③
「とりあえず、状況整理といくか」
まず、真っ先に口を開いたのは恋だった。この状況下で一番、事件への関係性が薄いと思われたそいつが初めに口を開いたことに俺とエドガーは目を見合わせる。
「んだよ、お前ら。人を不思議そうに見て」
「いや、お前が仕切るのな、って思ってさ」
「そもそもお前は誰だ。さっき助けてくれたことは感謝しているが、お互いに自己紹介もしていないぞ」
「……あー、そこら辺、やっぱ気にするよな」
恋は、思い出したように言う。本当に自分のことを無視して話を進めようとしていたのか、あるいは天然で忘れていたのかは分からない。たぶん、俺の予想では後者だろうけど。
「レイはともかくとして、カティの兄貴のエドガーだったよな。アタシは、桜庭恋。椿とカティの友達だ。ああ、あと一応、レイも」
「一応ってなんだ、一応って。完全無欠の俺の友達だろうが」
ただでさえ俺は友達が少ないんだ。お前レベルの気安さで違うって言うなら、俺の友達一人もいなくなるぞ。大体、お前、俺のこと愛称で呼んでんだろうが。
「なるほど、分かった。ちなみに一つ聞きたいんだが、レイとはそこの柊のことか?」
「あ? ああ、零余だからレイな。最初は『ゼロあまり』って呼ぼうとしたんだけど、本人が嫌がったんだよ」
ったりめーだ。誰がそんな小数点以下の値みたいな呼び方許すか。つーか、こいつらは何の話をしている。
「なぁ、どうでも良いだろ。そんなことは」
「ふむ、それもそうか。それにしてもお前、零余と言う名前だったんだな」
今知った、とでも言いたげにエドガーは頷く。
こいつ、対戦相手の名前も覚えてなかったのか。何かこっち側に付いてからの方が腹立つな。
しかし、そんな風にエドガーに対しての不満をぶつけてもいられず、今はそれを呑み込んでおく。先輩が折角用意してくれた時間を無駄話に費やすわけにもいかない。この時間は、貴重な椿とカティさんを助けるための作戦会議足りえるかもしれないのだ。
「しかし、『ゼロあまり』の友人と言うことは一年か? ずいぶんと腕が立つな」
あれ、喧嘩売ってる? エドガーさん、喧嘩売ってる?
「まっ、お前らも気づいてると思うけど、アタシは普通の学園生とはちょっとちげーからな」
何でもないことのようにそう言ってのける恋だが、俺にその発想はなかった。気づいていると恋は言ったが、俺は何も気づいていない。少なくともさっきまで普通に友達の恋がピンチに駆けつけてくれたと思っていた。
しかし、考えてみれば確かにおかしいところはある。エドガーも言っていたが、あの契里先輩を圧倒してみせた戦闘力。俺の考えていた定石通りの戦い方からは外れた、戦闘経験の高さを窺わせる相手の意識を上手く誘導した動き。それを迷い無く行使し、結果を導き出す実力。どれもこれも普通の学園生の枠を超えている。少なくともそれだけの力があってあえて隠すと言う事実は、普通の学園生の発想には無いものだ。
「恋、お前は一体……」
声がわずかに震える。俺は、恋に只ならないものを感じていた。
こいつは、もしかしてとんでもない奴なんじゃ――
「まぁ、それは今は言いとして」
「おいっ!!」
「んだよ、何? 文句あんの?」
無いと思ってるのか、こいつ。あと、叫んだせいで身体痛い。マジ痛い。
「いい加減にしろ、桜庭。今は冗談を言っている場合ではない。『ゼロあまり』もあまりはしゃぐな。傷に触る」
「お前にだけはそれを言う権利は無いからな!」
ナチュラルに人の嫌がった愛称を使い続けやがって。何の嫌がらせだ、ガキか。
くそ、なんだこいつら。まともに話を進める気があるのか。こんな時に椿かカティさんがいれば、上手く話を回してくれただろうに。あの二人がボケる姿は想像もつかない。その反面、こいつらは駄目だ。事の重大さを理解していないのだろうか。理解してなおボケているのだろうか。それは性質が悪すぎる。
「いてて……ああ、くそ。良く聞け、二人とも。今、俺たちは椿とカティさんを連れ去られてしまってる。分かるか、二人が連れ去られたんだ。無駄話している時間は無い。誰か頼れる大人にこの事を伝えて、早々に対処してもらわなければいけない。けど、俺たちがバラバラに情報を出してたんじゃ時間が掛かる。だから、ここで俺たちの持っている情報を纏めていく。一番期待できるのはあんただ、エドガー。あんたの情報が全てと言ってもいい」
結局、まともに話を回そうとしない二人に代わり、俺が話を進めることになる。別にそれはいいのだが、目に見えてやる気を無くしたような鬱陶しい表情を浮かべているのは止めてほしい。お前が仕切るのかぁ、みたいな落胆したような表情をするな。傷つくから、色々と傷つくから。
「俺の知っていることならいくらでも話そう。しかし、ひい――『ゼロあまり』。一つだけ言っておくことがある」
「ああ、俺もあるよ。あんたに一つだけ言っておくこと。普通に柊って呼べ!」
「カティは俺が助ける。他の誰にも任せるつもりはない。あと、嫌だ」
え、何。最初はめちゃくちゃ格好良いこと言ってたけど、最後の何。俺の要求に対する返答ですか? あ、もう付き合ってらんね。
ふざけ倒すエドガーを完全に無視することに決め、その言葉だけを反芻する。エドガーの言っていることは、はっきり言って一概に無謀とは言えない。コロッセオ・ランキング第六位、“不可避の刃先”の二つ名を持つグラディアートル。その実力は、俺とカティさんを圧倒してみせ、進化する前の契里先輩を瞬殺するほどの腕前だ。その力なら、確かにあいつらからカティさんを救い出すこともできるかもしれない。
「っつーか、頼れる大人って誰だよ?」
恋の方もエドガーに同意見なのか、そんなことを言う。恋は恋で、進化した契里先輩をも圧倒してみせた。クラティアの実力は、その能力の相性ゆえに誰々に勝てば誰々より強い、なんて単純な図式が成り立つわけではないが、それでも恋の実力がエドガーに迫ることは間違いないだろう。
この二人ならば、確かにやれるかもしれない。だが、それはあまりに不確定だ。訓練された兵隊でもなければ、組織された軍隊でもない。作戦も連携もなく、ただ無茶を敢行して二人を救い出そうなど、そんなものはフィクションの世界で十分だ。
「警察とか学園の先生とか色々あるだろ。俺たちよりもよほど頼れる存在が」
「あー、それ無理だわ」
俺の挙げた『頼れる大人』の定番に、恋はケチをつける。その隣でエドガーもうんうんと頷いていた。こいつらの中では、警察も学園の先生も頼れる者ではないらしい。一体、どんな生活を送ればそんな常識を持つようになるのか。やっぱり、この二人はまともじゃないな。
そうなると、やはりここは常識人の俺が常識的に判断し、常識的に対処しなければ。二人を確実に救い出す意味でも、こいつらの慮外な考え方に付き合ってはいられない。
「何が無理だ。お前らよりよほど頼りになるわ」
「でも、頼りにならねーからお前はエドガーと戦う方を選んだんだろ?」
恋は、見事に嫌なところを突いてくる。その言葉に、俺は思わず二の句を告げなかった。
確かに恋の言うとおり、俺は警察を頼ることよりも自分の力で椿を守ることを選んだ。あの時は椿を傷つけられたことで気が動転して冷静な判断を下せなかったし、後に聞いたカティさんの告白を受け、その抱えた痛みから救ってやりたいと思ったからこそ、エドガーと戦う道を選んだのだが、少なからず不安があったのもまた事実だ。
大事な妹の、友達の行く末を、見ず知らずの他人に任せられるか。そう思ったのだ。だが、それはコロッセオでの試合と言う分かりやすい勝利条件があったからだ。そうしてその勝利条件を満たしてなお、俺は椿もカティさんも奪われた。あの時の俺の選択は、完全に間違っていた。さっさと警察の保護を求めるべきだった。
「今は状況が違う。素人が考え無しに行動を起こして事態が悪化したらどうするつもりだ」
「素人はお前ら二人だろ。アタシは、これでもプロだぜ?」
「は? いや、お前何言って――」
「言っただろ、普通の学園生とはちげーってよ。これでもアタシは、学園側から正式に今回の事件を依頼された……まぁ、調査官? みたいなもんだよ」
そんな言葉は世の中には無い、と言うのはさすがに空気が読めてないか。言い方はあれだが、ニュアンスは伝わってくる。
しかし、その発言は少し引っかかる。学園側が正式に依頼した、とはどういうことだろう。学園側は、警察以外の何かに今回の事件を任せたと言うのだろうか。つまりそれは、警察に任せられない理由があったということ。警察に任せられない理由とは何だ。警察の捜査によって被る影響――マスコミの介入? フォルセティは、日本でも名立たる、話題性のある学校だ。クラティア養成機関ということ以外にも、コロッセオがある。当然、マスコミにとっては格好の餌場だ。失踪者のことなど、良いネタになるだろう。学園側は、それを隠したかった? 待て、少し待て。それではまるで、学園側が今回のことを公にされたら不利益があるということだ。つまり、追求されれば出てしまうボロがあるのか。となれば、それは何だ。わざわざ誰かに事件の調査を依頼するくらいだ。学園そのものが関わっているとは考え難い。しかし、学園生が関わっているからと言って今回の事件をそこまで重く見るはずが無い。学園生が関わっているだけなら、学園生を退学処分し、その責を全て負わせれば事足りる。人殺しをした学生の責任が学校側にまで及ばないのと同じ理由だ。学生が学校外で起こした事件を学校側が面倒みるはずがない。しかし、学生ではなく、学校が直接管理する存在ならどうだ。
先生……? 先生ならばあり得る。先生がその学園の生徒を対象に起こした事件なら、学園側の責が問われる事態となる。
おい、まさか……。待て待て、そうなると今回の首謀者ってもしや――
「東堂、ってやつが関わってるのか?」
色々とすっ飛ばした俺の質問に、エドガーは目を丸くし、恋は呆れ果てたように天を仰いだ。それから視線を俺に戻し、何故か新品の棒つきキャンディーを口に突っ込んでくる。何のつもりだ。
「お前、その切れすぎる頭どうにかしろ。アタシの一言だけでそこまでの結論に至るとか、どんだけだよ。ビビッたわ」
それはつまり、俺の考えが当たっているということを認めたも同然だ。この口に突っ込まれたキャンディーは、恋なりに最大に褒めた結果か。考えてみれば、こいつが誰かにキャンディーを分けてやったのは見たことが無いな。
口に突っ込まれた包装紙付きのそれを取り出し、しっかりと包装紙を破ってから口に入れなおす。うん、褒められていたとしてもこれはないな。次やったら拳骨しよう。




