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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第七章 開闢
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視点がまたまた変わっています。

ぴょんぴょんしててすいません。

 思いがけず挙げられたその単語は、椿にとって久しぶりに聞いた言葉だった。

 開闢。天地の始め、世界の起こりを表す言葉。だが、東堂が言っているのはそんな言葉の意味ではないだろう。一般的に国語辞典などに記されているその言葉は、魔術を扱う者が使う場合は異なる意味を持つ。

 しかし、それを知る者は極端に少ないはずだった。椿が知る限り、同年代ではほぼ存在しないと言っていい。古き代の者でも同じだ。知っていておよそ五十を超える年齢の人間くらい、それもそんな者たちでさえ正確な知識など持ち合わせていないに等しい。にもかかわらず、四十を超えたばかりに見える東堂がさも知ったように口にする光景は、椿にとってはいささか奇妙に思えた。

 表情を変えず、目の前の男の言葉に耳を傾ける。その一言一句を聞き逃さないように意識を集中しながら、出来る限り頭を回転させていく。

「開闢、ですか……」

 聞き覚えの無い振りをして、東堂の言葉を持つ。もし椿にその知識があると知られたとして、東堂がどう出るかが分からない。少なくとも一般的な学生では知りえない知識だ。知らない振りをした方が無難だと考え、そう振舞ってみせる。東堂も椿の嘘を見抜いた様子は無く、一つ頷くと、モニタに映る惨劇に目をやった。

 そこには、化け物がいる。黒い稲光――漆黒の魔力を撒き散らし、周囲を硝子細工同然に破壊して突き進む怪物。撮影者がいるのは、地上から遥かな高みを飛ぶヘリコプターだろう。上空からの光景のせいで怪物の姿形ははっきりとは分からないが、それに向けて幾重にも放たれる魔術が光の矢となって見える。それを受け、しかし怪物は止まらない。放たれる無数の魔術を意にも介さず、その進行は止まることを知らなかった。それどころか、怪物から伸びた黒い魔力がさらに破壊の輪を広げ、自身を襲った魔術の発生箇所に向けて振るわれる。その威力がどれほどのものか、映像が激しく動き、その惨状を映し出す。

 人がいた。多くの人が、その黒の魔力に巻き込まれ、その衝撃によって空へと舞い上がっていた。映像では点のようにしか映っていないが、椿は直感的にそう悟った。

 その次の瞬間、激しい光の嵐と共に轟音が響き渡り、遥かな上空から現れた光の波が怪物を包み込んだ。その余波に当てられたのか、映像が乱れ、途絶える。そこで再生は終わり、モニタには一面真っ黒の画面だけが映された。

 その光景の一部始終、懐かしいとは少し違う感覚に、椿は目を伏せる。映像を流れている時は引き寄せられるように見てしまったが、その光景の意味を思い出し、唇を強く噛んだ。表現し難い感情の波が湧き起こり、必死になってそれを抑え付ける。そんな姿は、誰にも見せるわけにはいかなかった。

「目を逸らさずに見てもらったこの光景……君には覚えがあるだろう? 何せ、君の家のすぐ近くで起きた事件だ」

「天、魔……事件」

 搾り出すように上げたそれは、椿にとって全てを変えたに等しい出来事だ。彼女の過去を、未来を、その運命すらも変えてしまったかもしれないと思われる事件。東堂は分かっていてその事件の光景を椿に見せたのか、あるいは開闢と関係のある出来事と知っているのか。どういう意図があってのものかは、椿には分からない。ただ、彼女の中で明確なある感情が生まれ始めていた。

(ダメ、ですね……あの映像を見ると、どうしても……)

 怒りが抑えられない。

 顔を上げ、椿は東堂を睨み付ける。その眼光に宿る鋭さは、今までとはまるで違っていた。殺気ではない。純粋な赫怒だ。誰に向けて放たれたわけでもないそれは、東堂に何らの恐怖も抱かせない代わりに単純な忌避感だけを生み出させる。刺激しては駄目だと、気づけば東堂はそんな風に思っていた。

 だが、東堂はその感情を封殺する。確かに椿の瞳は恐ろしさ以外の何かを秘めているが、そのことに関して頓着するほど東堂は本能では生きていなかった。理性的に状況を鑑み、椿に何らの危険性も無いことを確信する。話したとして、彼女に何も出来まい。

「三年前、あるクラティアが日本において今世紀最悪とまで言われる事件を起こした。死傷者多数、被害はこのクラティアの出現地点からおよそ数キロにまで渡り、百を優に超えるクラティアを単騎で打ち倒したと言われている。聞いていいかな、あれは人間かい?」

「…………ッ!!」

 その一言を聞いた瞬間、椿の怒りが爆発した。感情のままに右手を振り上げると、その手に膨大な魔力が集まり、解き放たれたその力が周囲の空気を操り出す。『空』の特性によって風を操り、それを圧縮して放たれたコンクリートすらも穿つ弾丸が東堂へ襲い掛かる。だが、それが東堂を直接害することはない。『識』の魔術によって支配された椿の精神は、東堂への攻撃の一切を認めず、その攻撃の方向をずらしてしまう。風の弾丸が穿ったのは、東堂の足元の床だけだった。

「東……堂、さん? 教える側である先生が、ものを問うのは……おかしくありませんか?」

「それは済まない。少しばかり口が過ぎたようだね。なら、問うのは止めて、君には聞き役に徹してもらおうか」

 形だけの謝罪を口にした東堂に、椿は一切心を許さなかった。攻撃は当たらないと分かっていても、少しでも逆鱗に触れれば攻撃に出る構えを取っている。その姿を確認し、東堂は内心で笑う。怒りに満ちたその姿は、東堂のある推論を認めているようなものだ。

 もちろん、そんな思いは露ほども見せない。攻撃が当たらないからと言って、攻撃されることを好ましく思うほど東堂は歪んだ性格はしていなかった。

「天魔事件に触れるのは止めておこう。しかし、今回の話には多少関わりがあってね。この天魔と称されるクラティア、彼の力はただの人間の枠外にいる。それは君も認めることだと思うからそのつもりで行かせてもらうよ」

「……その力がどうかしたんですか?」

「不思議だとは思わないか? これほどの力、いくらなんでも常軌を逸している。ただのクラティアではない。ならばハイリヒトゥムの力か? いいや、それも違う。僕が知る限り、そこに眠るカティくんのハイリヒトゥムの威力は絶大だが、これほどの破壊を撒き散らせるほどの強大さは無い。神に選ばれた才能ある者と言われるハイリヒトゥムの持ち主でも及ばない力、気にはならないか?」

 話しているうちに興が乗ってきたらしく、東堂は激しい身振り手振りで椿に説明を続けていく。

 その熱の入れように反して、椿の内心はどんどん冷めていった。東堂の話を聞く度に、彼が何に熱を入れているのかが分かってきたからだ。

 力――東堂が追い求め、必死に希っているのはそれだ。あの天魔の力に魅せられたのか、あるいはその他の何かが原因で力を求めるようになったのかは、椿には知る由も無い。だが、その純粋極まりない力への渇望は、まるで子供のようですらある。分を知らない子供、世界には希望が満ちていると信じて止まない幼少の童子。東堂の姿は、ものを知らない愚者のそれだ。

 だが、それゆえに恐ろしくもある。ただ一途に力を求めるその姿、他者を省みもせず、善悪に捉われずに必死に我が道を行くこの男は、(とど)まることを知らない。今回、椿やカティを連れ去ったように、今まで多くの人間を(さら)ってきたように。

(私が聞きたいくらいです……あなた、本当に人間ですか……?)

 椿の心の声が聞こえたわけではないだろうが、東堂は振り返り、カティのベッドに身を乗り出す。その寝顔を真上から眺め、狂気に歪めた表情で話を続けていく。

「しかしね、僕は知っているんだ。この力が何か……この人を超えた神とも呼べるほどの力が何かをね!」

「それが……」

「ああ、開闢だ。ハイリヒトゥムを顕現した者にのみ許された魔術の究極域、その領域に至ったものは現人神とまで称され、時代を眺め見ても十数人程度しかいないとされる絶対的な力。僕は、それが欲しい」

 万感の思いを込めたその告白に、椿は呆れるしかなかった。それはつまり、素でこう言っているようなものだ。神になりたい、と。

「いい歳をして、何を言っているんですか。少しは大人になったらどうです?」

 椿の挑発的な物言いに表情一つ変えず、東堂はカティから身を離すと、その額に触れた。その手から魔力が流れ始め、椿は目の色を変えて止めようと動き出すが、その動きが途中で止まってしまう。『識』の魔術による精神の支配は、やはり東堂の邪魔になるような行動を許そうとはしなかった。

「カティさんに何をするつもりですか!?」

「目を覚ましてもらうだけさ。彼女のデータは取れた。ただ、間近で実際に見せてもらいたいんだよ。ハイリヒトゥムをね。それが僕の夢を叶えてくれる」

 東堂の魔力に応じるかのように、カティが少しずつ瞼を開く。その目はすぐに東堂の姿を捉え、表情は困惑に彩られた。何故、東堂が目の前にいるのか、状況を理解できていないのだろう。

「やぁ、カティくん。お目覚めで悪いが、君の“爆轟の奏歌(アオス・ブルフ)”を僕に見せてもらえないか?」

「東堂、先生……? あれ、どうして先生が……それに、ここ……。え? うそ、身体が……!」

 目覚めたばかりのカティは、状況への理解に追われ、すぐに自身の身体がベルトで寝台に固定されていることに気づく。椿の時のように身体をガタガタと揺らすが、そんなものでは解けるはずもない。東堂は、それを優しく制すると、指の一振りで全てのベルトを外してみせた。

「これで良いだろう。さあ、君のハイリヒトゥムを僕に見せてくれ」

 意気揚々とそう口にする東堂とは対称的に、当たり前だがカティはキョロキョロと周囲を見回し、表情には困惑が見て取れる。それでも見知った相手である椿を見つけると安心したように胸を撫で下ろし、安堵の息を吐いた。同時に自分に起こった出来事を思い出し、表情を凍りつかせる。その目は椿を越えてその先にいる幾人もの眠り続ける学生たちに注がれ、愕然とした様子で東堂を振り返った。

「せ、ん……せい、まさか……?」

「ああ、理解が早くて助かるよ。そう、僕が君の追っていた失踪者事件の首謀者だ。ほら、だから僕は君の敵だ。早く君のハイリヒトゥムを――」

「“爆轟の奏歌”――!」

 東堂の言葉も待たずにそう叫ぶカティだが、その手には先のように白銀の剣どころか炎すらも現れない。その不可解な事実にカティは焦るが、その答えはすぐに背後から届けられた。

 椿もすっかり忘れていたそこには、事態を見守る二人の少女がいる。

「せんせー、無理ですよぉ~。だって、術を解いてないしぃ」

 やけに間延びした口調で歩美が言い、スキップしながら東堂へ近づいていく。

「なら解けばいいだけの話よ」

 それを追いかけるのは、落ち着いた口調で話す如月だ。二人とも東堂の隣に並び、カティたちと向かい合う。その見覚えのある人物の登場に、カティは乾いた笑いを漏らした。ここまで来ると、さすがのカティも自分が罠に飛び込んでしまったことに気づいてしまう。

「如月、先輩……はは、だったら私、まんまと先生たちに嵌められたってわけ?」

「いやいや、様々な幸運が重なり合った結果だよ。僕はついていた。そして、君はついていなかった。それだけさ」

「ふざけないでっ!!」

 怒声を上げ、今度こそ“爆轟の奏歌”が顕現する。その本当の力は発揮させず、カティは炎を纏う剣で東堂へ斬りかかった。しかし、力任せの乱れたその一撃は容易く躱され、それどころか東堂に剣身へ触れることまで許してしまう。

「なるほど、炎に自分の魔力を纏わせることで爆轟を防いでいるのか。熱が無いのもそれが原因だね。爆轟が起きるのは、急速に空気が熱膨張を起こし、衝撃波を生み出すためだ。炎を直接空気に触れさせなければ起きることもない。となると、この炎は不思議だね。酸素の供給を必要としていない。魔術的な炎……ああ、この炎は君のハイリヒトゥムの一部なのか」

「ごちゃごちゃと……ッ!」

 カティは剣を振り、東堂の腕を引き離す。それと同時に炎を使って攻撃を試みるが、一撃すらも東堂に当たることはなかった。まるで挙動を読んでいたかのように最低限の回避行動で炎を避け、瞬く間に“爆轟の奏歌”の攻撃半径から外れてしまう。見れば、如月と歩美も同じように離れた場所に立っていた。半径二メートル、それを越える場所に炎は届けられない。

「攻撃の届く距離は二メートル前後か。いや、あえてそこに留めているのかな? エドガーくんと戦った時は、炎がコロッセオを動き回っていた。おそらく、それ以上の距離では君の魔力制御が安定しないんだろう。爆轟を起こしたくないんだね」

 何が楽しいのか声を弾ませながら東堂は分析を続けていく。その指摘は、全てが当たっていた。零余のような“識者の叡智(アルヴィスナハイト)”も無しに、東堂は見ただけでカティの能力の全てを言い当てていく。そのことがカティには不気味だった。

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