窓の無い閉鎖空間と、ほら、耳を済ませてください。暖房のような音がしませんか?」

 言われ、カティは耳を済ませた。すると、確かにそれらしき音が聞こえるような気がする。何故、そんな音がするのか、カティには分からなかった。今の季節は、六月の初旬。正直、それなりに暑いと言える季節だ。暖房をつける必要性は皆無と言える。

「兄様に聞いたことがあります。地下は、地上に比べて温度と湿度が低い傾向にある、と。もしそうなら、暖房をつけている理由も分かります。今は六月、普通に考えて暖房を必要とするはずがありませんが、地下でならそれもあり得ます。それに肌が乾燥している感じを受けませんか? これも兄様が言っていましたが、六月の平均湿度は八十パーセント前後。普通、乾燥したりはしませんが、地下室であること、暖房をつけていることを考えれば、湿度が平均よりも下がっているのかもしれません」

「なるほど……言われればそうかも。でも、さすがはあの柊くんの双子の兄妹ね。頭の回転が速い」

 カティがそう賞賛を送ると、椿は照れたようにわずかに顔を逸らす。あらゆる褒め言葉の中でも、零余を引き合いに出されることほど彼女にとって最上の褒め言葉は無い。カティはそんなことを知る由も無いだろうが、思わずにやけてしまうほどには椿は喜んでいた。

「いえ、兄様と比べれば私なんて全然です。それに地下だと分かったとして、何が出来るわけでもありません」

「ううん、教えてくれて良かった。地下と分かった以上、絶対に私は“爆轟の奏歌”を使わない。あんなものを使ったら、一瞬で酸素を奪われちゃうから」

 東堂も言っていたが、“爆轟の奏歌”の炎は酸素を必要としない。しかし、それは“爆轟の奏歌”の炎本体のみに限定される。必要としないと言うことは、必ずしも酸素を使って燃えないと言うわけではないのだ。むしろ、炎はその勢いを広げるために燃えてゆき、酸素を奪い取ってゆく。エドガー戦でもそうだったように、炎は燃え盛り、その勢いを増すことで爆轟が重なり、その連鎖が続いていく。もしこんなところでその力を解放してしまえば、瞬時にして酸素不足となってここにいる全員に死が訪れるだろう。

「ねー、如月。二人は何をこそこそと話してるのぉ?」

 小声で相談を交わす二人を指差し、歩美が面白そうに言う。その変わらない振る舞いに如月はため息を一つ零す。

「そんなのわたしが知るわけない。聞くなら、わたしにじゃなくてあの子たちに聞いて」

「それもそっか。ね~、バッキー。二人でこそこそ何話してるのぉ~?」

「本気で聞くのね……」

 頭を片手で押さえ、如月は首を振る。歩美の自由奔放な振る舞いに付き合いきれなくなっているのだ。それでも彼女の面倒を見ているのは、ひとえにその責が如月にあるからである。手放せるものなら、歩美のような手のかかる子供は手放してしまいと如月は思っている。

 無邪気に問いを投げかける歩美に、椿の対応は冷たかった。連れ去られたことを思い出し、目を細めてその言葉を無視する。しかし、歩美も挫けない。椿に駆け寄り、その身体にしがみ付く。

「ねーねー、何話してるのぉ?」

「ちょ、引っ張らないで、ください! もう、何なんですか。歩美さん、とか言いましたよね? 私たちの関係を分かってるんですか?」

 歩美を振り払い、椿は強い口調で問いかける。歩美の返答は早かった。癖なのか、わざとらしく両手を打ち合わせ、ニッコリと笑みの形だけを顔に作る。

「敵、でしょ?」

「だったら、なんでそんなに馴れ馴れしくするんですか?」

「んー、そだねぇ。まぁ、あれだね。敵だけど、バッキーって全然怖くないんだよねぇ。あの斧持ってる子は結構威圧感あったんだけど、バッキーは柊くんに似てるから」

 その言葉に、ピクリと椿は眉を震わせた。

「何故、兄様の名前が出てくるんですか?」

 椿の変化などに気づかず、歩美は笑顔を一転、夢見る乙女のように目を輝かせ始める。その変化にさらに椿の頬がヒクヒクと動き出すが、やはりこれも歩美は気づかなかった。ゆえに不用意な発言を繰り返してしまう。

「だってぇ、ほら、わたし柊くんにこけそうになったところを助けてもらったり、抱きついたり、ドキドキするって言われたしぃ~」

「……へぇ、兄様が、そんなことを……」

「ちょ、つ、椿? 顔が、凄い……こと、に」

 隣にいたカティだけは、椿のその表情の変化に気づいていた。穏やかな顔立ちから一転、般若のような恐ろしい形相へと移り変わっていく。咄嗟に声をかけてみるも、徐々にその顔立ちに怯え、圧倒された末に言葉を呑み込んでしまった。

 そこまで行ってもなお、歩美は異変に気づかず、過去を楽しむように語り続ける。

「柊くん、わたしのテンションについてきてくれたの。もう、アゲアゲだよぉ~」

「そう、ですか。……ならちょうど良いです。あなたの魂も天の彼方へ上げ上げしてしまいましょうね」

「ふげっ……ちょ、バッギー? ぐ、ぐび、じまって……」

「ふふふ、兄様を妄想の中とは言え好き勝手に弄繰り回すなんて、罪深い人ですね。兄様が、あなたみたいな人に、抱きついたり、ドキドキしたり、するはずがありませんっ」

「ぎぃ~ざぁ~らぁ~ぎぃ! だ、だずけ、だずげてぇ~」

 はぁ、とカティは先の如月と同じ仕草を取って呆れ果て、次いで見やった先にいる如月が全く同じ動作をしていた。二人、視線を交わし合い、何故か共感してしまう。同時にカティは、不思議な感覚を覚えていた。目の前の如月は、初対面ではないはずだ。言葉も交わしている。だが、何故かあの時と同一人物のようには思えなかった。それどころかむしろ、あの時いた少女は、歩美の方に似ているのではないだろうか。

(でも、顔はまるで違うし)

 歩美と如月の顔を見比べても、それは明らかだ。身長も如月の方が高く、歩美は低い。しかし、今の落ち着いた雰囲気よりもこの陽気な姿の歩美の方が記憶の如月と似ているのも確かだ。結局、答えは出ず、暴れ始めた歩美たちのせいでその考えに集中できなくなる。

「嘘はいけません。分かりましたか、歩美さん」

 間近にある般若の椿に恐れをなし、歩美は何度も頷く。それを見て、ようやく椿は歩美を解放した。慌てて歩美は椿たちから距離を取り、如月の後ろに隠れてしまう。そのまま背中越しにひょっこりと顔を出し、椿と目が合うと顔を引っ込ませてしまった。

「まるで子供ね、あの子」

 それがカティの率直な感想だ。

「歩美くん、あまり椿くんを刺激しないでくれ。今、彼女に魔術はかけていないんだろう? 暴れられて他の研究素体を傷つけられても困る」

「私を何だと思ってるんですか? 暴れるはずないじゃないですか」

 心からの微笑を椿は浮かべる。その笑みは、蕾が花を咲かせるような、そんな芽吹きの美しさを感じさせるものだ。だが、さっきの般若面を思えば、とてもじゃないがその笑顔を真正面から受け止めれる人間など、この場には誰一人としていなかった。何より一番の恐怖を受けた歩美が、東堂が見たことも無いほどにガタガタと震えている。あの奔放さの塊の少女には珍しいぐらい、椿の表情一つで自由を封じられていた。

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