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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第五章 急転直下
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「ちっ、どうでもいい。さっさと終わらせるぞ、男女!」

「女だっつってんだろーがッ!」

 叫び、激突する。あろうことか恋は、距離を取らずに契里先輩の前に飛び出した。

 その姿に契里先輩が、かかった、とでも言いたげに笑う。互いの距離は即座に縮まり、二メートル地点に恋が足を踏み入れた瞬間、契里先輩が突きを繰り出す。動きはやはり、早い。神速の突きは空気さえも貫き、無謀にも飛び込んだ恋を射貫かんと襲い掛かる。

 だが、急激に恋が加速した。契里先輩の突きを容易く避け、その懐に一気に迫る。その手には、いつの間にかアヴェルテレが消えていた。恋が加速した理由はこれだ。瞬間的に重量級のシュトラーフェを消すことで瞬発力を上げ、恋の速度に合わせて突きを繰り出した契里先輩の攻撃を紙一重で回避してみせた。それも速度を落とすどころかさらに上げ、後ろや左右に避けるどころかさらに距離を詰めることで。

 契里先輩の表情から余裕が消える。先輩からすれば、恋がいきなり消えたように見えたはずだ。先輩のお株を奪うほどの神速の踏み込みによってその懐に潜り込んだ恋は、握り締めた拳を叩き込む。

「が……っ! い、てぇーなぁ……アァッ!!」

「かってぇー。死なねー程度に手ぇ抜いたのは間違いか」

 痛みに文句を言いながらも平然としている契里先輩と、打った拳の痛みに顔を顰める恋。互いに負ったダメージは、五分と言ったところだろう。

 恋は飛んで距離を取る。それに遅れて契里先輩はシュトラーフェを薙ぎ払い、恋の元いた空間を切り裂いた。

 先輩のシュトラーフェの射程から一旦逃れ、恋は再びアヴェルテレを顕現する。ようやく距離を取って戦うことを選択したのだろうか。さっきは一応勝算を持って突っ込んだみたいだが、さすがに接近戦は不利と判断したんだろう。

 しかし、恋はまたも先輩に突撃した。こいつには何か、真っ直ぐに突っ込まなければいけない理由でもあるのだろうか。

「考え無しにまた突っ込んでくんのかぁ!? さっきみてぇなのが二度も通じるかよ!」

「確か、力の効果範囲は刃先、だったっけ」

 その恋の呟きを聞いて、俺はようやく気づく。そう言えば、恋は契里先輩のシュトラーフェが進化していることを知らないのだ。執拗に接近戦を仕掛けていたのは、ちまちまと遠距離で戦うよりも近づいて叩いた方が得策と判断したためか。刃先にさえ気をつければ良いと言う思考が、恋に接近戦の選択を取らせている。

 契里先輩がいやらしく笑い、シュトラーフェをわざとらしく揺する。その刃先のゆらゆらとした怪しい動きは、剣術で言うところの『鶺鴒剣(せきれいけん)』に酷似している。自身の次の動作を速めると同時に、相手に攻撃の意図を悟らせない効果があるのだ。恋の急速な速度変化に対し、先輩もまた、より速度を上げて応じる気だ。

 恋と先輩のシュトラーフェの距離が零になる。その瞬間、恋は契里先輩の予想を裏切る行動に出た。先のようにシュトラーフェの消滅による加速を利用した踏み込みではなく、あろうことかアヴェルテレを地面に叩きつけたのだ。当然、その結果は以下の通りである。穿たれた地面は一気に吹き飛び、抉れ、その衝撃波が契里先輩を飲み込む。この距離ではまともに避ける時間も無い。恋の動きを先のものと予想していてはなおのこと。衝撃波に飲まれ、先輩の身体が遥か後方へ吹き飛ばされる。その姿を眺め見ながら、恋は戦斧を担ぎなおした。

「油断し過ぎだろ、先輩」

 挑発するようにそう言い、止めとばかりに追撃の一発を振り下ろす。そこに込められた力は、先に倍する威力を秘めていた。

 アヴェルテレ。その能力は、効果の増幅と減少。今、恋の手によって振り下ろされたその一撃は、アヴェルテレの力によって大幅に増幅され、莫大な力の波となって衝撃波を作り出す。それは一目散に先輩へと迫り、倒れた先輩をさらに後方へと押しのけ、あろうことか闘技場の塀に叩き付けた。

 な、なんつー威力だ。恋、こんなに強かったのか。

 先輩が油断していたのもあるだろう。己の力の増加に伴い、並のクラティアには負けないと傲慢に思っていた節もある。だが、それを抜いても強い。あのランク十五位の契里直哉がああもあっさりと打ち倒されるとは。

「あーあ、やっぱこうなってたかぁ~」

 だが、契里先輩を圧倒した事実に喜ぶのも束の間、勝ちの余韻に浸っていた俺の耳に、聞き慣れない少女の声が届く。それはどこから聞こえたのかも分からず、唐突に響いたような違和感があった。この感覚、覚えがある。先の『識』の魔術にかかっていたときに聞いた契里先輩のそれと同じ、場所の分からない、全方向から聞こえてくる奇妙な感覚だ。つまりまた、俺たちは敵の術中にかかっているということになる。

 冷静に事態を分析する俺をよそに、恋はピクリと眉を吊り上げ、誰もいない空間に向かって叫んだ。

「てめぇこの声! さっきの歩美とか言う奴か!」

 知り合い、なのだろう。恋が歩美と呼んだ少女は、ケラケラと小馬鹿にしたように笑う。聞いていて不愉快な、こちらの神経を逆なでするような笑い方をする。

「さっきの馬鹿のひとぉ~。バッキーはぁ、もう如月が連れてちゃったよ?」

「んだとこらぁっ! てめぇ、どこだ! 姿見せやがれっ!」

「やぁ~だ。それじゃ、またまた少し目暗ましに付き合って――」

「――トラヴィアータ」

 二人の会話を突き破るように、俺と恋を除く遥か広範囲に針の雨が落ちた。

 何が起きたのか、正直俺には理解できなかった。ただ、目の前の光景を現すのなら、いや、“識者の叡智(アルヴィスナハイト)”が示す光景を言葉にするなら、まさに剣山ならぬ針山だ。俺と恋を除き、おそらくエドガーの持つ有効半径五メートル以内のそこかしこに無数の針が突き立っている。狙いも定めず、相手も見えずに強引に撃った攻撃であることは明らかだ。

 その使用者であるエドガーは、ノロノロと立ち上がり、荒い息を吐き出している。これほどの魔力を、あの怪我の状態で強引に使用したのだ。その疲労も分かるが、意図が見えない。何故、こんな力を乱用する真似をしたのか。

 それは、すぐにエドガーの口から説明された。

「お前の遊びに付き合うつもりは無いぞ、歩美。断罪の雨は、そのまま膨大な魔力の杭だ。これほどまでに周囲を俺の力で埋め尽くした状態では、お前がどこにいようと、どんな力を放とうと、すぐにでも居場所を検知することができる。例え隠れていてもな!」

「きゃっ! ちょ、待って」

 不意に何も無い空間がひび割れたように砕け散り、そこから一人の少女が姿を見せる。いや、その映像こそが演出だ。最初から、少女はそこにいたのだろう。それがいつの間にか幻惑に魅せられ、見失っていた。エドガーの断罪の雨は、それを解くための強引な手段だったわけだ。

 いきなり矢面に立たされた少女は、恋とエドガーの視線を受け止め、頬を引きつらせる。『識』に特化したクラティアは、その反面、単純な力で劣る傾向がある。搦め手ばかりを会得するのだから当たり前だが、歩美と呼ばれた少女もまた、その例に漏れないのだろう。表情には焦りが浮かび、後ずさっている。手品を破られた手品師ほど詰まらないものは無い。

「終わりだぜ、あーゆーみ?」

 楽しそうに恋が笑い、言い放つ。この二人にどんな確執があったのかは知らないが、おそらくは相当虚仮にされたんだろう。あの恋が珍しくも生き生きと目を輝かせていることからも分かる。対してエドガーは、冷静に歩美を見ていた。カティさんを連れて行かれたことに怒りを抱いているのか、その表情からは分からない。恋の言によれば、椿も連れ去られてしまったと言う。

 必ず、あの二人はここで捕まえなければいけない。そうでなければ、二人を追えなくなってしまう。

 しかし、だと言うのにあの男にはまだ意識があった。恋に吹き飛ばされたはずの契里先輩が全身から血を噴出しながら駆けてくる。それに慌てて歩美も応じる頃になって、それに気づいた恋がアヴェルテレを振るった。だが、その戦斧が地面に激突する寸前、契里先輩の投げたシュトラーフェが激突し、その能力が打ち消される。それだけでなく、周囲に散らばっていたトラヴィアータの針を巻き込んだ瞬間、全ての針が消し飛んだ。魔力結合を切る力の中心は、やはりあのシュトラーフェの方か。おまけにトラヴィアータは、仮に分散しても根本の力は一緒らしい。一つが消えれば、他のものもその巻き添えを食うようだ。

「歩美、 逃げるぞ!」

「おー、ラジャー!」

 気の抜けた掛け声を上げ、二人の姿が不意に巻き起こった砂煙の中に溶けて消えていく。それは徐々に俺たちの視界から二人の姿を消し、やがて見えなくなった。最後には、契里先輩の声だけが響き渡る。

「てめぇは俺が潰す。男女、覚悟しろ」

 そう捨て台詞を残し、二人はいなくなってしまった。すぐに“識者の叡智”を確認するが、魔力の流れが残っているだけだ。二人の姿は発見できない。それにしてもこの魔力の流れ、このコロッセオ全体を覆うように展開されている。正直、信じられないぐらいに広域に伸びた力だ。こんなものを張られていては、俺たちの誰も魔術の発生に気づかなかったことも頷ける。

「待ちやがれ! 椿たちをどこへ――くそ、聞いちゃいねぇ……」

 すっかり気配の無くなった二人に向かって上げた恋の叫びは、途中で無意味だと判断したのか、弱々しいものになっていく。それを聞きながら、俺は愕然とした思いに捉われていた。

 二人に、逃げられた。それも椿とカティさんを連れ去られて、だ。

 くそ……。

 沸々と怒りが湧き上がり、動かない身体に少しだけ力が戻る。唇を強くかみ締め、俺は心の内とは正反対の晴れやかな空に、掠れた咆哮を上げた。

「くそ……ぉ……ッ!!」

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