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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第五章 急転直下
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 理解の及ばない事態に、カティさんは驚愕の声を上げる。焦ったように魔力を腕に練っているようだが、一向に本体である剣が現れる気配は無い。

 違う。俺には分かる。“識者の叡智(アルヴィスナハイト)”には、全てが明らかに記されている。だが、それを伝えることができない。このままでは、仮にエドガーが俺たちの味方に付いてくれたとしても勝ち目はない。

「どうした、クソガキ。何を驚いてやがる?」

 陽炎のように揺れていた先輩の身体が姿を消し、声だけが響く。どこからとも無く聞こえてきたその声にエドガーもカティさんも困惑し、周囲を見回すが、先輩の姿を見つけられないでいるようだ。二人の魔力探知能力はそれほど高くはないのだろう。そのために契里先輩を正確に捉えきれずにいる。

 俺の“識者の叡智”の情報が正しければ、契里先輩は断罪の雨を受けていない。目を凝らせば見える。エドガーもカティさんも契里先輩が消えた直後にかけられた声に前方への注意を忘れているが、さっきまで契里先輩の姿があった場所には、無数の針の穴があるのだ。それはつまり、エドガーの攻撃が契里先輩に当たらなかったことを意味している。

 気づけ! 気づいてくれ! 見れば分かる。頭を使えば、俺の“識者の叡智”の力を言い当てたエドガーなら分かるはずだ!

 だが、俺の悲痛な叫びは届かない。戦闘の間に出来たこのかすかな間隙、それを見逃すほど契里先輩は甘い相手ではない。

「ほーら、俺はこっちだぜぇ?」

「カティ、後ろだ!」

「こ、の……っ!?」

 空間が歪み、カティさんのすぐ後ろ、俺から見て前方に契里先輩が現れる。その手にシュトラーフェは握られていないが、この距離で背後を取られてしまってはどうしようもない。エドガーの反応も間に合わず、素早く伸びた契里先輩の腕がカティさんの頭部を鷲掴みにすると、無造作に煙の舞う闘技場へ強引に放り投げた。抵抗することも出来ず、カティさんの身体が視界から遠のいていく。咄嗟にエドガーが手を伸ばして引き止めようとするが、放り投げた勢いを乗せて回転した契里先輩の蹴りがそれを妨げた。鋭い蹴りがエドガーの頬を穿ち、吹き飛ばす。

「てめぇにやられた借りだ、エドガァァァァァ?」

 くそ、くそくそ、くそぉッ!!

 分かっていた。見えていた。なのに、言葉が出ない。声が発せられない。

 契里先輩に起きた現象の全て、これは『識』の特性の魔術によるものだ。初手で現れたのは、契里先輩ではない。先輩の姿を取った幻だ。俺たちは、知らず幻惑の魔術にかけられ、視覚情報を著しく奪われていた。その上でエドガーが契里先輩に断罪の雨を与えてしまったために、彼を戦闘不能にしたと勘違いしたことが油断を生んでしまったのだ。そのために更に魔術を追加でかけられたことにも気づかなかった。カティさんの“爆轟の奏歌(アオス・ブルフ)”も同じ理由だ。出ていないのではなく、出ていた。炎が出現しているのだからそれは確実だ。しかし、カティさんにはその姿は見えず、感触すらも支配されたせいでないものと思わされた。

 『識』の魔術は、人間の認識や精神を操る。それが戦闘において何の対策も無い状態で影響を受けてしまった場合、どれほど恐ろしい効果を生むかは、現実のものとして目の前にある。あのカティさんやエドガーがこうもあっさりと攻撃を食らうなど、真っ向からの勝負であれば考えられないことだ。

 どうする。何が出来る。俺は、どうすればこの身体を動かせる!?

「如月、その赤髪もついでに連れて行け。俺はエドガーと遊ぶからよ」

 如月……だと? まさか、如月先輩がいるのか? 如月先輩もこいつの仲間?

 いや、それなら同時に納得もいく。契里先輩は、どう見ても『識』の魔術を持ち合わせているようには見えない。初めに俺たちと真正面から戦いを挑んだことからも分かるが、どう考えてもこう言う搦め手に特化しているようには思えなかった。そうすると、他に協力者がいたと言うのが一番しっくりくる。その協力者こそ、如月先輩なのかもしれない。俺たちに『識』の魔術をかけ、幻惑を見せた張本人。

 カティさんが消えたことで安全圏が完全に解かれ、煙が舞い込んでくる。砂煙によって奪われる視界の中で、契里先輩が俺を見て笑っていた。待ってろ、とでも言いたげなその表情に、恐怖よりも怒りが湧く。

 何とか一矢報いれないか。その思いで頭をフル回転させ、“識者の叡智”に浮かび上がる文字を目で追っていく。そこにあるのは、『識』の魔術が完全に消えたことの記述と、同時に契里先輩がシュトラーフェを出したという記述だ。だが、そこには少しおかしな点があった。契里先輩のシュトラーフェの内容が、俺が以前見たものと異なっている。

 契里先輩のシュトラーフェ。それは、槍にも似た、刃が包丁のような形状をした武器だ。以前は、その刃先に触れたものの魔力の結合を完全に解く能力を持っていた。椿のミュールをあっさりと消し飛ばした力の正体こそ、この魔力結合の解除だ。どんな分子も結合を解かれれば原子に還るように、魔力結合によって為される魔術やシュトラーフェも、その結合を解かれれば魔力へ還る。そのクラティアに対して絶対的な能力を持つ契里先輩だったが、俺たちが見たときは刃先に限定された極限定的な範囲での能力でしかなかった。

 だが、今俺が目にしたのは、その範囲が極端に広がっているという内容である。普通、シュトラーフェが成長することなどあり得ない。にもかかわらず、先輩の能力は、シュトラーフェを中心にして半径一メートルほどにまで拡大しているのだ。

 シュトラーフェが進化するなど常軌を逸している。それは確かにそうだが、より問題なのは、その拡大した能力とエドガーの力は、極端に相性が悪いということだ。いや、エドガーだけではなく、ほとんど全てのクラティアに対してその力を無効化する可能性を秘めている。

 だからこそ、契里先輩はあれほどまでに昂ぶっていたのだ。大きな力を手に入れたがゆえの傲慢。どんな方法で手に入れたのかは知らないが、おそらくはエドガーが腕を治したのと同じ――いや、今はそんなことよりもこの事実を何としてでもエドガーに知らせなければ。このままでは、エドガーは何も出来ないままに嬲り殺しにされる。

 全く……さっきまで戦っていた敵の心配をする羽目になるとはな。

 身体は動かず、声も出せない。だが、俺にまだ魔力を練ることが出来る。そうして魔力は、光を発することができる。魔力発光現象。密度を高めた魔力は、淡い光を宿す。この砂煙の中、俺程度の放つ薄明かりがどれほどの効果を得られるか分からない。しかし、何もしないよりかは希望がまだあるはずだ。

 発光によるモールス信号をエドガーに送る。正直、過去に一度見て覚えただけのものであり、正確かどうか分からない。それでも俺は送る。冗長の文は送っていられない。となれば、一語で多くの意味を持つ信号が必要だ。だが、果たしてこれがエドガーに伝わるだろうか。

 間隔を開けて、光を点滅させる。

 その意味するところは、

「J、か」

「てめ、シュトラーフェを――ッ!?」

 見えない視界の中で、声だけが届いてくる。何が起こっているのかはまるで分からない。だが、契里先輩の動揺する声を聞く限り、エドガーが一矢報いたことは間違いなかった。

 どうやら、エドガーには正しく、俺の使ったモールス信号が伝わったようだ。俺が送ったのは、『J』と言う一文字。しかし、この一文字だけでは何の意味も出せない。だが、こういった信号は他にもあるのだ。海上に置いては旗を出し、船舶間での通信に用いた船舶信号。『J』の表すその意は、『本船を十分に避けよ。本船は火災中で、積荷に危険物がある。または危険物を流出させている』。この意味だけを追えば直接的には内容は伝わらない。仮にエドガーが船舶信号を知っていたとしてもそこが不安だったが、気づいてくれて何よりだ。

 本船は契里先輩、火災中はエネルギーの上昇――つまり進化。積荷の危険物は、シュトラーフェの能力。流出はもちろん、その効果範囲の増大だ。

 そうして俺の送ったモールス信号は、もう一人、別の人間を呼び込むことにも成功したらしい。爆発的な空気の流れが周囲を埋め尽くす砂煙を吹き飛ばし、一人の少女が地に降り立つ。巨大な戦斧を構えたそいつは、口に棒つきキャンディーを加え、珍しくも鋭い瞳を晴れた視界の先へ向けていた。

「わりぃ、捜すのに手間取った」

 派手な登場と共に現れた俺の友人は、頼もしい第一声を上げ、一気に戦斧を振るう。その一撃は地面を割り、その先にいる契里先輩へと襲い掛かった。上手い。契里先輩のシュトラーフェは確かに魔術を魔力に還すことが出来るが、強引な力で生まれた衝撃波まではどうしようもない。

「ちぃっ!!」

「ぐっ!?」

 咄嗟に契里先輩が地を蹴ってかわし、その近くにいたエドガーが為す術なく吹き飛ばされる。まだ身体が万全な状態ではなかったらしい。不憫な奴だ。

「てめぇら、椿をどこに連れて行った! 言わねーとぶっ潰すぞッ!」

 恋は、声を荒げてそう怒鳴り散らす。どうやら、エドガーを敵だと勘違いしているようだ。それもそうだろう。さっきの今まで敵であったことに間違いは無く、恋には先日の事のあらましは全て話している。それを踏まえ、あの二人が並ぶように立っていたのを見れば、味方同士と思われても仕方が無い。そのせいでエドガーが吹っ飛ばされたが、まぁあいつなら生きているだろう。そんなことよりも聞き捨てなら無いことがある。

 椿が、連れて行かれた? それはどういうことだ。

 すぐにでも恋を問い質したいのに言葉が出ない。くそ、と俺は歯噛みし、事態を見守ることしか出来なかった。

「クソガァ……どいつもこいつも俺の楽しみを邪魔しやがる……。いいぜぇ、エドガーより先にまずはてめぇだ。おん……おと、こ……どっちだてめぇッ!?」

 恋に視線を移し、契里先輩が困惑したように叫ぶ。その気持ち、痛いほどに理解できた。

「女に決まってんだろーが! ほら見ろ! これのどこが男だッ!?」

 失礼だとでも言いたげに、恋はバッ、とフードを脱ぎ捨てる。流れるようなプラチナブロンドの髪が舞い上がり、肩口ほどまであるそれが露になる。その容姿と相まって、これを男とするのはいくらなんでも無理があった。しかし、男みたいな格好をしているくせに、男に間違われると怒るとは本当に勝手な奴である。

 苦笑交じりに事態を眺め、俺は全てを恋に託す。恋には、契里先輩についての情報はすでに渡している。あの力任せのアヴェルテレなら、近距離でしか力を使えない契里先輩に負ける道理は無い。ある意味で契里先輩の天敵とも言える相手なのだ。

作中では零余は、エドガーが船舶信号を知っていると思っていますが、エドガーはそんなの知りません。あくまでモールス信号を知っている程度です。

彼が契里に対処できたのは、あくまで零余が何らかの事実を伝えようとしていることから判断した結果です。

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