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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第五章 急転直下
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 カティさんのアッパーカットがエドガーの顎を打ち抜いた瞬間、俺は勝利を確信し、腕の力を抜いた。いや、正確に言えば、ふっと気が緩み、自然と力が抜けてしまったと言うのが正しいだろう。すでに全身は傷だらけであり、不自然に歪んだ左手やら徹底的に殴りつけられたために出来た打撲傷やらさっき切られて出来た切創やらが酷く痛む。まともに立っていることもできず、俺はエドガーが倒れる間も待つことなく、身体を地面に打ち付けた。エドガーの敗北の瞬間までは立っているつもりだったが、身体はすでに言うことを聞かず、思い出したように全身を疲労感が包んでいく。

 最後の最後、カティさんが地面に叩きつけられた瞬間に何とか目を覚ますことはできたが、あの後はまさに生き地獄だった。エドガーに気づかれないように地面を這いずりながら移動し、衝撃波の吹き荒れる“爆轟の奏歌(アオス・ブルフ)”の安全圏外に身を寄せ、タイミングを見計らってカティさんに助力する。息をするだけで全身が痛むというのに、そんな事が出来たのは、やはりカティさんの姿に勇気を得たからだろう。過去を乗り越え、痛みと向き合い、その残影と対峙してみせた。

 カティさんの持つシュトラーフェ、いや、ハイリヒトゥム――“爆轟の奏歌”。カティさんの周囲半径二メートル以外の広範囲に渡って断続的に爆轟による爆発を撒き散らすこの力は、確かに恐ろしい。破壊性を突き詰めたようなものであり、カティさんが頑なに使わず、力そのものを恐れていたのも納得だ。しかし、カティさんはその力に新たな可能性を見出したのだろう。あの日俺が言ったように、誰かを傷つけるのではなく、誰かを守るための力という可能性を。

 肩を上下させながら、それでも堂々と立つその後姿を見やる。そこから怯えや恐怖、躊躇いといった迷いは見られない。彼女は今、確かな地平に両足を着いて立っている。もう、二度と道を見失うことはないだろう。過去を乗り越えた今、彼女は大きく強く、成長を遂げているはずだ。

 なんて、少し生意気が過ぎるだろうか。同年齢の俺が偉そうに言えた義理でもないが、それでもそう思ってしまうのは、憎からずカティさんを想っているからだ。その弱さを知り、心の内を打ち明けられ、助けてあげたいと思ったからだ。

 視界の先でエドガーの身体が崩れ落ちる。激しく地面に打ち付けられたその身体は、ぴくりとも動かない。カティさんの放った急所への二撃は、如何に身体強化を施したクラティアであっても機能的な部分で行動を封じ込めてしまったのだろう。それを確認し、本当に勝利したことを実感し、俺は身体の力を完全に抜いた。瞼が重く閉じられていく。酷い眠気だ。全身からすぅっと気力が抜け、そのまま意識が落ちていく。こんなところで意識を失いたくはなかったが、どうにも抗えそうにない。

 カティさんが俺に気づき、痛む身体を引きずってまで駆け寄ってきてくれる。俺ほどではないとは言え、彼女もまた大怪我を負っているはずだと言うのに、その優しさに心絆されながら、俺は瞼を閉じた。

 ああ、これで――

「じぬなぁっ!」

「ぶっほぉっ!?」

 不意に頬を凄まじい衝撃が通り抜ける。その一撃で脳が激しく揺さぶられ、一瞬だが完全に意識が消えた。視界は明滅し、鼓膜はガリガリと不気味な音を立てている。遅れて感じてきたのは、頬に走る激痛だ。尋常ないくらいにヒリヒリと痛み、ついでに言えば三日前の傷がまた開いたような感じがあった。頬を暖かい何かが通り過ぎていくの感じる。たぶん、俺の血。

 え、ええ、えええ?

 思わず意識が覚醒し、俺は目を瞬かせて眼前にあるカティさんの顔を見つめる。涙でぐしゃぐしゃに顔を歪め、必死な様子で俺に語りかけてくれているのが分かる。その手が俺の肩を激しく揺さぶるせいで頭がぐわんぐわんと揺れ、またも意識が朦朧としてきた。

「って、や、やめ、やめて……!」

 必死になって俺はカティさんを止めようとするが、興奮しやすい彼女に俺の言葉は届いていないようだ。死ぬな死ぬな、と潰れた喉から必死に声を絞り出し、またも右手を振り上げる。それだけではない。威力が足りないとでも思ったのか、“爆轟の奏歌”による炎のオプション付きだ。エドガーを打ち倒したそんな攻撃を、今の状態で当てられればどうなるか。恐ろしい予感が俺の頭を過ぎり、実に初対面の時にも感じた恐怖がぶり返してくる。

 俺は、抵抗することも忘れて目を閉じる。まるでそれはあの時の再現だった。

「やめてやれ……カティ」

 目をギュッと瞑って恐怖に耐える俺を救ったのは、あろうことかこの場で最も救いの手からは遠い人間の声だった。その救い主であるエドガーは、動かない状態で頭だけをこちらに向けている。まだ動けるのかと危惧するが、立ち上がる様子も見られず、エドガーは言葉だけを俺たちに送るだけだ。決して友好的ではないが、一方でその声音からは険が取れ、親しみを感じられた。

「柊はまだ生きている。それよりも、止血してやれ。ああ、だがこの場所からは動かさない方がいい。外に舞っている砂煙の中を突っ切るのは、むしろ怪我を悪化させかねないぞ」

 淡々としながらも的確な指示を出すエドガーに、カティさんの動きが固まる。それからカティさんは気持ちを落ち着けて俺を見る。俺も目を開き、カティさんを見た。お互いに目を見合わせ、しばしの沈黙が流れる。

「生き、てる……?」

「い、一応、なんとか……」

 正直、こうして声を上げるだけでも気力が殺がれていく。それでも俺は、この懸命に俺を心配してくれる少女を安心させるために何とか笑みの形を作った。後、何としてでも俺の生存を明確に認識させなければ本気で俺の命が危ぶまれた。身体を揺すられるたびに身体に激痛が走るのだ。正直、悲鳴を上げなかっただけでも俺は頑張ったと思う。

「良かった……良かった……っ」

 カティさんは嗚咽交じりにそう漏らすと、俺の身体に抱きついてきた。感極まったのだろうその行為に俺の心拍数が途端に跳ね上がる。しかし、それはドキドキしたと言うような甘酸っぱいものではない。そんなものを感じている暇もなく、いきなり飛びついてくるものだから全身の傷を刺激し、まるで電流でも打たれたかのような痛みが身体全体を駆け巡ったのだ。

「あだだだだだだだだだっ!」

「ご、ごめん」

 思わず悲鳴を上げてしまい、そこでカティさんもようやく俺の身体から離れてくれる。それでも何故か俺に抱きついた際の姿勢のまま首筋に手を回しているのはどうしてだろう。

 目の前にカティさんの整った顔がある。睫の長さまでも感じられる至近距離で、涙に濡れる瞳が揺れていた。白い頬は激しい戦いの後ゆえか上気し、薄っすらと健康感のある桃色の唇が濡れたように艶を放っている。

 互いの呼吸さえも聞こえてくるようなその状況下で、俺は知らずその美しい顔立ちに見惚れてしまう。今までずっと画面越しから見ていた芸能人を現実で見た様な、そんな感動に襲われる自分がいた。確かに見慣れていた顔であるはずなのに、間近で改めて見せ付けられるとまるで違う。今、俺はカティさんの持つ本当の美しさに当てられている。

 ま、まずい……。ただでさえ生命の危機なのだ。そんな状態で下手に心拍数を跳ね上げたりしたら、マジで命に関わる。

 冷静な部分は、俺にそう訴えかけてくる。あんまり興奮するなと言明してくる。だが、こんな綺麗なものを見せ付けられて平然として入られるわけがない。そんな奴は男色趣味があるに違いない。いや、偏見が過ぎるのは重々承知しているが、それほどに俺は圧倒されていた。

 何故か、目の前でカティさんが目を閉じた。そのまま、唇を突き出すような仕草を取る。頬は熱を帯びたようにさらに赤く染まり、首筋に回る腕から微かな震えが伝わってきた。ギュッと握られる手に、力が篭るのを感じる。

 何かを待ちわびるかのようなその姿に、俺の中にある平常心が振り切れた。一気に全身の熱が上がり、ふらっと目眩のようなものを感じてしまう。カティさんの期待に応じることもできず、俺はぐらりと脱力して倒れこんだ。自ら、カティさんの胸に飛び込むように。

「え……ちょ、ひ、柊、くん?」

 焦ったようなカティさんの声が聞こえてくるが、もはやまともに考えることも出来ない。頭はふらふらと重く、自分が何に触れているのかさえも理解していなかった。とにかく、この身体の熱さをどうにかしたかった。逃れるようにカティさんの身体から崩れ落ち、ひんやりとした砂の地面に身を投げ出す。急速に熱が奪われていく中で、立ち込める煙の隙間から晴れやかな青の空が見えた。雲間の隙間から覗く太陽の温かみに、思わず目を細める。

 キス……し損ねた。

 いや、どうだろう。なんだろう、求められたような感はあるんだ。でも、経験がないからそこら辺はっきりしない。どうなんだろう。俺の予想では、あとちょっとだったんだ。流れ的に良い雰囲気だったんだ。絶対いけたんだ、たぶん。

「全く、お前たちは何をしている」

「え、エドガー……?」

 一部始終を眺めていたのか、エドガーが倒れたまま呆れたような声を発する。その様はあまり格好のつかないものだが、それはお互い様か。俺もまた、今は指一本すら動かせない。疲れも痛みもすでに限界を超えている。

「カティ、早くそいつの血を止めてやれ。それと柊、お前はあまり興奮するな。本当に死ぬぞ」

 冷静に突っ込みを入れてくるエドガーに、俺もカティさんも何も返せない。負けたばかりだと言うのにどうしてこいつはこんなにも平然と話しかけてくるのだろう。それどころか、戦う前よりずっと親切になっている。わざわざ俺を助けるための助言までしてくれているのだ。

 その豹変振りに俺たちが驚いているのが伝わったのだろう。ふっ、とエドガーは笑みを浮かべると、俺と同じように煙の隙間から覗く太陽を眺める。差し込む一条の光こそ、闇夜を照らす光だとでも言いたげにその輝きに目を細め、彼は言う。

「なに。カティに負け、俺は満足しただけだ。よくここまで強くなった。よく呪縛から抜け出した」

「……呪縛?」

 エドガーの言葉に疑問を覚える。その言い方では、まるでエドガーがカティさんを自責の念から解き放つために戦っていたようではないか。

「ああ、かつて俺を傷つけたことで己に課してしまった、愚かな枷の、な」

「あんた……もしかして……」

 もしかして、最初からそれが目的だったのだろうか。心を閉ざし、自分の力を封じてしまったカティさんを救うために、ずっと本気のカティさんとの戦いを希求していたのだろうか。そのために、あれほどの非情な振る舞いをしたのだろうか。それはいくらなんでもあんまりだ。そんなものを信じるには、エドガーのしてきた事は悪意に満ち過ぎていた。

「さぁな。俺にも……よく分からない。ただ、カティ、俺はお前を恨んではいなかった。むしろ、恨んでいたのは自分の弱さだ。俺が弱いばかりにお前を守れず、お前の心に傷を負わせてしまった。だから、力が欲しかったのかもな。お前を超えるほどの力を。もう二度と、お前がそんな力を使っても俺が傷つかないと証明したかったのかもな」

「兄さん……」

 不器用に内心の思いを吐露するエドガーの姿が、ずっと兄のことで後悔し続けてきたカティさんの姿と重なる。どちらもずっと、弱い自分を責め続けてきたのかもしれない。その不器用な振る舞いは、確かな兄妹としての似通った在り方だったのだろう。兄は妹を傷つけた己の弱さを呪い、その妹を超える力を求めた。妹は、兄を傷つけたことを後悔し、二度と誰も傷つけないように己の力を自戒した。少し語り合っていれば、あるいは分かり合えたはずなのだ。なのにここまで(こじ)れてしまったのは、この二人が余りに不器用だったからだろう。

「今まですまない、カティ」

 カティさんの頬を大粒の涙が伝い落ちていく。兄の心の底からの言葉を聴き、彼女は泣きながら笑う。

「やっぱり……兄さんは、兄さんだ……。戻ってきた……兄さんが、戻ってきた……っ」

pcが壊れたために、多少投稿が遅れたり、内容に不備があるかもしれません。


*pcは替えが聞いたので、普通に投稿を続けられそうです。

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