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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第四章 爆轟の奏歌
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「理由を、聞こうか」

 闘技場を吹き荒れる爆風。辺り一体を埋め尽くす白煙。地面は抉れ、舞い上がった岩盤が更なる衝撃波の波に飲まれ、粉微塵となって爆散する。爆発は一定の間隔を置いて繰り返し行われ、周囲に走る炎は何度も何度もその轟音を轟かせ続ける。

 ――爆轟。

 常軌を逸した熱量によって気体が急速な熱膨張を引き起こされ、その速度が音速を超えたとき、衝撃波を伴いながら燃焼する。

 一般的にはこの現象を起こしながら燃焼する物質を爆薬と呼ぶのだが、その威力は万人が知るところだろう。

 その爆轟で以って戦場に爆音を轟かせ、それは絶えず断続的に歌を紡ぎあげる。戦いという血塗られた行為に添えられた歌曲は、その舞台に相応しい荒々しく乱れた戦いの歌(シュラフトリード)

 “爆轟の奏歌”――アオス・ブルフ。()の真髄は、そこにある。

 未だ爆風が吹き荒れ、暴れ狂う大蛇のようにコロッセオを飲み込まんとする衝撃波の中、カティとエドガーが対峙する場所だけは、不自然にもぽっかりとその脅威から免れていた。まるでそこだけ円で切り取られたかのように破壊の爪痕を残さず、爆風すらも入ってこない。例えるなら、台風の目というのが的確だろう。圧倒的な破壊を撒き散らす爆発の爪牙も、その場所を侵犯することは許されない。明確な線引き、確かな不可侵の場所である。

 その場所に立ち、周囲を埋め尽くす爆煙を眺め、エドガーは喜悦の笑みを一旦止めると、好敵手に向かって問いかける。それは、何故当たりもしない爆轟を使ったのかと、そう言外に尋ねていた。

 “爆轟の奏歌”は、その性質上、絶対的な安全圏というものが存在する。もしこれがなければ使用者までも破壊の渦に巻き込んでしまうのだから当然だが、その絶対的な安全圏こそ、カティやエドガー、地面に倒れた零余のいるこの場所だ。不自然に切り取られたようなその場所こそ、唯一、この圧倒的な破壊の力から逃れられる場所なのである。その範囲は、カティを中心にした半径二メートル。やろうと思えば、カティはいくらでもエドガーを有効範囲外に押し出すことができたのだ。にもかかわらず、それをしなかったことがエドガーには不思議でならなかった。

 そんなエドガーの純粋な問いに、カティは剣を構え直して答える。左肩に剣を据えた、切っ先を相手に向けるようなその構えは、カティ独自のスタイルだ。刺突を中心に置いた武器の特性上、より鋭く、瞬きの間にも相手の急所を刺し貫ける上段からの構えを採用したのだろう。

「なるほど……俺と斬り結ぶためか」

 その意図を察し、エドガーは不気味に笑う。愉悦に憤怒、憎悪どころか羨望すら滲ませたその笑いは、力を希求する狂人のそれだ。今、彼の目にはカティの力しか映っていない。かつて自分から左手を奪い、自負心を根底からへし折った圧巻の力。全てを飲み込む暴力の海。

 エドガーは、この力と対峙することを待ち望んでいたのだ。気体の熱膨張が発生しないよう、温度が外に伝わらないように魔力でコーティングされた炎になど何の用もない。この緋色に輝く炎にこそ、彼の望みの全てがある。

 カティに応じるように、エドガーも剣を構える。先にも見せた、エドガーの得意とする下段の構え。ドイツ流剣術においては『愚者』とも称されるそれは、片手一本のエドガーが独自にアレンジしたものだ。剣道では、いわゆる下段の構えは防御の構えとされる。エドガーのそれも本質は同じところ。手数や腕力でのハンデがある以上、攻めの構えはエドガーには向かず、自然とその剣技は応じ、返す型に嵌ったのだ。

 一方でカティのそれは、攻撃的な上段からの構え。“爆轟の奏歌”は、形状こそレイピアと呼ばれるそれに酷似しているが、その強度は並の剣をはるかに上回るシュトラーフェだ。突きを主体とした構えではあるものの、その型は常識に当てはまらない。時として剣を両手で握り、必殺の一撃すら叩き込む。

 二人の視線が交錯する。互いの手のうちを探り、読み合い、攻撃の瞬間を測りあう。そうして呼吸を合わせ、同時に一歩、足を踏み出す。

 刹那、突如としてエドガーの背後から炎の大蛇が襲い掛かる。爆風吹き荒れるその中を、カティの制御を離れて走り回っていた炎がようやく彼女の元へと帰還したのだ。その突然の事態に、しかしエドガーは慌てることはなかった。咄嗟に炎の範囲を見切り、最小限の動作で回避する。

 そこへ、カティが迷わず飛び出した。必ずしもエドガーは体勢が崩れているわけではない。最小限の動作で回避行動に移ったために次へと繋がる一手も出来ている。だが、カティは一切の躊躇もなく、そのほんのわずかに通常時の動きを制限されたエドガーへ斬りかかった。

 右足を強く踏み込み、剣の切っ先はエドガーの心臓部を迷わず狙う。躊躇のないその攻撃にエドガーも幾らか驚いたようだが、その反応は素早い。トラヴィアータを振るい、即座にそれを上方へ払ってみせる。エドガーの動きはそれに終わらず、踏み込んできたカティのがら空きの胴体に蹴りを叩き込んだ。剣を払われたことで上方へ腕を上げた状態にあるカティには、これに応じる術はない。エドガーの強烈な蹴りを受け、カティの身体が吹き飛ぶ。そのまま地面を滑るように転がり、零余の身体を巻き込んで数メートルほどのところで動きを止めた。そこへ容赦のないエドガーの攻撃が襲い掛かる。見えない針の雨がカティの頭上を覆い、今に刺し貫かんとばかりに落下を始めようとする。

 しかしそれよりもわずかに早く、エドガーの背中を凄まじい衝撃が突き抜けた。まるで巨大な鈍器で殴打されたような痛みが背中を走り、その身体が前方の地面へと投げ出される。衝撃はさらに続き、反射的に危険を察知したエドガーはカティへと距離を詰めた。

 逃げるようにして向かったその場所で、口元に笑みを浮かべたカティが立っている。先の蹴りによって口からは血を流し、全身も今までの戦いでボロボロであるはずなのに、それでも彼女は笑っていた。

「そうか……わざと、俺から距離を……」

 エドガーは思い出す。先の戦いにおいて、エドガーはカティにわざと距離を取らせることで断罪の雨を当ててみせた。今回、カティがしたこともそれと似ている。自身が傷つくという点では未だ甘いと言わざるを得ないが、それでも相手の上体を狙った攻撃でわざと剣を上方へ弾かせ、追撃の隙をあえて作ってみせる。攻撃を誘われたエドガーはそこに威力の高い蹴りを叩き込んだが、それに合わせてカティは飛んだのだろう。思えば、零余を巻き込んだ動きもいささか不自然な感はあった。その後の展開は、カティの“爆轟の奏歌”が説明してくれる。未だ、爆発の衝撃波は周囲を包んでいるのだ。そんな中でカティから一定以上の距離を取れば、どうなるかは明らかである。安全圏から脱してしまったエドガーは、すぐさまその攻撃を背中に受けた。

 相手の動きを先読みし、適切な判断を下す――。

「『間』――エドガーの教え、使わせてもらったわよ」

「教えたつもりは、ないんだがな……」

 痛む背中にこの戦いで初めて表情を顰めながら、エドガーはトラヴィアータを構え直す。カティと距離を取れない以上、断罪の雨は使用できないと判断したのだ。接近戦、図らずも序盤にカティたちが勝機を見出していたそこに、エドガーもまた自身の勝利の道を描き出す。

(倒す……!)

 強烈な意思の力を剣に込め、エドガーは再度構えを取る。一進一退の剣士の攻防。先の先、互いの手の内を読み尽くし、一手でも先を行ったものが勝利を手にする。

 形は変わらず、カティは攻撃的な姿勢を、エドガーは受身の姿勢を取っている。ジリジリと円を描くように互いの間合いを測り、先に動いたのは攻撃の構えを取るカティだ。剣を下段に構えたエドガーに対し、素早くステップで踏み込み、腕を広く伸ばしたフェンシングのような突きを放つ。ファントあるいはランジ、と呼ばれるそれは、エドガーの胴体ではなく、その下に向けて右手を狙ったものだった。意表をついたその攻撃にさしものエドガーも目を見開くが、やはり反応は早い。腕を手元に引き寄せ、剣の鍔でこれを弾く。だが、カティの突きはそこからさらに数と速度を跳ね上げる。剣を引いてしまったことで反撃を封じられたエドガーに、怒涛のラッシュを叩き込む。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 裂帛の気合と共に剣を振るうカティに応じるべく、エドガーもまた見事な防御を見せた。そもそもが防御の構えである下段の構えから初撃を防ぐと、続くラッシュに対して剣を瞬時に逆手に持ち替え、互角の速度と広い刀身を利用して打ち合ってみせる。

 もし、この光景を外から眺める者がいれば、一種奇妙なものに映っただろう。エドガーが腕を振るうたび、カティの放つ剣が空間に弾かれるのだ。しかし、ここには零余を除けば、誰一人としていない。視界を封じる爆煙のせいで、観客にはこの攻防は見えていないだろう。

(あるいは、カティの力に恐れをなして逃げ出したか……)

 どちらにせよ、エドガーにはどうでもいいことだった。今、彼を支配するのは、この至上の戦いへの喜びである。本気を出したカティと戦い、その力を凌駕する。そのために力を求めてきたのだ。左手で剣を握れなくなったあの日、カティが己の力に恐れを抱くようになったあの日、エドガーはこの日を夢見続けてきた。

「カティィィィィィィィィィィィィィッ!!」

 獰猛な獣の叫びを上げ、エドガーは一際強くカティの剣を弾く。先と同じように胴体ががら空きになるが、同じ轍を踏むことはない。トラヴィアータを消し、隙を見せたカティの頭部を掴むと、迷いなく地面に引きずり倒した。

「が……ッ!?」

 身動きできずにもがき回るのも構わず、地面を擦るように滑らせると、止めの蹴りを腹部に叩き込む。これでは、カティは距離を取れず、爆轟による衝撃波で攻撃することもできない。

 この状況下でもなお強い瞳を宿すカティに向かって、エドガーは声を張り上げた。

「忘れたか、カティッ!」

「…………ッ!」

 エドガーの蹴りが叩き込まれる瞬間、不意に地面から炎が湧き出し、エドガーの身体を包み込んだ。それは爆轟の起こらない、エドガーが生温いと評してみせた熱量を持たない炎だ。エドガーであれば、その拘束程度は難なく解けてしまう。しかし、必殺の一撃だけは寸前のところで回避できた。

 転がるようにエドガーから距離を取り、カティは立ち上がる。負ったダメージが大きすぎて肩で息をしてはいるものの、その目は勝利への希求を宿し続けている。いや、目指しているのはもっと先にあるものかもしれない。彼女に見えているのは、勝利とは無縁のもっと穏やかなものであるのかもしれなかった。

「剣魔、複合……!」

「そうだ」

 トラヴィアータを使って炎を強引に突き破り、エドガーが顔を出す。未だカティに比べるとダメージは無いにも等しいが、それでも度重なる戦闘は彼の中で確かな疲労を蓄積していた。それに先の背中へのダメージが予想以上に足に来ているのだろう。わずかによろめき、調子を確認するように地面を踏み鳴らす。

「武器を構えろ、カティ。どうせお前は満身創痍だ。この一撃、それで以ってけりをつけようじゃないか」

 堂々たる宣言は、勝ちを確信してのものか。エドガーは、トラヴィアータを構える。だが、その構えは今までのエドガーが取っていたどれにも無いものだった。両手を広げ、まるで威嚇するような構えを取ってみせる。剣を持っていない姿からでは不恰好にも見えるそれが、カティの記憶を刺激した。幼かったカティを何度も打ち倒し、その力に憧れを抱かせた二刀の構え。

「両上段の構え……」

 その百九十センチという高身長による両手の上段による構えは、カティに圧倒的な畏怖を覚えさせる。まるで巨大な獣にでも対峙したかのようなプレッシャーに襲われ、“爆轟の奏歌”を持つ手が震えるほどだ。だが、同時にカティには疑問が募る。エドガーは、左手を使えないはずだ。過去、カティの未制御な爆轟に巻き込まれ、日常生活に支障を来たさないものの、二度と剣を振るえなくなったはずなのだ。にもかかわらず、今、こうして彼は二刀の構えを取っている。

(ハッタリ……?)

 “爆轟の奏歌”を強く握り締め、カティは黙考する。エドガーの表情を、呼吸を、手の動きの一挙一動に集中する。しかし、やはり読みきれない。カティの実力では、エドガーの動きや考えの全てを読みきることは困難を極める。だが、それでは勝てる見込みがない。今の状態のカティでは、あの二刀の全てを封じ込み、攻勢へ転じることなど不可能だ。いや、仮に万全の状態であっても不可能と言っていいだろう。エドガーの冴え渡る剣技に対抗できたのは、皮肉にもエドガーが片手であったからに他ならない。本当に両手が使えるのであれば、カティに勝機は無い。

 しかし、とカティは思い直す。エドガーは確かに左手を使えないはずである。であれば、あれはハッタリと判断するのが正答か。カティのトラウマを刺激して動揺を誘い、心を揺さぶって必殺の間を作る。勝ちへの絶対的な拘りを持つエドガーであれば、それだけのことをしてもおかしくはない。どちらにせよ、カティにトラヴィアータを見ることはできない。本当に左手に剣があるのかないのか、確信を抱くに足る判断材料が皆無なのだ。

 慣れ親しんだ攻撃の構えを取り、カティはその動きを注視する。エドガーの動きは、カティの中で半ば予想はついていた。幼少期の折に幾度も見た、左右の剣による時間差攻撃。通常、同時に振るうのが両上段の構えだが、エドガーはあえて左に対して右を遅らせて振るうのだ。当然、受ける側は時間差で襲い掛かるそれに最適な対処を取る必要が出てくる。同時であれば剣を頭上から横に向けて刀身で受けるか、距離を取って躱すこともできるが、時間差があるということは、相手の防御に対処できるということでもある。エドガーならば、まず間違いなく完璧な対応をしてみせるだろう。

(嘘か、真か――)

 二人は、ほぼ同時に飛び出した。地を蹴り、一気に距離を詰める。先に攻撃へ転じたのは、エドガーだ。二刀で構えられている以上、手数で劣るカティに先の手は無い。

 エドガーの動きは、カティの予想した通りのものだった。左を先に振るい、こちらの出方を窺ってくる。しかし、早い。この距離ではもはや避けることもできないほどにその動きは早かった。

 そんな中で、カティは未だに判断できずにいた。ここでカティが判断を誤れば、全てが水泡に帰す。カティの願いも、零余の命がけの努力も、全てが無に消えてしまう。

 それでも、カティは判断を下せなかった。

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