3.ギルドマスターと若妻
「取り敢えず女の人がいるカウンターは絶対にダメだ……!」
路地裏で息を整えた俺は、人気の少なる夕方を狙い再びギルドへと引き返した。
狙うはただ一つ――『絶対にNTRの文脈が発生しなさそうな男の受付窓口』だ!
ギルドの扉を静かに開けると、幸いにも端っこのカウンターに、髭のおっさん受付が座っていた。
俺は脇目も振らず、他の女性職員や冒険者たちの視線を無視しながら、一直線にそのおっさんへ向かってダッシュした。
「た、頼むオッサン!! 俺を今すぐ冒険者に登録してくれえええっ!!」
ダァン!とカウンターに両手を叩きつける。
首のシルバーチェーンがジャラリと激しい音を立てた。
「や、やあ……? なんだ君、随分気合が入ってるねえ……」
おっさん受付は、俺のガングロ金髪メッシュなビジュアルと凄まじい気迫に一瞬気圧されたものの、手際よく登録用の魔導書と水晶玉を取り出してくれた。
「名前はユウマだね。はい、この水晶に手をかざして。……よし、登録完了だ。これで今日から君もF級冒険者だよ」
「よ、よかったぁぁぁぁぁっ!!」
俺は心の底から安堵した。
よかった……男の受付なら【ガングロヤンキーの威圧】も「なんかちょっとガラの悪そうな奴が来た」くらいの誤解で済む!
好感度が妙な方向に跳ね上がることもない! 平和だ!
「サンキューオッサン! 助かったよ!」
晴れやかな笑顔(※ただし顔面は小麦色で胸元全開)で感謝を伝えると、おっさん受付は「ははは、怪我しないようにね」とにこやかに応えてくれた。
奇跡的に「まともな人間のコミュニケーション」が成り立ったことに感動していると、隣のカウンターから声がした。
「あら、ずいぶん威勢のいい新人さんねぇ?」
ふと横を見ると、そこにはしっとりとした大人の色気を漂わせる、アラサーの綺麗なお姉さん受付が微笑んでいた。
豊満な胸元、優しげな目元、溢れ出る包容力。
(うっ……! あぶない、あんまり直視するとまた変なスキルが……!)
俺はサッと目を逸らしたが、お姉さんはクスッと笑って言った。
「ふふ、照れなくてもいいのに。私は受付主任のシルヴィア。よろしくね、ユウマくん」
そこへ、ギルドの奥にある厳重な扉がドォン!!と開いた。
「おいシルヴィア! 昨日の収支報告書にサインしといたぞ――って、あぁ!?」
現れたのは、腰に魔法剣っぽい剣を下げ、顔中にいくつもの傷痕がある、全身から圧倒的な覇気を撒き散らす超巨大な大男だった。
まさに「生きる伝説」といった風格。
親切にしてくれたおっさん受付が、俺の耳元でそっと囁く。
「あ、ユウマ君、あのお人はこのギルドのギルドマスター。元A級冒険者の『鬼神』バロンさんだよ。……ちなみに、そこのシルヴィアさんは、バロンさんが去年娶った歳の離れた『後妻』さんだ」
「………………は?」
俺の脳裏に、かつて病院のベッドで読んだ数々の「禁断のNTR属性」が一瞬で駆け巡った。
【年の差婚】
【ゴツい夫と可憐な妻】
【元A級冒険者の厳格なギルマス】
【若いガングロヤンキー】
(アカンアカンアカン絶対にアカンやつだこれぇぇぇぇぇええええっ!!!)
『ピコン♪ 【人妻属性】および【権力者の妻(欲求不満)】を検出! 特大NTRフラグが立とうとしているベー!』
シルヴィアさんが、ガングロな俺の胸元とバロンギルマスを交互に見比べながら、ぽっと頬を染めて呟いた。
「あら……うちの人みたいに固くて不器用な人とは違って、なんだかすごく……ワイルドで情熱的になりそうな男の子ね……胸がキュッとしちゃう……」
「ハァッ!? シルヴィア、今なんつった!?」
バロンギルマスがギロリとこちらを睨みつける。その瞳には、妻を奪われまいとする男の本能的な警戒心が宿っていた。
「ひぃっ!? 違いますギルマス!! 俺は何もしません!! 奥さんにも興味ありません!! 熟女も人妻もストライクゾーン外です!!(※ウソです熟女はまあ好きだけど今はそれどころじゃない)」
俺はギルド証をひっつかむと、脱兎の勢いでギルドの出口へ向かって超ダッシュを切った。
「待ちなさいユウマくん! 歓迎のランチでもどうかしら!?」
「待て小僧ぉぉぉ! 俺のシルヴィアに何か色目でも使いやがったかぁぁぁぁぁぁ?!」
「滅相もありませぇぇぇぇぇぇん!!」
背後から迫る「人妻の誘惑」と「元A級冒険者の殺気」から逃れるため、ユウマはガングロの肌に冷や汗を大量に流しながら、本日三度目の爆走を開始するのだった。
「……難儀な能力だなオイ。もう世捨て人になるしかねえんじゃねえか?」
「そんなぁ!?」
街外れの路地裏で息を切らしていた俺を追いかけてきたのは、殺気立った狂戦士A級冒険者――ではなく、どこか呆れ果てた顔をしたギルマス・バロンだった。
元A級冒険者の鋭い観察眼は伊達じゃなかったらしい。俺がマジで逃げていたこと、そして俺の周りで起きている「異常な空気の歪み」が、俺の意思ではないことに気づいてくれたのだ。
「まあ、冗談は置いといてだ」
ギルマスは極太の腕を組み、フンと鼻を鳴らした。
「俺も現役時代、精神変化系やら無差別魅了系の呪いを受けた奴を何人も見てきた。その手の能力は『視線と体臭』がトリガーになってることが多い。相手の目に『異性の視線』を意識させ、匂いで本能を揺さぶるんだ」
(なるほど……! 流石は元A級冒険者、分析がめちゃくちゃ的確だ!!)
「いいか小僧。まずはフードを深く被って目線を遮れ。胸元もキッチリ隠せ。それから一日3回風呂屋に通ってそのヤンキー臭(?)を洗い流せ。仕上げにキツイ匂いのコロンを撒き散らして元の匂いを誤魔化すんだ。それでもダメなら、また別の方法を考えな」
「ギ、ギルマス……っ! ありがとうございます!!」
まさかこんなゴツいおっさんが、俺の救世主になってくれるなんて!
十数年の病院生活で「他人の優しさ」に飢えていた俺の目に、うっすらと涙が浮かぶ。
「……あとな」
ギルマスはガシッと俺の肩を掴むと、顔を数センチの距離まで近づけてきた。
顔の傷痕がピクピクと動き、鬼神のごとき笑顔を浮かべる。
「俺の嫁にその能力で手出したら殺すぞ。(※物理的に)」
「ハ、ハイッッ!!! 絶対に近づきません!! 視界にも入りません!!」




