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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第四章 爆轟の奏歌
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「やばいな……」

 闘技場で繰り広げられる光景を前に、恋はポツリと呟く。カティがエドガーの断罪の雨に倒れ、零余が庇うように出てきて数分、その戦況は一方的なものに変わってしまっていた。武術の心得も無い零余がエドガーに敵うはずもなく、見事に地面を転がされ、何度も蹴られている。

 そう、それは確かにまずい。もしかしたら、本当に零余が死んでしまうかもしれない。恋にも当然、それを焦る気持ちはある。だが、恋が焦っている理由は、そこにはなかった。少なくとも今、差し迫った危険としてあるのは、別の問題だ。

 恋の隣には、鬼が一人いた。

 憤怒に顔を赤く染め、膨大な魔力に殺意を乗せて撒き散らす般若のような表情をした鬼がいた。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…………」

「やっべぇーよ。まじ、やっべぇーよ、椿さん」

 思わず恋が敬称付けしてしまうほど、今の椿は怒りの感情に呑まれていた。しかし、それも仕方の無いことと言える。この兄思いの妹が、あんな残虐な行為を兄である零余に振るわれて黙っていられるはずがない。それでもこの戦いに乱入せず、必死に自分を抑えているのは、ここがコロッセオであり、零余が降参を口にしないからだ。怒りに身を震わせながらも、冷静な部分で椿は信じているのだ。兄は勝つ、と。だからこそ、戦いに乱入し、その顔に泥を塗るような真似をしてはならない。

 だが、それはあくまで理性で納得している部分であり、感情で怒り狂っている部分は、現実として恋の前に現れている。さっきからコロッセオの観客の中でエドガーを支持する者の叫びが聞こえた瞬間、椿は風を操って鉄拳制裁を加えていた。初めのうちはさすがに恋も止めはしたが、事態が深刻になるにつれて諦めた。今では、他の席が熱狂に包まれているのに対し、彼女たちの席の周りだけはお通夜のように沈んでいる。もし、エドガーを応援するような声を上げれば、即座に椿の攻撃が飛んでくると分かっているからだ。盛り上がれるはずもない。

(まぁ、こいつらは災難だよなぁ……)

 そう思い、同情はするものの、一方で恋自身も零余を侮蔑するような声を聞いて苛立っていたのも事実だ。仮にも友達であり、勝利を信じてこのコロッセオに試合を見に来た。そんな中でボロボロになりながらもカティを守ろうとする零余を目にして、それを馬鹿にする者の存在をあっさりと見過ごせるわけもない。

(っても、応援してねーのはアタシもなんだけど)

「兄様、殺せっ! そいつを殺すんですっ! 兄様ぁーーーーッ!!」

(っつーか、横でこんな応援されてできるかっつーの!!)

 顔どころか性格まで変え、椿が大声援を飛ばしている。そのほとんどが野次に近いそれだが、本人は周りを気にした様子も無く叫び続けている。

 そんな豹変してしまった友人に嘆息し、恋はその姿を見ないことにして目の前の試合に注目した。今、試合は動き始めている。何かを声を発そうとしたカティに向けてエドガーがその圧巻の膂力で零余を放り投げたのだ。そのままエドガー自身もカティの目の前で立ち尽くしている。二人の間にさしたる会話も無さそうだが、不意にカティが零余の手を握りしめた。

「カティィィィィィィィさぁぁぁぁぁぁぁんッ!?」

「……何に怒ってんだよ」

 怒りのベクトルの一貫しない友人に小声で突っ込みを入れつつ、恋の視線はカティたちを追いかけたままだ。カティは、今、何か決意を秘めたように立ち上がっている。その姿は、先ほどまで見せていた傷を負っていたものとは何もかもが違っている。身に纏う魔力が発光現象によって緋色に輝き、凄まじい力強さを見せている。

(そういや、零余が言ってたっけ……カティの持つ本当の力)

 天を突く白銀の剣、そこから溢れる蛇のような炎が唸りを上げ、それがカティの身体を覆いつくしていく。その姿は、今まで恋が見たアオス・ブルフとは様相を異にしていた。その熱量は凄まじく、暑かったはずの会場の熱をさらに上げたようにすら感じられる。この椿によって極寒のような静けさを宿すこの場所でさえ、その熱が届いてくるほどだ。

 その姿を一目見た瞬間、恋は気付く。その剣に宿る絶大な力、恋すらも畏怖を覚えてしまうほどの圧倒的な魔力の波動。ザッと辺りを見回してみるが、そのことに気付いた学生はほとんどいない。皆が立ち上がったカティに拍手や歓声を送り、これから始まるだろう更なる戦いの激化を望むばかりだ。ただし、隣に座る恋が信頼の置ける友人を除いては。

「……恋、さん……」

 椿の声は、かすかに震えていた。魔力制御能力の高い彼女は、恋と同様に一目見てそこに宿る力の質に気付いたのだろう。

 ただ、恋は一言だけ言いたい。

(いきなり素に戻んなっ!)

 もちろん、今はそんなことを口にしている場合でもないため、黙っておく。それよりも重要なのは、その力を何の制限もなく解放しようとしているカティの方だ。おそらく、零余の言葉通りなら、カティはその力の制御に慣れていないのだろう。ゆえにその力の持つ威力に関係なく、一気に爆発させようとしている。

「しゃーねーなぁ」

 頭のフードを脱ぎ去り、恋は口から溶けてなくなったキャンディの棒部分だけを取り出す。それをポケットから取り出したティッシュで包むと、新しいキャンディーを取り出して口に咥えた。甘い風味が舌を中心に広がるが、それを味わっているような余裕もなさそうだ。

 闘技場では、すでにカティの力が解放状態に走っている。炎が空気の温度を上げ、さらに熱量を増していく。空気中の気体は、その圧倒的な熱量によって急速な熱膨張を起こし、その速度がある一定値を越えた瞬間、それは起こった。

 爆発、と呼ぶには生易しいほどの圧倒的な衝撃が巻き起こる。カティたちを中心に爆発的な熱量が広がり、それは瞬きの間すらも置かずに凄まじい衝撃波を伴ってコロッセオを震撼させた。コロッセオの地面を、壁を、客席すらも巻き込んだそれは、一瞬にして辺り一帯に爆煙を撒き散らし、闘技場を灰色に染め上げてゆく。事態は、それだけに留まらない。カティたちを中心に起きたその衝撃は、コロッセオの闘技場の地面を抉りながらすぐにも客席にまで届き、そこに張られた防御用の結界に激突する。そのまま、クラティア同士の激突を想定して張られたはずの魔術による結界が何の抵抗も無くひび割れ、吹き飛ばされた。

 巻き込まれたのは、観客席最下段にいた者たちだった。彼らは、衝撃波によって吹き飛ばされ、席に強かに身体を打ちつける。被害はそれだけでなく、落下防止についていた手摺があっさりと半壊し、収まるところを知らない力が客席に襲い掛かる。

 だが、その衝撃が客席すらも飲み込もうとした刹那、それは突如として勢いを弱めた。決して衝撃波事態が収まったわけではない。衝撃波は未だなお、観客席全体に襲い掛かっている。にもかかわらず、それが誰も傷つけなかったのは、咄嗟に防御結界に代わる力が働いたからだ。

 そう、戦車砲すらも防いでみせる、ある少女のシュトラーフェの力が。

「す、すごい。ミュールの効果半径をここまで広げてるのに、まるで強度が下がってないです。それどころか、はるかに強くなっています……!」

 椿は自分の成したことに感嘆の声を上げると、隣に立つ恋を見た。その恋の手には、近代的な斧のような形をしたシュトラーフェが握られている。それを肩に担ぎながら、恋は何でもないことのように言った。

「アタシのアヴェルテレと合わせてなんとかって感じか。ったく、使いたくねーわけだぜ」

「兄様の言っていたとおりになりましたね。恋さんが来てくれていて良かったです」

 ようやく衝撃波が収まる頃になって、二人はシュトラーフェの力を解く。それとほぼ同時に、観客席から大小様々な悲鳴が上がった。それはそうだろう。今まで見世物だと思い、安全圏に控えていた彼らに、突如として攻撃が襲い掛かったのだ。その恐怖が動揺を生み、我先に観客が出入り口に向かって駆け出していく。

 さっきまでとは別の狂騒に包まれる観客を冷めた目で見据えながら、恋はアヴェルテレを担ぎ直した。爆煙によって闘技場の様子は何も見えないが、そこにはまだカティとエドガーの戦いが続いてるはずだ。であれば、また観客席を襲うほどの爆発が巻き起こらないとも限らない。

「よし、椿。アタシらもいっちょやるぞ」

「はい。カティさんが存分に力を奮えるように、誰も傷つけさせたりはしません」

 再度、闘技場で莫大な魔力が膨らみ、二度目の衝撃が襲い掛かる。それを難なく防ぎながら、恋は見えない友人の背中にエールを送る。

(勝てよ、カティ、レイ)

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