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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第七章 開闢
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「これで完治した……ふぅ」

 恋たちとの話し合いを終えて一時間、都合二時間で俺の傷の全ては治った。折れた骨も、裂けた肉も、その全てが完全に癒え、失った血と体力を除いて俺の身体は万全の状態へと返ったのだ。その様を鏡で確認し、改めて先輩の実力に感謝の念を抱く。椿の時よりも大怪我であったにも関わらず、怪我はそれ以上の速度で回復した。俺の治癒力が高かったから、などと自意識過剰なことを言うつもりは無い。どう考えても先輩が無理をしてくれたからだ。そのせいか、先輩はフラフラになっており、こうしている間にも肩で息をしながら、ベッドにしがみつく様にして倒れこんでいる。

 しかし、おかげで身体は動く。激しい動きをしても痛まない。

 傷が癒えたことを確認した俺は、先輩が休憩中に持ってきてくれていた新しい学生服に着替える。多少、サイズに誤差はあるが、特に着心地に困ることもない。むしろ、よくこんな制服を探して来てくれたものだと思う。

「気が利きすぎですよ、先輩」

 ベッドに持たれかかって休む先輩に声をかける。先輩は、薄目を開けて俺を一瞥し、少しだけ笑顔を見せた。いつも無表情なことの多い先輩には珍しい表情だ。

「感謝、して欲しいね。あんな死に掛けの身体がこんな短時間で、治ったんだから」

「言われなくても、死ぬほど感謝してますよ」

「死んでもらったら困るんだけどね」

 ベッドに手を着き、先輩は立ち上がる。俺は慌てて駆け寄り、その身体を支えた。フラフラと揺れるその身体を立たせると、先輩は少し恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。支えられたことが恥ずかしいのか、ただ単に男に触れられて照れているのか。どちらにしろ、さっきから先輩にしては珍しく感情の機微が激しい。普通の人であれば些細な変化も、先輩相手なら大きな変化になる。

 俺に支えられた先輩は、真っ直ぐに何かを指差す。そこにあるのは、先輩が持ち込んできた鞄だ。医務室の机の上に乱雑に放られたそれに用があるらしく、俺は先輩をしっかりと支えると、そこへと運んであげた。先輩を椅子に持たれかからせ、鞄を手渡す。それを受け取ると、先輩は中を漁り始めた。中身を見るのも気が引け、俺はあえて視線を逸らしたまま待つ。しばらくして目当ての物が見つかったのか、先輩はチャックを閉じて鞄を机の上に置くと、取り出したそれを俺に向けてきた。

 黒い、ボタン? 形状は、それに近い。円を描く物体で、大きさは親指大ぐらいか。全体的に黒を基調としており、それ以外の装飾はほとんどない。見た感じは、完全にただのボタンだった。

 先輩は、こんな物を俺に見せてどうしようと言うのだろう。

「エドガーとの試合、見た」

「え、あ、ありがとうございます?」

 いきなりの先輩の言葉に、俺は訳が分からず、適当に返してしまう。そんな俺をまた軽く笑ってから、先輩は少しだけ真剣な口調になる。そこにいたのは、治療をしてくれる先輩としての姿ではなく、クラティアの先輩としての姿だった。

「一つ助言。ひーらぎのシュトラーフェは確かに凄いけど、ひーらぎ一人じゃ何の役にも立たない」

「まぁ……確かに」

 俺は同意する。先輩の言うとおり、俺の“識者の叡智(アルヴィスナハイト)”は、俺一人では何の役にも立たない力だ。その力は確かに強大だが、それを前提として動けるだけの身体能力、それを有効に活用する魔術の技術が俺にはない。この力は、誰かと組んで初めて機能する。だからこそ俺は、一対一を基本とするクラティア・コロッセオでは常に降参を繰り返してきたのだ。

「だからひーらぎは、戦いで自分の知った情報を味方に伝えなきゃいけない」

 これまた、先輩の言うことは正しい。だが、それがどうしたと言うのだろう。今さら指摘されるまでもなく、そんなことは一番俺がよく分かっている。

「でも、一秒の油断も命取りになる戦いの中で一々口頭で伝えていたら、とてもじゃないけど間に合わない。だから、これ」

 黒いボタンのようなものが押し付けられる。それを手に取り、色々と眺めて見たが、やはり勝手が分からない。何をどうすればいいのだろう。と言うか、これは何だろう。先輩の口ぶりからすると、俺の口頭での伝達を早めてくれる道具なのだと予想ができるが、しかし使い方が分からない。

 俺がそれをしげしげと眺めていると、先輩は目を閉じ、音を立てて寝始めようとする。

「ちょ、先輩! 使い方を教えてくださいよ」

「ん……あ、そうだった。それ、一個だけしかないから気を付けて」

「いやだから! 一個しかない以前に使い方が――ね、寝たの? マジで、寝たの?」

 うっそぉ……。

 すやすやと吐息を立てる先輩を見る。あどけないその表情は安らかであり、起きだしそうな気配はない。俺のために力を使い切った以上、無理に起こすのも心苦しく、俺は結局先輩に問いただすことはなかった。眠る先輩にベッドの毛布をかけて置くだけにして、医務室を後にする。

 医務室の外には、恋とエドガーが待っていた。先輩の治療が本格化するにつれ、集中力が切れるからと言う理由で外に出されていたのだ。その間、二人は時間帯もあって夕飯を食いに行くと言っていた。ついでに俺の分も頼んである。

「あむ……ん……終わったみてーだな」

「んぐ……むぐ……よし、行くか」

 二人は、スーパーの袋からお握りを取り出して貪り食っていた。

「いや……お前ら、何してんの?」

 何故、こんな廊下で飯を食っているのだろう。何故、スーパーの袋の中身がすでにゴミだらけになっているのだろう。何故、金まで渡したはずなのに俺の分の夕飯らしき物の姿が見えないのだろう。

「お前待ってたらまた腹減ったんだよ、悪ぃな」

「ただの嫌がらせだ、悪いな」

「悪いじゃねぇよ! っつーかエドガー、嫌がらせってなんだっ!? 開き直んなっ!」

「おぉ、全力で突っ込めるくらいには回復してんじゃん」

「ふむ、俺たちが身体を張った甲斐があったな。あー、食いすぎて腹が痛い」

「しばくぞ、お前ら!」

 いい加減、平和主義者の零余さんもぷっつんですよ、これ。

 二人の頭を平手打ちし、唯一残っていたおにぎりを奪い取って素早く腹に収める。喉が詰まった。なんだこの不幸。

 慌てて水を奪い取って喉の異物感を拭い去り、一息つく。正直、まだまだ全然食い足りないのだが、食い過ぎて動けないよりはマシだ。

「はぁ……これから敵の本陣に乗り込もうってのに、なんでそんな呑気なんだよ……」

 危機感のまるでない二人の姿に呆れ果て、ため息が零れる。

 そう、俺たちは、これから椿とカティさんの救出に向かうつもりなのだ。

 約一時間ほど前の話し合いの席で、エドガーは全てを話してくれた。東堂の目的、そのために行われた誘拐事件の真相、その誘拐事件によって(さら)われた失踪者たちの集められた場所。当初はふざけ倒していたエドガーだが、さすがにいつまでもそんな調子を続けることもなく、知り得る情報の全てを俺たちに伝えた後、カティさんを助けに行くという強い意志を見せた。その頑固な思いは、俺の説得に耳を貸すこともなく、また恋がそれに便乗したことで俺の「頼れる大人」に任せると言う最も安全確実に椿たちを救える方法は完全に無くなった。仮に俺一人がここに残っていたとして、二人は問答無用で東堂たちの下へ乗り込んでいく。そうなってしまえば、誰かに頼って椿たちを助けてもらうなんて言っていられなくなる。椿たちを救い出せればそれで良いが、最悪、恋たちまで捕らえられた場合、奴らに手出しすることは更に困難を極めるだろう。問題なのは、そうなる可能性が大いにあるということだ。恋とエドガー、どちらも実戦経験は豊富そうだし、実力もある。だが、戦い方は直情的な傾向が強く、真正面からの殴り合いに特化している反面、策を弄した戦いに対処することを苦手としている節があった。東堂たちには、『識』と言う特殊な特性の魔術を扱う者たちがいる。彼女らに対処するには、二人だけでは心許ない。しかし、俺ならそれを助けられる。“識者の叡智”は、あらゆる魔術を看破する。

 以上を踏まえ、結局、俺はこいつらと一緒に敵の本陣とか言う人生で一度は使ってみたい単語まで交えてこの事態に対処する羽目になった。いや、本音を言えば、多少は俺も燃えている部分はあるのだ。大切な妹を救うために仲間と共に敵の本拠地へ乗り込む。男なら誰だってこの展開に燃えないはずがないだろう。

「まぁ、アタシはこういうの慣れてるからなぁ」

「なに、所詮はアホとメガネとウザイのと枯れ木を倒せば良いだけだ。大した問題ではない」

 平然と言ってのける恋とエドガー。どちらも言っていることが凄すぎてその胆力が羨ましくもある。こうしている今も、何だかんだで俺は不安を感じているのだ。本当に椿を助けられるか、椿は無事なのか。もちろん、カティさんも心配だ。それでも俺にとって一番気がかりなのは、椿の安否である。だが、恋やエドガーにそんなことを心配している様子は見られない。恋はともかく、エドガーはあれほどまでカティさんを救うことに固執しているくせに心配じゃないのだろうか。それとも、カティさんを研究素体として連れて行った以上、無事であると確信しているのだろうか。

 エドガーを見る。堂々と倒すと言ってのけたこの男は、東堂の目的をハイリヒトゥムだと言っていた。神に選ばれた者、魔術の天才たる証、その力を手に入れることが奴の目的だと言った。また、その研究の過程で契里先輩のシュトラーフェの進化と言う成果が得られたのだろうとも。なるほど、それも一理ある。シュトラーフェとハイリヒトゥムの違いは、端的に言ってしまえば放出魔力量の違いだ。人間の本来持つ魔力を十として、常人が魔術として放出できる量はおよそ二、三。シュトラーフェであれば、四、五、才能ある者で六だ。だが、ハイリヒトゥムの持ち主は違う。通常時の魔術でも四、五。ハイリヒトゥム自体に至っては八、九ほども体内の魔力を放出するのだ。それがゆえのカティさんのあの破壊力。体内の魔力を大量に放出できれば、それだけ使用できる魔術の質も威力も桁違いに上がる。契里先輩のシュトラーフェも、おそらくは同じ現象だ。今まで四、五で出していた力を六ほどまで出せるようになったために、あのシュトラーフェの能力の強化が起こったのだろう。

「それでエドガー。本当なんだろうな……東堂たちの居場所が、このコロッセオに造られた地下研究所だって言うのは?」

「ああ。クラティアを浚っていたのは俺だからな。それどころか、一時期は寝泊りもしていたくらいだ。学園から近くて都合が良くてな」

「そう言う問題か……? いや、良いけど。だが、聞いたことないぞ。コロッセオに地下施設があるなんて」

 本物のイタリアのコロッセオなら、地下構造があるとかないとか色々と言われているが、このクラティア・コロッセオではそんな話は聞いたこともない。歴史的建造物を模したこの場所だが、さすがに不必要な構造までも取り入れてはいないだろう。

「東堂が秘密裏に造り上げたものだ。およそ二十年ほど前、奴がこの学園に赴任した当時にな」

「造り上げたって……地下施設を? 東堂ってのはどれだけ化け物なんだよ……」

 いくらクラティアが人間を超えた力を持っていると言っても限度がある。地形を丸ごと造り替え、新たな施設を建造するなど常軌を逸していると言う他ない。そんな男とこれから渡り合うことになるのかと思うと、さすがに身も竦む思いだ。

 しかし、地下と言うならある意味で納得もできる。闘技場を覆うように展開されていた魔力の流れや、知らぬ間にいなくなってしまった契里先輩や歩美。コロッセオで控えていた先輩が言っていたのだ。契里先輩や歩美、如月先輩の姿を見た覚えはない、と。先輩一人の言では不確実だが、このコロッセオの地下に逃げ出したのなら見ているはずもない。

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