②
「奴らはこの地下にいる。ふざけた話だが、俺がそのことを知っていることも了承済みだ」
「そこから逃げている可能性は?」
「おそらくは無い。あそこには何人もの失踪者がいるし、それに東堂は狂人だ。身の保身よりも研究を最優先するほどのな」
「目の前の玩具を我慢できないガキってわけか」
恋、人の妹を玩具扱いするな。
「はぁ……とは言え、楽に乗り込んで椿たちを救出ってわけには行かないんだろうな」
「一応、エレベーターがあるから最下層までなら一直線だがな」
「エレベーターあんのかよ」
何だその至れり尽くせりのダンジョン。だが、エドガーが言うなら本当なんだろう。
俺は両頬を打ち、気合を入れる。今からそのコロッセオの地下へ乗り込むのだ。生半可な気持ちでは入られない。そんな風にして自身を鼓舞する俺とは反対に、恋もエドガーも気楽な様子だ。恋はいまいち本気なのか分からない気だるげ目でキャンディを舐め続けているし、エドガーにいたっては軽くラジオ体操を始めている。いや、運動前に身体を解すのは当たり前だし、怪我をしないようにするために最適なんだが、何か馬鹿っぽく見えてしまう。まぁ、それはあくまで表面的な姿だろう。恋もエドガーも内心では本気の緊張感を幾分かは持っているに違いない。
「それでエドガー、地下への入り口はどこに――」
「だぁっ! ちっげーよ、ラジオ体操の二番はこうだろーが」
「何? 馬鹿を言うな。この日本に来て最初に覚えたのがこの動きだ。間違えるはずが無い。こうだ」
「………………………」
「あぁ? おい、エドガー? アタシが日本に生まれて何年経つと思ってたんだ。十五年だぞ? キャリアがちげーんだよ」
「何を言う。俺は地球に生まれて十八年だ。人間の動きはお前もよりも知っている」
「………………………」
「人間の動きってなんだよ。手足振り回すだけだろーが。ラジオ体操はそれらを組み合わせた上でより高度な技術を必要としてんだよ」
「馬鹿を言う。人間の動きの組み合わせがラジオ体操なのだとすれば、その動きをマスターしている俺に出来ていないはずが無いだろう」
「違うだろ! そこはこうだろう! ラジオ体操ぐらいちゃんと覚えとけ二人ともっ!」
全く――
「って、違ぁうっ! ふざけてないで行くぞ!」
何やってんだ、俺まで……。
ともかくも馬鹿共の頭を張り飛ばし、俺はエドガーを先行させて地下施設への入り口に案内させる。そこは、コロッセオの控え室からそう遠くない入り組んだ廊下を進んだ先にある人気の無い場所にあった。周囲は薄暗く、途端に距離が出来たように外からの声も遠ざかってしまう。さっきまで騒がしく聞こえていた修復作業の建築音も物音程度にまで薄まり、まるでそこだけぽっかりと別空間にあるようだ。場所自体はさほど広くも無く、俺たち三人が入って少し楽と言った程度。影があるために薄暗く、視界も悪い。
「この角に入り口があるのか?」
「ああ、ここだ。ここを押すと……ほら、パスワードを解除するためのタッチパネルがあるだろう。ここに適切な番号を押してやれば――」
『エラー入力を確認しました。再度の入力を要求します』
エドガーの開いて見せたタッチパネル式の入力画面には、そんな言葉が羅列していた。
「ふむ、少し間違えたようだな。もう一度」
言いながら、もう一度エドガーは番号を打ち直す。俺はそれを後ろで眺め見ながら、東堂と言う男の持つ技術にまたも驚いていた。こんなパスワード式のロックまで付けることの出来る科学技術も持っているのか。ただのクラティアってだけでは無さそうだ。
「早くしてくれよ~」
恋は、退屈そうに壁にもたれかかっている。緊張感の無い奴だ。
『エラー入力を確認しました。再度の入力を要求します』
「……………………」
しかし、どんな奴なんだろうな、東堂って言うのは。密かにコロッセオに地下施設を造り上げてまで秘密裏に研究を行う、エドガー曰く狂人。おかしな話だ。ハイリヒトゥムの研究など、別に珍しい研究テーマではない。シュトラーフェの開発も、元々はハイリヒトゥムの研究が基になっている。世界中の学者が研究しているテーマをわざわざ隠れてこそこそと続ける意味が分からない。正式に大学なり何なりで研究すれば、進んで実験体となってくれる提供者も現れるだろうに、危険を犯して学園生を誘拐するとは。やはり、普通の奴とは少し違うのかもしれないな。
「ああ、そうだった。ここは4だったな。俺としたことがうっかりと――」
『エラー入力を確認しました。安全保護のため、該当指紋データを保存。これより該当指紋保持者の一切の入力を受け付けませ――』
「ふんぬっ!!」
突然、前方から凄まじい爆発音が鳴り響いた。何事かと思いエドガーの方に意識を向けると、何故かタッチパネルに拳を叩き込み、さらにはその奥に腕をめり込ませている。タッチパネルは沸々と煙と火花を放っていた。
な、なにしてんの、こいつ……。
「少し機械の調子が悪いようだ。無理矢理進もう。――トラヴィアータ」
そのままエドガーはシュトラーフェを取り出し、その切れ味抜群の刃で以って壁を縦横無尽に切り裂いてしまう。まるでサイコロステーキのようにブロック状に切り裂かれた瓦礫の先には、人工的な明かりの灯る下への空間と、そこへ至る階段が広がっていた。
しかし、驚くべき点はそこではなく、強行に及んだエドガーにある。その横顔は見えないが、少しだけ赤かった。
ま、まさか、こいつ――
「お、おい、レイ。もしかしてエドガー、実はマジギレしてたんじゃねーの?」
「あ、ああ、そりゃ大切な妹を連れ去られたんだ……。表情には出してなかったが、本当は腸煮えくり返ってたんだよ……」
怖い。あのエドガーがマジギレとか、ちょー怖い。
カティさんといた時にもついぞ見ることの無かったエドガーの荒々しい姿に恐怖しながら、俺たちは瓦礫を掻き分けて奥へと進む。三人縦に並ぶようにして階段を下りると、そこにあるのは如何にも地下研究施設と言った風の代物だ。人工的な明かりと白を基調とした空間が広がり、窓は一切無く、換気口らしき物がところどころに見えている。道は一直線に広がるだけで他へと続く扉はなく、奥の方にあるのはエドガーが言っていたエレベーターらしきものだ。ここからそう遠くないそれの頭上には、二つのランプの球体が見えた。つまり、この地下施設は二階立てということか。地下施設というには小さい、と言うか浪漫が無いが、人一人が研究したり暮らしたりする分には、それだけあれば十分とも言える。廊下自体に装飾が無いのも、その造った本人の性格を表しているかのようだ。無駄な装飾や華美なデザインは必要としていないと言うことだろう。
「あのエレベーターに乗るぞ」
「あ、ああ。OK、ボス」
「う、うっす、ボス」
エドガーの先導に従い、エレベーターへ向かう。一本道ゆえに多少なりとも何かあるかと危惧していたが、それは杞憂だったようだ。特に何の問題もなくエレベーターへと辿り着き、上昇ボタンを押すと、そう間を置かずに扉が開いた。
「これから地下二階に降りる。ちなみに一階に興味があるなら途中で下ろすが、同時に首も落ちることになる。どうする?」
「い、いい、いいよ、そんなことしなくても」
「あ、ああ、一階とかどーでもいいから」
エドガーさん本当にマジギレしてるよ。けど、こちらから顔を逸らして小刻みに震えているのはどうしてだろう。笑いを堪えているようにも見えるのはどうしてだろう。ああ、あれか。これからカティさんを浚った奴らを血祭りに上げることを想像して武者震いしてるのか。頼もしいが、ちょっとさっきまで俺、平然と頭叩いたりしてたけど大丈夫かな。恨んでないかな……後でお礼参りされないかな。
三人でエレベーターに乗り、地下二階へ。少しして開いた扉の先には、広大な空間が広がっていた。
「広いな……」
何のためにあるのか、一般的な体育館くらいはありそうな空間だ。と言うか、バスケットゴールが見えるんだが……あれ、これ体育館だろ。
俺の目の前に広がるのは、完全な体育館だった。端の方にはバスケットボールもある他、バレーボールやそのためのポール、室内競技用の各種スポーツ器具が置かれている。明らかに運動することを目的に作られた場所だ。
「なんで体育館?」
「研究ばかりでは身体が鈍るからだそうだが、東堂が使っているところは見たことが無いな」
「……掃除もしてねーみたいだな。そこらに埃溜まってるしよ。ほら、見てみろ。ここだけ変に綺麗だ。あいつらが通ってる証だな」
恋の言うとおり、埃の積もった部分が、唯一奥へと通じる一直線の道にだけ存在していない。長年使ってきた通路用の道を除いて、この体育館が使用されていないと言うのは本当らしい。これだけの設備を揃えて十数年も放置とは勿体無い限りだ。まぁ、研究者なんてのは大概そんなものなのかもしれないが。
「ここともう一つ部屋を抜ければ、東堂のいる研究室がある。行くぞ」
エドガーがさらに前へと進んでいく。その迷い無い足取りは、罠の類を警戒しているようには見えない。それが無いと言い切れるからこその行動なのかは判断がつかないが、俺は恋と顔を見合わせ、黙って付いていくことに決めた。この広大な空間に使用された形跡は皆無だ。罠を仕掛けているようなことも無いだろう。
「なるほど、罠を講じるタイプじゃなかったな」
この体育館のような場所の先にある通路の奥から出てきた一人の男を見て、俺は合点が行った。
罠なんてあるはずもない。狙った場所に人を導いて置きながら、真正面から堂々と俺たちに戦いを挑んできたような男だ。
本日二度目のその男との再会に、俺はあからさまに顔を顰め、エドガーは無言で鼻を鳴らし、恋は詰まらなそうにキャンディを噛み砕く。
「やっぱ来たかよ」
契里先輩の登場に俺たちの誰も驚きはしなかった。ここにいる以上、いずれは出会うことは分かっていた。そしてここは、広大なフィールドだ。待ち伏せし、なおかつ真正面からの戦いを挑むなら、この男しかいない。こんな隠れる場所も策を弄することも無いコロッセオのような場所で戦う者がいるとすれば、契里直哉くらいだろう。
恋が一歩前に出る。その手にはすでにアヴェルテレが顕現しており、戦意は十分と言った様子だ。だが、その動きは少しおかしい。戦うと言うのなら、何故エドガーよりもさらに前へと出る。それではまるで、契里先輩と一対一で戦おうとしているかのように見える。
「いや、見えるんじゃなくて一人で戦おうとしてんだよ」
「人の心を素で読むな」
魔術使われたんなら分かるけど。
しかし、恋の奴、本気か。こっちは三人、向こうは一人。三対一で戦えば、正直、契里先輩に負けるとは思えない。前衛どころか中衛を過分にこなせるエドガーに、全てに置いてバランス良く戦える恋、あらゆる魔術を看破する俺。上手く機能すれば、グラディアートルですら易々と圧倒できるだろう。
「忘れたか、レイ。あいつ、逃げるときにアタシに言っただろ?」
「覚悟しろ、だっけ」
「男女ってよぉッ!!」
あ、根に持ってたのね。
目を怒らせ、恋は濃密な魔力を放ち始める。本気で契里先輩と一騎討ちするつもりらしい。しかし、今はもうそれを止める気にはなれなかった。いや、その横顔を見て、止められないことを悟った。
恋は、本気だ。本気で怒ってる。本気で男女呼ばわりされてキレている。
「アタシは女だっつーの! くっそ、許さねぇ。契里はアタシが倒す。お前らはさっさと先に行け」
「いや、先に行けって言われても。契里先輩が邪魔してるし」
「なら退かせば良いだけだ」
平然とエドガーはそう言ってのけると、床を足で踏み鳴らした。その瞬間、床が大きく盛り上がり、腕のような形を取る。その無機物の腕は、一直線に契里先輩へと向かって飛んだ。物の変化を表す性質を持つ『水』の特性と固定を表す『地』の特性を利用した魔術だ。腕の大きさは人の胴体ほどで、速度は結構速い。避けることは難しくは無いだろうが、あれなら確かに契里先輩を退かすことが出来る。
だが、契里先輩が動くことはなかった。ただ一言、呟いただけだ。
「――ジェラルド」
その瞬間、契里先輩の手元にシュトラーフェが顕現し、迫る腕を消し飛ばした。あのシュトラーフェ、ジェラルドの能力。魔力の結合を解き、元に戻したと言うわけだ。
武器を肩に担ぎ、契里先輩は笑う。戦いを好む戦闘狂の顔だ。
「こんな真似しなくても先に行きたきゃ行かせてやるよ。だが、そこの男女は別だ。俺に怪我を負わせたんだ。やり返さなくちゃ気がすまねぇ」
「だから、女だっつってんだろ。いい加減にしねーと泣かすぞ?」
互いに口調も荒く言い合い、俺たちにさっさと出て行けとばかりに視線を送ってくる。本当にこの二人、一騎討ちするつもりらしい。恋がそのつもりなのは分かるが、契里先輩はそれで良いのだろうか。いや、敵の心配をしている場合ではない。二人きりで戦いたいと言うならそうさせよう。
エドガーが何も言わずに走り出す。恋の力を信用しているのだろう。その後姿を追いかけながら、俺は首だけを振り返って恋に言う。
「死ぬなよ!」
恋は笑う。自信満々のその笑みには、敗北への不安など微塵も感じない。それに恋は一度契里先輩を降しているのだ。
死ぬなよ、と再度心の中で呟き、俺はエドガーと共に一直線の通路へと飛び込んだ。それに少し遅れて、背後で凄まじい大音が鳴り響く。
――戦いが、始まった。




