表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第六章 幕間
PR
44/275

 世の中は侭ならない、と人は言う。望んだものが手に入るとは限らず、得たい地位に就けるわけでもない。生まれながらに優劣は決まっており、諦観と妥協を抱えて生きていく。それが人間であり、正しく人としての在り方だ。もちろん、願いを叶える者はいるだろう。望みを果たす者はいるだろう。プロスポーツ選手になりたい、映画俳優になりたい、歌手になりたい、アイドルになりたいなどなど、世の中にはそれらの夢を叶えた者も当然のようにいる。華やかな舞台だけが称賛に値するとは限らない。一般的に評価されない夢であったとしても、叶えてしまった者は心からの賛辞を送られるべきだろう。

 ゆえ、東堂拓馬は夢を持つ者を好いている。

 願い、望み、励み、叶える。仮に最後の領域に至らずとも、等しく願い望んで励む者は評価されるべきだと彼は思う。何故なら、夢を追いかけ続けられるその姿勢こそが何より至上なのだから。むしろ、夢を叶えた者よりも夢を追いかける者の方が東堂には美しく見えるほどだ。

 そんな夢を持つ者たちが彼の下に集まったのは、あるいは必然だったのかもしれない。等しく力を追い求め、そのために邁進する愚物共。だが、その愚直さが素晴らしい。

 東堂の仲間は、その素晴らしさで以って最高の研究素体を届けてくれた。

 やはり、素晴らしい。夢を追い求める者は素晴らしい。

「なぁ、そうは思わないか」

 誰ともなく呼びかける声に、答える者はいない。多くの失踪者が連れ込まれた寝台の並ぶその部屋で、絶えず響くのは眠る彼らの吐息だけだ。そこにまた、二人の少女が新しく追加された。バイタルサインは正常値を示しており、安らかに眠る彼女らに命の危険は見られない。少女の内の緋色の髪を持つ方は大怪我をしていたようだが、それも東堂の力によって即座に完治した。奇しくもそれは、つい先日彼女の兄が使い、その少女につけられた傷を治していったことを考えれば、巡り合わせと言うのも不思議なものだ。東堂の研究成果によって、兄妹がお互いにつけられた傷を治し合う。しかして、それは、結局新たな悲劇への道のりに他ならないのだから、東堂も笑ってしまう。

 その笑いに反応したわけではないだろうが、緋色の髪を持つ少女――カティ・ブレイズフォードが身動ぎする。目を覚ましたわけではなさそうだが、少しうなされているようだ。悪い夢でも見ているのかもしれない。

 東堂は手を伸ばし、カティの額に触れる。その指先から仄かな魔力の光が漏れると、カティの表情が和らいだ。

「夢でくらい、幸せを追いかけてもいいだろう」

 優しさ、なのだろうか。東堂自身にもそれは分からない。気を利かせたと言うのが正しいのだろうが、それは優しさや甘さとはまるで別種のような気がする。畜産業の飼育者は、愛情を以って牛や豚に接し、肥太らせてから肉に変える。東堂の中にある意識もそれに近いところがあるのだろう。東堂にとってカティは、大切な研究素体だ。長らく待った、数少ないハイリヒトゥムと呼ばれる特殊な武具の持ち主。神に選ばれた本物の天才。

 その力を、東堂は思い出す。直接見たわけではないが、東堂には外界の映像をモニタに映し出す術がある。それを使い、コロッセオでの試合を見続けた。最初は見る気も起きないほどの眠たくなるようなつまらない戦いだったが、後半はまるで違った。広大なコロッセオを飲み込むほどの炎の奔流。強大な力に耐えられるようにと設計されたコロッセオの壁や観客席の防御結界までも破壊してみせた爆発の力。そのどれも、並のシュトラーフェでは成しえないことだ。

 あれがハイリヒトゥム。術者の魔力を九十パーセント近くまで外界に放出し、武器に変えた力の結晶。

 東堂は、それを喉が手が出るほどに欲していた。

「先生、二人の様子はどう?」

 物思いに耽っていた東堂は、その声で我に返る。声の方を振り返れば、一人の少女が部屋に入ってくるところだった。手にはトレイを抱え、そこには淹れたてのコーヒーが載せてある。お茶請けのつもりなのか、何故かスルメもあった。どういうセンスなのかと東堂は首を傾げるが、少女は黙ってそれを机に置いていく。仕方なく、東堂はテーブルに着き、コーヒーを啜ってからスルメを食べた。やはり、合わない。

「見ての通り、安静にしているよ」

「そう」

 淡々と答えるのは、眼鏡をかけた少女――カティが如月と言う名で覚えている少女だった。もし、この場でカティが目を覚ましていたら、その性格の豹変振りに驚いたことだろう。そこには、かつて見た陽気さも明るさも微塵もない。表情は変わらず、東堂の傍らに立つその姿勢は全くぶれていなかった。

 その如月の背後から、ひょこっともう一人の少女が顔を出す。特徴的な三白眼を持つ少女、歩美だ。彼女は、トレイからスルメを奪い取ると、何も言わずにもしゃもしゃと食べ始めた。しかし、上手く噛み千切れないのか、悪戦苦闘しているようである。

 すっかり人の気配で騒がしくなったことに苦笑し、東堂はコーヒーをもう一口飲む。味は格別美味いわけではなく、変わらずインスタントだが、やはり温かいと違う。

「むぐっ……んむ、ぺろっ。しかし、あれですねぇ~。こうもあっさりと目的のものが手に入ると、なんか拍子抜けって感じがしますねぇ~」

 スルメを食べ切り、最後に何故か指を一舐めしてから歩美が言う。そんな彼女の姿を冷たく見下ろし、如月は告げる。

「ギリギリだった。契里くんにいたっては、完全に負けていたし」

「えぇ~、それは契里くんだけでしょ~。わたしは普通にバッキー捕まえて如月に渡したじゃん」

「その後にエドガーにやられそうになっていた。あれは弁解の余地無しよ」

 きっぱりと如月に言い切られ、歩美が唇を尖らせる。自分は失敗していないとでも言いたげなその顔は、まるで子供だ。いや、子供なのだろう、と東堂は思う。何せ見た目は確かに十代半ばの少女だが、生まれてからそう多くの時間が経っているわけではないのだ。

 歩美と言う少女は、東堂にとっても面白い存在だった。出来れば研究してみたいが、それは如月が許してはくれないだろう。

(まぁ、仲間を玩具にするつもりはないよ)

 歩美が幼児のように如月に向けて挑発的な表情を作り、少し表情を苛立たせた彼女から笑いながら逃げ始める。その姿を如月は追いかけるかどうか迷ったようだが、歩美が距離を取ってお尻をペンペンと叩く姿を見た瞬間、爆発した。全速力で歩美を捕まえにかかり、その尻に掌を打ち付ける。そこに容赦はまるでなかった。

「ぬぎゃぁっ!」

 猫のような悲鳴を上げ、歩美が騒ぎ出す。何度も叩かれ、助けを求めるように東堂を見るが、彼はもはや彼女たちに興味を失っていた。視線すら向けず、眠りにつく二人の少女を眺めている。彼にとっての悲願を叶える存在なのだから、その反応も当然なのだろうが、歩美本人からすれば薄情この上ない。叩かれながら恨みがましそうに東堂を眺め、さらに威力を増した平手に涙を滲ませる。

「全く、あなたは、いつまで経っても、成長しないっ!」

「わ、わたしを如月たち生物と一緒にするなぁーっ!」

 二人の叫びが部屋中に響き渡り、さすがの東堂も顔を顰める。少しは注意をしようかと思って視線を向けようとしたところで、彼は気づいた。寝台で伏せる少女のうちの一人が微かに瞼を震わせ、それから間を置かずに目を開いたのだ。少女は、眩しそうに天井の光に目を細めると、すぐに自分の身体が寝台にベルトで拘束され、まるで言うことを利かないことに気づき、表情に焦りを浮かべる。ガタガタと必死になって身体を動かそうとし、それでも自由が利かないことを理解すると、唯一動く頭を傾けて周囲を見回した。その目が、東堂のそれと合う。

「やあ、お目覚めかな。柊椿くん」

「……ここは……。安心して寛げるような場所ではありませんね。ベッドが少し、硬い」

 東堂は、椿の落ち着きように感心した。こうして多くの人間を誘拐同然にこの場所へ連れてきたが、目を覚ましてすぐに状況を把握し、軽口を叩いてみせたのは彼女が初めてだ。その胆力、寝ながらも周囲の情報を少しでも掻き集めようと視線を走らせる抜け目無さ、どれを取っても並外れたものがある。

(さすがは、あの柊家切っての天才と言われるだけはある)

 魔法使いの名家――柊家。魔術の力よりも研究者としての一面が強いこの一族、その次代を担うとされる少女は、東堂の期待通りの人間だった。 

 内心でほくそ笑む。やはり、歩美に頼んで連れてきてもらって良かった。彼女は、柊の技術の塊だ。彼らが長年研鑽し、積み上げてきた秘術――さらにはその先にある力さえも秘めている可能性がある。

(しかし、所詮、ただの保険だ。必要なのはこちらの方)

 椿から今度は、未だ眠り続けるカティへ目をやる。あの騒ぎの中でも目覚めないのは、負った怪我ゆえだろう。確かに快復はしたが、受けた肉体的、精神的なダメージまで元通りになるわけではない。起きていれば少し話したいこともあったが、それは後のお楽しみだ。

 今は、目の前の椿との会話を愉しもう。

「ベッドの硬さは我慢してくれ。これでも質の良い物を選んだのだけどね」

「嫌です。我慢できないです。やだやだやだ、兄様にあーいーたーい!」

「……………………」

「何か言ってください。さすがに恥ずかしいです」

「い、いや、少し驚いただけだ……うん。しかし、君の兄に会わせることは出来ないよ」

 東堂は視線を逸らし、眼鏡の位置を直す。見てはいけないようなものを見た気がしてならなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ