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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第六章 幕間
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「『あまり』、お前、東堂を知っているのか?」

 おい、ついに『あまり』になったよ。最悪の蔑称に成り果てたよ。

 エドガーの問いに、俺はつい先日カティさんから聞いた話を伝える。つまり、カティさんに失踪事件の調査を依頼した先生こそ、東堂と言う彼女の担任であること。思えば、話を聞いたときから何かおかしいと思っていた。何故、一学生がそんな事件の調査をしなければならないのか。だが、もしその東堂とやらがカティさんを契里先輩に接触させ、その上であの襲撃を招いたと言うのなら得心も行く。全て、周到に仕組まれた罠だったということだ。

「ああ、いや。確かに東堂はアタシも怪しんでたが、あれはあいつのやったことじゃねーよ。アタシが裏から手を回してカティに調査させるように仕向けたんだ」

「恋が?」

「そ。ちょっとはあいつもボロ出すんじゃねーかって思ってな。あと、アタシが秘密裏に動いてたのも勘付かれ始めてたからな。カティを隠れ蓑にして、こっちが調査するために利用させてもらったんだよ」

 しかし、結果的にそれは悪手だったわけだ。東堂はカティさんを狙っており、恋は意図せずにその手助けをしてしまった。色んな思惑が絡み合った結果、東堂にとって都合の良い方に転がったってわけだ。

 いや、そんなことよりも恋の奴、平然と何を言った。

「カティさんを利用した? お前、そんなことしてどれだけの危険があると思って――」

 思わず怒りを叩きつけてしまう。恋は恋で事件の収束に注力していたことは分かるが、それでも許せないものもある。仮にも少なからず友達として接したその日の内に利用する算段を立てたと言っているのだ、こいつは。

 そんな俺に対してまるで表情を変えず、微風を受けたような涼しげな表情で恋は言う。

「めんご」

 俺は迷わず拳骨を落とした。

「いったぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「反省しろ、この男装美少女っ!」

「怒るか褒めるかどっちにしろよなぁ……」

 ったく、こいつは。悪びれもせずに平然とふざけやがる。そんな姿が演技だって気づかないとでも思っているのだろうか。あの時、椿を連れ去られたときの必死の様子を見れば分かる。こいつは、決して友達を平然と見限るような奴じゃない。仮にも二ヶ月、友達として接してきたのだ。期間は短いかもしれないが、信頼は積み上げてきたつもりだ。

 大体、怪我人の俺の一発をこいつが避けられないはずがない。

「とにかく、アタシが裏から手を回してあえて東堂に失踪事件の調査をカティに依頼させた。少しでも東堂を焦らせるためにな。東堂だって馬鹿じゃない。少しは自分が疑われてるって気づいたら、ちっとは尻尾出すかと思ったんだよ。そしたらあいつ、トカゲの尻尾だけ出してきやがった」

 トカゲの尻尾って、契里先輩のことか。いつでも切れる程度の奴って認識なのか、恋の中では。それは結構評価低いな。

「だが、おかげで奴らの狙いが少しは読めた。あの場にアタシもいたからな」

「あの場って、まさか契里先輩に最初に襲われた場所か?」

「ああ、そう言えば妙な気配はずっとあったな。出てこないが、ずっと俺に少なくない殺気を叩きつけてきていた。あれはお前だったわけだ」

 エドガーは気づいていた? いや、そもそも恋はあの時、用事があるとかで先に帰ったのではなかったか。まさか、あれは方便で、実は俺たちの後を追いかけていた? となれば、契里先輩やエドガーに襲われた時も黙って見ていたと言うことになる。

 こいつは……本当に。

「あいて! ちょ、また殴んのかよっ!」

「椿の分な」

「くっそぉ、ちゃんとお前の考え読んで先にタクシーは呼んでやってただろ」

 ああ、なるほど。だからあの時、俺が呼んだタクシーにしては早く着いていたわけだ。おまけに血塗れ姿の迷惑な客を文句も言わずに乗せていってくれたわけだ。事前に話が通っていたなら頷ける。

「俺がお前のハッタリに乗ってやった理由の一つもそれだ。あのままお前を攻撃したとして、桜庭に邪魔される可能性が少なからずあったからな」

 あんなその場凌ぎが上手くいったのもそれが理由か。まさに恋様様だ。全部こいつが招いたことだけどな。

「うぅ、たんこぶが……話、戻すぞ。失踪者の一人、契里直哉が学校に戻ってるって聞いた時、アタシは何かあると思ったんだよ。今まで戻ってきた失踪者は一人もいなかった。その上でいきなり一人戻ってきたんだ。絶対に何かあると思った。そんでカティの現場を見に行くって言葉がどうにもきな臭く感じてな。お前らに危険が及ばないように護るのと、アタシの目的も兼ねて姿隠して後をつけたわけだ」

 それで契里先輩の話を聞いた時、俺から学生手帳を奪い、すぐに教室に駆け込んでいったのか。思い返すと、恋は恋で中々不審な行動ばかりしている。カティさんのレポートを進んで手伝ってみせたり、気付こうと思えば気付けたのかもしれない。気付いたところでどうなったわけでもないだろうが。

「そしたら、いきなりお前やカティたちが契里直哉に襲われるだろ? 何事かと思ったよ。でも、よくよく見てみれば、契里直哉はカティばかりを中心に狙っていた。あいつの目的が何かはすぐに分かった。その後にエドガーも来たが、こっちは正直話をややこしくしやがったって感じだな。仲間割れするかと思いきや、カティに襲い掛かるし、頭沸いてるのかと思ったぜ」

「その通りだな。っていうか、実際にエドガーの頭、湧いてたみたいだしな。蛆虫が」

 チラリとエドガーを一瞥すると、真剣な面持ちで頷いた。契里先輩の言葉を聞いていない恋にはその意味は分からなかったようで、俺は順を追って説明をすることに決める。エドガーに任せようかとも思ったが、俺の口から話した方が恋も信頼できるだろうと判断したためだ。

「ポシュシオン。奴らはおそらく、この名称をした何かでエドガーの精神を操作していた。効果は分からないが、妹相手にも平然と危害を加えるようにな」

 俺の言葉に恋は目を細め、エドガーの様子をつぶさに観察していた。疑わしげなその目は、エドガーの内面すらも見透かすかのようだ。

「奴らの仲間じゃないってのは、さっきの行動を見れば分かる。けど、また心操られてアタシたちの敵になる可能性はねーのか?」

「ポシュシオンには、トリガーとなる強い意志が必要らしい。エドガー、そいつは今、あんたの中にはないんだろ?」

「ああ。俺の強い意志……おそらくは、カティの持つ“爆轟の奏歌(アオス・ブルフ)”に対する闘志だ。あいつに負けて完全に砕け散ったものだ。もう、精神を操られる心配は無い」

 そこに微かに感じる怒りの色には、エドガーの確かな心の在り様が見え隠れしていた。利用され、カティさんを奪われ、見知らぬ他人を傷つけさせられ、エドガーは内心で激情を燃やしているのだろう。先のカティさんを救い出すと言う決断も、そうした怒りあっての発言か。

 これは、止められそうにもない、か。そもそも、俺の力でエドガーは止められない。恋も一緒だ。二人を止められない以上、事態は俺の意思とは無関係にややこしい方向に転がっていくことは明らかだ。おまけに学園側に警察を介入させる用意はないときている。

 ここらで一つ、覚悟を決めないといけないのかもな。

「エドガーが操られねーってんなら別に良い。アタシたちにとっても良い戦力だ」

「だな。それで恋、その後はどうしたんだ?」

「ん……いや、その後はお前も知っての通りだ。椿たちのタクシーを呼んで、それからエドガーを追いかけた。まぁ、アタシの尾行は完璧だったんだけどよ。知らない間に振り切られてな。考えてみりゃ、あれは『識』の魔術で幻惑されてたのかもな」

「俺たちはアジトに戻るとき、歩美から渡された術具を使うからな」

 『識』の魔術を込められた魔術の道具、か。あの歩美とか言う少女の幻惑の力は、身に染みて分かっている。恋が振り切られたのも納得だ。

「その日はそれで退散。次の日から契里直哉を探したが見つからず、結果一日経ってこんな様だ。正直、椿やカティを助けられなかったのはアタシの不手際だ。悪い、レイ」

 恋は恋で、色々と裏で動き回っていてくれたらしい。しかし、それなら俺に少しでも相談してほしかった。そうすれば、連携して今回のこともどうにかできたかもしれない。もうそんなことを言っても遅いことは分かっているが、後悔せずにはいられない。

「それはいいさ。それより恋の事情は一通り分かった。それでエドガー……恋が怪しんでいる東堂って言うのは、何者なんだ?」

 恋が危ぶみ、カティさんに課題を出し、契里先輩を差し向け、椿とカティさんを(さら)わせた相手。裏に隠れ続け、秘密裏に動き回る影のような存在。

 ……一体、そいつはどんな奴なんだ。

「東堂拓馬。四十四歳。独身。身長百七十五センチ。六月二十日生まれ。血液型はB。好きな食べ物は特になし。嫌いな食べ物は、最近冷めたコーヒーが増えたそうだ。特技はフラッシュ暗算。趣味はネットサーフィン。それから――」

「ちょちょちょ、ちょい待てっ!」

 え、そんなんなの? 俺の聞きたかったことってそんなんなの? いやいやいや、違うよ。もっとこう、なんかあるじゃん。すげぇクラティアだとか、めっちゃやべぇ奴とか、色々あるだろ。

「なんだ、お前が東堂を気になると言うから詳細なパーソナルデータを与えてやったんだ」

「詳細過ぎて逆にいらねーよ! イメージとか、思想とか、目的とか、そういうの!」

 っていうかエドガー、お前良くそんなことまで知ってたな。軽く引くわ。

「勘違いするな。今のは一部を除いて俺のイメージだ。真偽は知らん」

「つまり嘘ってか!? くだらない冗談言ってる場合かっ! 真面目にやれ!」

 しかし、あれだな。何だかんだでエドガーのイメージから大体の想像はつくな。誕生日やらはともかくとして、血液型のB型ってのは自分勝手とかそういうイメージ。特技のフラッシュ暗算ってのは、それだけ頭が良いってことだろう。ネットサーフィンは内向的あるいはインドアな性格か。一応、見えてくる人間像はあるが……回りくどい。

「東堂拓馬。フォルセティの教員であり、国際科の一から三年までを担任として受け持つ男だ。見た目は枯れ木のようだが、その実は俺にも分からん。ただ、一つだけ確かなことがあるなら、それは危険な男だということだ」

 危険な男――エドガーが、そう言い切った。あれほどの実力を持ったエドガーが、臆面もなくそう断言してみせた。

 でも、特技がフラッシュ暗算で趣味はネットサーフィンのイメージ、なんだよな。やばい、危機感を覚えない。なんかやばそうな気がしない。

「余裕そうな顔をしているな。その油断が命取りにならなければいいがな」

「あんたのせいだからな」

 ほんと、あんたのせいだ。

「念頭に入れておけ。東堂は危険な男だ。その実力は知らんが、あの契里のシュトラーフェを進化させたのは奴だろう。俺の腕を治したのも奴だしな」

 その事実に俺は少なからず驚き、恋は口からキャンディーを取り出した状態で動きを止めている。共にシュトラーフェの進化と言う事実に驚いているのだが、俺の方はもちろん、それを成したのが東堂であるということ、恋はシュトラーフェの進化と言う言葉そのものに驚いているのだろう。そう言えば、まだそこら辺の話も恋にしていなかった。

「シュトラーフェの進化って……おいおい、レイ。何の冗談だ?」

 さしもの恋も動揺した様子だ。その気持ちは俺も良く分かる。

「契里先輩のシュトラーフェは、元々刃先に限定していたってのは知ってるな? けど、さっき見た先輩のシュトラーフェは、その効果範囲が武器を中心に半径一メートルにまで伸びていた。進化……信じられないが、そうとしか言えないんだ」

「進化、ねぇ……」

 俺たちの間に嫌な沈黙が流れる。ただシュトラーフェの進化と言う驚愕の事実に直面したからだけではない。今、俺たちは不可解な三つの事実を受け止めているのだ。

 ポシュシオンによる精神汚染の力。シュトラーフェの進化。エドガーの腕を治した技術。

 この三つの事実に加え、それを駆使する東堂と言う男に、契里先輩、如月先輩、歩美とか言う『識』を操る少女で構成されるクラティアたち。正直、真正面から相対して無事で済むような相手とは思えない。契里先輩たちだけなら勝算はあるが、未知数の東堂に加え、そいつが持つ不可思議な技術の数々はあまりに危険だ。

 そのことを、俺たち三人は気づいてしまった。

「エドガー、あんたが知っていることは他に何かないか。東堂のシュトラーフェは? 魔術特性は? 何のために椿たちを連れて行った!?」

 情報が必要だ。その情報を持っているのは、エドガーをおいて他にいない。俺は、焦燥感に駆られ、エドガーに掴みかかった。この場で頼りになるのはこの男だけなのだ。

「落ち着けよ、レイ。そんな風にしなくてもエドガーは普通に話すだろ」

「さっきからふざけてばっかじゃねーかっ!」

「う……そりゃ、あれだろ。エドガーなりに険悪なお前との関係を縮めようとしてんだよ。な、エドガー?」

 恋の一言に俺は動きを止める。確かに、そう言われてみれば一理ある。あのふざけた愛称呼びもエドガーなりに仲良くなろうとしてのことかもしれない。考えてみれば、こいつはカティさんに対して不器用な接し方しかできなかったような奴だ。なるほど、これもこいつなりのスキンシップ――

「うっ……悪い。あまりにあり得ないことを言われて吐き気が……」

 わざとらしく口元を押さえるエドガー。うん、こいつ全力でふざけ倒すつもりだな。

 もはや呆れ果てて怒る気力も沸かず、身体が痛み出したのでエドガーから手を引いた。このままこいつの相手をしていては本当に時間の無駄だ。ふざけるなら別にもう注意もしない。全て無視して重要な情報だけを聞き出してやる。……なんでこんな決意を固めないといけないんだ。

「ふぅ、吐き気が収まった。で、なんだ。東堂のシュトラーフェだったか。そんなものは俺も知らん。見たこともないしな。魔術特性も同じく。だが、お前の妹はともかくとして、カティを連れて行った理由なら分かる」

 学生服の襟元を正し、エドガーは目だけは真剣にそう言う。その言葉に俺も恋も唾を飲み、耳を傾けた。その目的こそ、おそらくは東堂たちの求める何かだ。

 今まで、東堂たちは色んな学生たちを誘拐していった。だが、今回は狙い済ましたように執拗にカティさんだけを追い続けた。わざわざクラティア・コロッセオにまで乗り込み、正体のばれた俺たちを殺しもせず、誘拐することを優先した。それはつまり、奴らの目的が佳境に近づいているということを表している。今さらばれても構わないから、正体を知った俺たちを見逃した。いや、結果的に見逃す羽目になった、と言うのが正しいだろうが、少なくとも絶対に始末しようと言う意思は感じられなかった。彼らは、誘拐を最優先に行動していたのだ。

「東堂の目的、それは……」

「それは?」

 固唾を呑み、エドガーの言葉を待つ。知らず腕は震え、喉はカラカラに渇いていた。

「CMの後――」

 その瞬間、俺の拳骨がエドガーに振り下ろされた。

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